三条会「三人姉妹」

◎女たちの『三人姉妹』
 梅田径

 去年の『ひかりごけ』が忘れられない。

 洞窟の闇から花咲く天上への大胆な場面転換。美しい舞台美術と衣装、照明、音響、一人で対立する検事と弁護士の両者を演じきった榊原穀の迫力ある演技。いったい何をどう述べればこの魅力を文章に起こせるというのか。それまでも噂や劇評では名前を聞いていたものの、初の三条会は衝撃の一言だった。僕の短い観劇経験の中で静かな衝撃と、心動かされた演劇として、記憶に強く強く残る。
 神奈川の奥地に住んでいる僕にとって、三条会のアトリエがある千葉は行きにくく、いろいろな意味で遠い場所である。旅行というには近すぎるし、他に用事がある時の「ついで」にはすこし遠すぎた。三条会の東京公演は年に一度しかやらない。その機会を逃したらまた一年間待たなければならない
 そのような狂しい思いで求めた三条会の演劇。2013年の東京公演となる今作は、チェーホフの『三人姉妹』であった。当日パンフレットによれば、演出家として長いキャリアと実績をもつ関美能留氏にとっても、今回が初のチェーホフ作品であったらしい。

 チェーホフの『三人姉妹』は複雑な戯曲である。話の筋としては、首都モスクワに憧れつつも、家と故郷に縛られたプロゾーロフ家の三人の姉妹と一人の弟を巡る物語だとまとめてしまってよいかもしれない。しかし、彼らに会いに来る軍人、教師、医師、男爵と様々な人々が様々な背景を背負い舞台で交錯していくその様は広大な領土と複雑な文化を持ちながら西洋にあこがれ、帝政ロシアがもっていた矛盾の縮図でもあった。何劇と要約するのにもためらいを覚える多様性をもった戯曲である。「群像劇」というほど各人の物語があるわけではなく場面転換が多いわけでもない。物語は次々に進むが、事態に決着が付くことはない。ただそこで、町と家がゆっくりと崩壊していくさまが、着実に描き出されていくだけだ。

 最近では大幅な改変やザッピングされて公演が行われることも多いチェーホフ作品の中でも、哲学的な談義も多く、地味な戯曲ではある。しかし、本公演では、物語の主軸となる三人姉妹の感情を丁寧に内省的に、絹を撫でるように描き出していくことに重点が置かれた。舞台美術の都合もあったのだろう、全体的にムービングは大きくはなく、戯曲が持っている物語性、声、スペクトルをひとりひとり、丁寧に描き出していった。

 客席に入るなり舞台美術にあっと驚かされた。
 ザ・スズナリの舞台は奥に広いのだが、それを白い枠をつかった十二面のガラスで前後を仕切っている。つまり舞台の舞台後方にガラス越しの部屋を作ったのである。後方の部屋は決闘の場所になり中庭になりまた晩餐会の会場にもなる。密閉はされていないようであるが、ガラス越しの声はくぐもって聞こえてくる。壁にこしらえは無いが、大きな脚立が立てかけてあり、二幕以下ではこの脚立が窓際の椅子になったり、プローゾロフ家の弟で主人であるアンドレイの妻であるナターシャが簒奪したプロゾーロフ家の女主人の地位をも示すようになる。
 台本は、神西清の翻訳をほぼそのまま使用した。舞台装置が派手なわけでも、身体的なムービングが激しいわけでもなく、舞台全体を通じて非常に品のよい、女性的な印象を受けた。

 さすがと思ったのは、場面の人間関係を丁寧にくみ取り、今誰が誰に向けて話しているのかわからなくなるようなことがない観やすさへの配慮だ。台詞の速度はやや早回しで、ともすれば見失ってしまいそうになる会話の「輪」を、手を繋ぎあうことで表現する。例えば、生まれた子供たちに自由や行動を縛られるアンドレイと、プロゾーロフ家に君臨するナターシャの権力関係をナターシャが脚立の上に居ることで示したり、晩餐会ではお客人が一同に会して和やかな会話をしているガラス越しの奥の部屋でスローモーションでアクトが展開され、深刻な家族の会話をする手前の空間ではガラス板の前後で異なる位相のアクトを起こす。また出演者全員で前に椅子を並べて座らせた挙句、フェイク・ドキュメンタリー(というか、どっきり?)風の演出もあるのだが、哲学的な独白を対話風に演出することで、観客にとってはちょっとした息抜きにもなり、同時に『三人姉妹』の言葉は、世界の何も動かさない事を表現させている。

 このような決して派手ではない『三人姉妹』の演出を可能にしたのは、オーリガ役の大倉マヤ、イリーナ役の近藤祐子、マーシャ役の立崎真紀子という抜群というかほとんど怪物じみてすらいる技量をもつ女優陣の力によるだろう。特に今回は透明度が高くムービングに無駄がなく、天真爛漫に見えて気迫がある近藤の演技には目を見張った。
 そして百景社の山本晃子が演じるナターシャ!! まだアンドレイに恋する乙女の初々しさが可愛らしい一幕と、そこから豹変してすっかり「女主人」になってしまう二幕とのギャップは笑ってしまうほどに大胆で、しかし彼女が闖入することでプロゾーロフ家が壊れていく予兆がひしひしと感じられる。

 男性では、アンドレイを演じた榊原は、前回の『ひかりごけ』では、検事と弁護士という対立する二人を一人で演じきり獣のごとく圧倒的な迫力をみせつけたのだが、今回は力強さよりもギャンブルに溺れ夢に敗れた弱い男性を演じて面白い。力強い存在感と体格は隠しようもないのだけれど、それもまた妙にギャンブルと酒に溺れた敗北者の姿に重なって生々しい。ナターシャが脚立の上から子供の絵を描いて落とすのを、アンドレイが走り回りながら一枚一枚拾い上げていく姿に滑稽さと惨めさがにじみでている。つくづく、三条会の俳優たちはどうしてこんなに凄まじいのだろう……。

 第三幕の終盤、すべての客人たちは町を去ることになり、プロゾーロフ家は借金とナターシャによる独裁的な家庭不和で過去の栄光は望むべくもない。この状況で三姉妹が、自分たちがそれでも生きて行かなければならないことを確認しあう。マーシャにイリーナが肩車をして、イリーナの足の間にオーリガ首を差し込んで三姉妹が「縦に」並ぶ。家も故郷もなくなってしまうことはわかっている。

 動物が生きるように、人もまたどうにかして生きて行かなければならない存在であることを突きつけてくるのだ。もはや若くはない三姉妹の互いの独白のような会話に至って、はじめてそこで、現在を生きることの困難と絶望が立ち現れる。しかし、その声もガラスの向こうからくぐもって響いてくる残響に過ぎない。彼女たちの悲鳴はガラスの向こう側に閉じ込められているのだ。
 それでも彼女たちは生きていかねばならない。オーリガが苦しげに、しかし力強く、はっきりと声を張り、自分たちが何をするべきか、どうしていくのかを叫んだとき、これは現在の私達に向けられた悲鳴なのだと思った。そこには問答無用の迫力がある。いままでは、上品な芝居だと思えていた『三人姉妹』が変貌した。

 三人が縦にならぶその姿は一見バカバカしい感じすらある。しかし、ここには彼女たちの決意は三人姉妹が揃っていなければ発露できないものなのだ。三人が隣同士に並んでいたら、このような決意を叫ぶことはできないのではないか。
 「つらい」ということは、時に面と向かっては言えないことなのだ。
 かといって、独白で処理するにはつらすぎることもあるはずだ。対面ではない対話が必要なことがある。対話ではあるけれど、自分自身に言い聞かせることでもあるような、そういう悲しみとやるせなさは、きっとこんなふうに叫ぶしかないのだ。少し遠いガラス越しの部屋の向こうで、姉妹と縦にならんで。

 その直後に、アンドレイがギャンブルと酒で家を抵当にいれたことを告白する。そこではアンドレイがただ一人立ちすくみ、呆然ともごもとした独白を口ずさむのだった。この言葉を聞くものはいなかった。ただの一人ごとだったのだから。
 観客席からの、この一連の場面はただただ悲しかった。

 それでも、演劇としては『ひかりごけ』の時ほどドラマティックではなかったし、内面吐露の多さにやや「飽き」がきたシーケンスもあった。けれども、ドラマの本質に触り戯曲を解剖していくその演出の手つきと、戯曲のエッセンスを観客がしっかりトレースできる丁寧な作りは高く評価したい。ともすれば登場人物の多さ、起こる出来事の複雑さと面倒くささに混乱し、ロシア語の特徴で次々と名前が変わる状態にも訳がわからなくなってしまいかねない作品なのだ。『三人姉妹』の何が肉であり骨であるのか。関節であり神経であり臓腑なのかを見据えている。この解剖がどこまで進んで何を見せてくれるのか。何度も何度も上演してほしい。

【筆者略歴】
 梅田径(うめだ・けい)
 1984年生。早稲田大学大学院日本語日本文学コースの博士後期課程に在籍中。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/umeda-kei/

【上演記録】
三条会「三人姉妹」
ザ・スズナリ(2013年5月9日-5月13日)

【原   作】アントン・チェーホフ(神西清訳による)
【構成・演出】関美能留

【出  演】大倉マヤ、立崎真紀子、近藤佑子、榊原毅、江前陽平、篠崎大悟(ロロ)、国末武(百景社)、山本晃子(百景社)、山本芳郎(山の手事情社)

【舞台美術】石原敬
【照  明】岩城保
【フライヤーデザイン】agasuke

【料 金】
前売・予約 3,300円
わりびき券 1,800円
高校生以下 1,000円
当日券 3,500円
※ 5/9はプレビュー料金 一律 1,500円

【協 力】公益財団法


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