かもめマシーン「パブリックイメージリミテッド」

◎ポリフォニーの意味
 志賀信夫

かもめマシーン「パブリックイメージリミテッド」公演チラシ
公演チラシ

他人が台詞を語る

 登場人物に対して、他の人がその台詞を語る。これが、近年、萩原雄太がこだわっている手法。今回の舞台、物語としての登場人物は男女それぞれ1人。それを男3人、女2人が演じる。というか、その台詞を喋る。

 冒頭、立ち並んだ5人が一言ずつ、作品のタイトル「パブリックイメージリミテッド」と発声するところから、舞台が始まる。そして中心に立った1人の女性の顔や首周辺を、もう1人の女性が整えるように押さえると、彼女の台詞を他の人たちが交互に、時には重なるようにして、語り出す。
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パパ・タラフマラ ファイナルフェスティバル

◎舞台は続く
 志賀信夫

ファイナルフェスティバル公演チラシ
ファイナルフェスティバル公演チラシ

 第三世代
 この1月、第三舞台が解散した。活動休止(封印と称す)していたが、10年ぶりに最終公演『深呼吸する惑星』を行って、遂に解散に至った。そして今回、パパ・タラフマラが解散するという。
 唐十郎、寺山修司、佐藤信、鈴木忠志、瓜生良介(発見の会)などのアングラ(前衛)第一世代、つかこうへい、太田省吾など団塊の第二世代に続き、「第三世代」といわれ、小劇場の旗手ともてはやされたのが、野田秀樹の夢の遊眠社、川村毅の第三エロチカ、鴻上尚史の第三舞台だった。筆者と同じ昭和30年代始めに生まれ、当時「遅れてきた世代」、「三無世代」ともいわれたのは、70年代安保、新左翼闘争にのめり込んだ団塊の次の世代だからだ。
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あうるすぽっとプロデュース「おもいのまま」

◎舞台のエネルギーと身体感覚
 志賀信夫

「おもいのまま」公演チラシ
「おもいのまま」公演チラシ

飴屋の復活

 飴屋法水は80年代、東京グランギニョルによって一世を風靡した。これは怪優といわれた嶋田久作も所属していた劇団で、パフォーマンス性の強い舞台を展開した。さらに三上晴子らとM.M.Mを結成し、「スキン」シリーズで新しい前衛と認識された。また自ら血液を抜き、他人の血液を注入するなど、身体性の強い表現行為を行っている。そんな飴屋はヴェネチア・ビエンナーレに精液の作品を出した1995年以降、アート活動としては沈黙を守っていた。
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shelf「untitled」

◎いま、言葉と身体を問う意味
 志賀信夫

「untitled」公演チラシ
「untitled」公演チラシ

演劇と身体性

 shelfは2008年8月、利賀演劇人コンクールに出品した『Little Eyolf ―ちいさなエイヨルフ―』で主演の川渕優子が最優秀演劇人賞を受賞した。そのshelfの主宰・演出家が矢野靖人である。矢野は北海道大学在学中から舞台づくりを始め、青年団の演出を経て、2002年にshelfを立ち上げた。「shelf」という劇団名は「book shelf」つまり本棚の意味で、矢野はその本棚にある多くのテキスト(言葉)と身体の関係を追求している。
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東野祥子「VACCUME ZONE」

◎廃墟でも踊り続ける 舞台を支配する意志と身体
志賀信夫

「VACCUME ZONE」公演チラシ東野祥子は、東京では、トヨタ・コレオグラフィーアワードで、一気に注目を集めた。奈良に生まれてモダンダンスを学んだが、モダンダンス界とは離れて、関西で独自の活動を活発に行っていた。維新派から派生したグループに参加し、スタジオ、活動拠点やカフェをつくり、多くのミュージシャンやアーティストとコラボレーションを行いながら、2000年、女性2人とBaby-Qを結成。初めて応募したトヨタ・アワードで2004年に大賞「次代を担う振付家賞」を受賞した。

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The Vagina Monologues (ヴァギナ モノローグス)

◎「ヴァギナ・モノローグス」にみる社会と身体
志賀信夫

「ヴァギナ モノローグス」公演チラシ▽ヴァギナとフェミニズム

70年代、フェミニズムの主張として、「女性はヴァギナで感じるのではない、クリトリスだ」とするものがあった。それは男性がヴァギナを求めるのに対して、女性にとって自らコントロールできる性器はクリトリスであり、エクスタシーに達するのはクリトリスだという、男性のフロイト的?ヴァギナ幻想を打ち破ろうという主張だったように思う。

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大野一雄 百歳の年 ガラ公演「百花繚乱」

◎ありえないほどの密度 舞踏家、舞踊家が全力投球
志賀信夫(舞踊評論家)

大野一雄。舞台終了後のパーティで
【写真=大野一雄。舞台終了後のパーティで】

大野一雄は1906年(明治39年)生れの舞踏家。1960年代に土方巽とともに舞踏を創りあげ、1977年には『ラ・アルヘンチーナ頌』を契機に舞踏を世界に広めた。2000年に舞台で倒れてから次第に立てなくなったが、支えられ、床の上や車椅子で踊ってきた。昨年百歳を迎えて写真展や公演が行われ、本年1月末に国内外の著名な舞踏家、舞踊家が結集する公演が神奈川県立青少年センターで開かれた。こういう舞台は顔見世に終りがちだが、舞踏家、舞踊家の全力投球で密度の高い舞台となり、まさに「百花繚乱」だった。

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