アムリタ「廻天遊魚」

◎構造の結晶と不死者の悲劇を
 梅田径

「廻天遊魚」公演チラシ
「廻天遊魚」公演チラシ

アムリタを見よ!
 アムリタの前々作、第二回公演『n+1、線分AB上を移動する点pとその夢について』を見て、感心したような不安になったような不思議な感慨に捉えられたことを覚えている。
 アムリタは、演出家の荻原永璃、ドラマトゥルクの吉田恭大、俳優の河合恵理子、藤原未歩の四人による劇団である。メンバーは二十代前半、不死の霊薬を意味する劇団名だ。

 アムリタが旗揚げされる前に、荻原の演出、吉田の脚本による尾崎翠原作『第七官界彷徨』を見たことがあった。以来、多分二年ぶりぐらいに見た彼らの演劇は端的にいって「すごくよく」なっていた。その構造はほとんど柴幸男『あゆみ』の類想ではあったけれど(とはいえ、作演の荻原は『あゆみ』を見たことがなかったそうだ)、終盤に至って俳優がそれぞれにアドリブで演技を始めた時、舞台上で蠢く彼らの「夢」のまっすぐさが、若々しく純粋で、そしてちょっとユーモラスでケレン味もある。すごく羨ましくなった。舞台の上を「うらやましいなぁ」と思ったのは初めてだった。
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三条会「三人姉妹」

◎女たちの『三人姉妹』
 梅田径

 去年の『ひかりごけ』が忘れられない。

 洞窟の闇から花咲く天上への大胆な場面転換。美しい舞台美術と衣装、照明、音響、一人で対立する検事と弁護士の両者を演じきった榊原穀の迫力ある演技。いったい何をどう述べればこの魅力を文章に起こせるというのか。それまでも噂や劇評では名前を聞いていたものの、初の三条会は衝撃の一言だった。僕の短い観劇経験の中で静かな衝撃と、心動かされた演劇として、記憶に強く強く残る。
 神奈川の奥地に住んでいる僕にとって、三条会のアトリエがある千葉は行きにくく、いろいろな意味で遠い場所である。旅行というには近すぎるし、他に用事がある時の「ついで」にはすこし遠すぎた。三条会の東京公演は年に一度しかやらない。その機会を逃したらまた一年間待たなければならない
 そのような狂しい思いで求めた三条会の演劇。2013年の東京公演となる今作は、チェーホフの『三人姉妹』であった。当日パンフレットによれば、演出家として長いキャリアと実績をもつ関美能留氏にとっても、今回が初のチェーホフ作品であったらしい。
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ハイブリットハイジ座「ジャパニーズ・ジャンキーズ・テンプル」

◎ひねくれものの祝祭に乾杯!
  梅田 径

 一月頃に酒を酌み交わした某出版社勤務の友人がデタラメに酔っ払いながら「ハイジ座、面白いっすよ!」と強くオススメしていたものだから、劇団名は強く印象に残っていた。なんでもシアターグリーン学生演劇祭の最優秀賞を受賞しているとか、今回劇評の対象とする「ジャパニーズ・ジャンキーズ・テンプル」でおうさか学生演劇祭にも乗り込み(こちらは最優秀劇団賞を逃した)、二都市公演を行うとかで、その名前がほんのり小劇場界にも轟きはじめたころ、本作の一作前、早稲田大学学生会館で公演された短編オムニバス「天然1」を観劇した。
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SENTIVAL! 2012 報告 2

◎祭りの後で―演劇フェスSENTIVAL! 2012 レビュー
 梅田 径

 atelier SENTIO、SUBTERRANEAN、巣鴨教会を舞台に繰り広げられた地域演劇フェスティバル「SENTIVAL! 2012」がOrt-d.d「夜と耳」の終演をもって終わりを告げた。4月から7月までの長期間、17団体によるパフォーマンスと、ポストトーク、クラシック音楽とダンスの競演、フェルデンクライスWSと充実した内容であった。
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SENTIVAL! 2012 報告 1

◎5年目のミニフェスティバル始まる
梅田 径

はじめに
 板橋駅から徒歩七分、東武東上線の線路脇の小さな路地に「atelier SENTIO」がある。壁面が白い漆喰の壁という劇場で、座席数は三十席ほど。暖色のライトに照らされたときの、壁面の白く淡い暖かさが聖域のように神々しくて、白くて優しい空間と畳敷きの観客席の穏やかな雰囲気。なぜか懐かしいような、頼もしいような、どこかに帰ってきたような錯覚を覚えてしまう。
 atelier SENTIOはそんな優しい魅力のある、僕にとってはほんの少しだけ特別な劇場だ。だからここで行われるフェスティバルには毎年少しだけ不思議な魔力が宿るのかもしれない。
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ジエン社公演「アドバタイズドタイラント」

◎言葉と音楽の立体交差点で
 梅田 径

「アドバタイズドタイラント」公演チラシ
公演チラシ

 観劇を愛する人なら誰でも、ひいきの劇団がひとつやふたつあるはずだ。とはいっても、その劇団の旗揚げから観続けているというのは稀なケースに入るだろう。名も知らぬ劇団の旗揚げを観に行くには動機がいるだろうし、その劇団がずっと見続けたくなるようになるほど魅力的でなければならない。

 僕が旗揚げからすべての公演を見ている劇団はまだジエン社しかない。僕がジエン社を見続けているのは、単純にジエン社や作者本介のファンである、ということだけではなくてもう少し屈折した理由がある。早稲田大学で凡庸な学生としてすごしていた僕はジエン社を、その前身である自作自演団ハッキネンと重ねてしまうのだ。そもそも「ハッキネンの劇団」という肩書がなければジエン社を観に行くこともなかっただろう。
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真夏の會「エダニク」

◎「エダニク」の、まるで時計のような、精密さ。
 梅田 径

真夏の極東フェスティバル公演チラシ
宣伝美術=清水俊洋

 黒尽くめの舞台と客席は額縁のような枠で隔てられて、まるで昔のテレビをみているような気持ちになる。静かな舞台美術だ。舞台上には大きな机を取り囲むように、丸椅子や長椅子が一見無造作に置いてある。
 この空間には、席に座っただけでゾクゾクっとくるような派手さはなく、この時には弱い失望すら感じていた。
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荒川チョモランマ「偽善者日記」

◎熱が伝わるとき-偽装とベタの間で
 梅田径

「偽善者日記」公演チラシ 劇場MOMOに足を踏み入れれば、舞台中央に鎮座まします螺旋階段のデカさに度肝を抜かれ、同時に不安も覚える午後四時前。荒川チョモランマ『偽善者日記』の観客席は千秋楽を控えてほぼ満席である。
 まず諸注意と主宰の挨拶があった。続いて、元気いっぱいに「エアロビを披露いたします!」の号令がかかるやいなや、俳優たちが満面の笑顔で、舞台いっぱいにあらわれた。モーニング娘。「恋愛レボリューション21」のリズムにあわせて軽快かつ爽やかなエアロビが始まるも、センターに陣取った男の子は階段に足を取られてうまく踊れないようだ。センターのタコ踊りに主宰がぶちギレ、舞台にあがって説教をはじめたかと思いきや、あかりが落ちて暗転した。
 再び照明がつくと、エアロビの時とまったく同じ姿勢で、スーツ姿の男性が上司の女性に怒られている……。

 劇の始まりだ。
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