SENTIVAL! 2012 報告 1

◎5年目のミニフェスティバル始まる
梅田 径

はじめに
 板橋駅から徒歩七分、東武東上線の線路脇の小さな路地に「atelier SENTIO」がある。壁面が白い漆喰の壁という劇場で、座席数は三十席ほど。暖色のライトに照らされたときの、壁面の白く淡い暖かさが聖域のように神々しくて、白くて優しい空間と畳敷きの観客席の穏やかな雰囲気。なぜか懐かしいような、頼もしいような、どこかに帰ってきたような錯覚を覚えてしまう。
 atelier SENTIOはそんな優しい魅力のある、僕にとってはほんの少しだけ特別な劇場だ。だからここで行われるフェスティバルには毎年少しだけ不思議な魔力が宿るのかもしれない。

アフタートークは40分
 今年の「SENTIVAL!」はatelier SENTIOのほか、日本基督教団巣鴨教会、SUBTERRANEAN の三カ所を使って行われる舞台芸術フェスティバルである。

 atelier SENTIOのレジデンスカンパニーであるユニークポイントの山田裕幸氏と第七劇場の鳴海康平氏がフェスティバル・ディレクターとなり、両劇団と交流があるカンパニーをはじめ、東京を中心に全国津々浦々、果ては海外からの参加まで現れることとなった。二〇〇八年からはじまり今年で五回を数える。

 四月の後半から七月中旬までという長期間に及び、参加カンパニー18、公募ワークショップ1、クラシック音楽とコンテンポラリーダンスの競演プログラム1、公演数約80ステージを数えるイベントにまで成長した。

 かくいう僕も、初めてatelier SENTIOを訪れたのは、「SENTIVAL!」の縁によるところが大きい。

 去年の五月ごろ、「SENTIVAL! 2011」の一演目であったカトリ企画UR「チェーホフのスペック」がきっかけだったと記憶している。マチネとソワレでそれぞれ異なる演目を上演する公演形態でも、マチネとソワレの間に帰る人はあまりいない。公演と公演をつなぐ時間、中で行われる楽しい時間(なにがあるかはまだ秘密)があるのだ。ただ観劇をして帰るだけの悲しさとは無縁なのである。

 それ以来ちょくちょくとatelier SENTIOに通い続けるうち、ディレクターの鳴海氏からこんなお願いをされることになる。「SENTIVAL! に出てくれない?」と。

 「SENTIVAL!」には様々なスタンスをもった劇団が参加する。高度な身体表現を追求する劇団、会話劇の可能性を模索する劇団、ダンスを中心とするカンパニー。こうした多彩な劇団の主宰や演出家たちが、それぞれの個性と才能を持ち寄り多様なトークを展開するのもこのフェスティバルの魅力なのである。

 「SENTIVAL!」ではアフタートークをすべて「トーク!」と称して、演目ごとに一度は行っている。2008年のスタート以来、「トーク!」は小さな空間を活かして、作り手側と見る側の距離を縮め、作り手同士だけではなく見る側との交流を図ってきた。そして今年からの新しい試みとして登壇者に作品を作る側だけではなく、観客側からの意見も反映しつつ、見る人と作る人とのより楽しく密接な交流を目指すガイドとして、演劇製作には携わらない僕が参加することになったようです。

 時折議論を交通整理したり、お客さんからの発言をいただいたり、やや専門的になりそうな話をかみ砕いたり、話を振ったり伺ったりと、いろいろがんばっております。どうぞよろしく。

 さてさて、「SENTIVAL!」の「トーク!」には三つの特徴がある。一つ目は、終演後四〇分という長さである。従来のアフタートークが十分前後の「意見交換会」であるならば「トーク!」は「シンポジウム」のよだ。議論や掛け合いが白熱して、そこから新しい知見が開けるまで話が弾む。長時間、多岐にわたる話題は聞いている側もなかなか大変かもしれず、ここもやや試行錯誤中。とはいうものの、出入り自由で飲食もできるリラックスした体勢で聞いていただける環境にしていく予定だそうだ。

 観劇を趣味とする人ならば、ある公演で質問や感想をいいたかったのに、タイミングがつかめなかったり、そういうことが一度はあるのではないだろうか。「トーク!」では、観客のみなさまとの意見交換の時間も豊富にとっているので、この時間を利用して、いろいろ聞いてみてほしい。演劇に関すること、演劇の環境についての疑問、舞台美術や俳優についてもいろいろ聞けるチャンスです!

 二つ目に、登壇者の多さも「トーク!」の魅力だろう。初回、ユニークポイント『白痴』の時は、鳴海康平、山田裕幸両氏をはじめ、Ort-d.dの倉迫氏、ブルーノプロデュースの橋本氏、shelfの矢野氏、ダンサーの木野氏、そして僕の総勢七名の登壇者が舞台上にあがった。時折議論が錯綜し、停滞することもあったものの、六名の演出家それぞれのスタンスから発せられる様々な意見は、その場で思考を形にするライブ感をもっていた。

 鳴海氏は、「トーク!」を通じて、少しでも現代の演劇を作る人々の思いや方法を知ってもらいたいのと、作り手側も見る側も「自分の言葉で作品について語り」「自分の言葉で作品について尋ね」「お互いの違いを見つけて許容する」ことを目指したいという。作り手たちも今演劇を見に来てくれる人が何を考え、何を求めているのか知りたいはずだ。

 三つ目は、「トーク!」終了後も続く交流である。facebookやtwitterをはじめ、必要とあればメールやブログなどでの意見交流も展開する予定である。

「仲間」として観劇を
 このように、「SENTIVAL!」のミッションは「よりよき演劇作品を作りだす/提供する」だけにとどまらない。

 観客として劇場に足を運ぶ人々が、作り手も観客もよりよき関係でつながれるようになっていくことを目的としている。演劇とよりよき関係を結べるように、もっと劇場を、演劇を自分の人生のためにうまく利用してもらえるように様々な試みをためしていくと、フィスティバルディレクターの鳴海氏は述べる。

 豊島区の小さな劇場の小さな企てがどこまで成功するのかはわからない。未知数だ。未知数であるということは、未完成だ、ということでもある。作り手だけでは演劇を完成させられない。ぜひ「SENTIVAL!」へ、ともに演劇を作り上げる「仲間」として、観に来ていただきたい。

劇評、ユニークポイント『白痴』
 「SENTIVAL!」の先陣を切ったのはユニークポイントの『白痴』である。坂口安吾の代表作で、ユニークポイントにとっては三度目の舞台化である。今年三月の『アイ・アム・アン・エイリアン』から僅か一月。全体的な設計は初演のままに、より高度な技術的進化を遂げて再々演を果たした。

 会場のatelier SENTIOは白の壁面を塗り変えてより白く鮮やかな風合いになり、蛍光灯に照らされたブックシェルフと小道具たちがおさまる棚、奥にはプロジェクターによる投影のスペースがある。舞台美術も空間も目をひいた。手前の空間には舞台と客席を仕切るように三つのディスプレイが浮かぶ。

 芝居の開始はやや唐突に、いままで会場の案内をしていた洋服の女性が『白痴』のテキストを読み始めることで始まる。白い服をきた男女が入場し、ときおりつっかえながら読み上げる洋服の女性に合わせてビデオカメラのほうにむかって話し始める。観客はプロジェクター越しに二人の姿を確認しながら、時折楽しそうに、あるいは寂しげにふざけあう二人の姿を見続けるのだが、それが狭いatelier SENTIOの空間を幾重にも屈折させながら広げて面白い。

「白痴」公演の写真1「白痴」公演の写真2
【写真は、ユニークポイント「白痴」公演から。撮影・提供=ユニークポイント 禁無断転載】

 テキストで「白痴」とよばれる女が現れるところで、着物を厚く着込んだ女性が舞台上手から現れる。彼女はテキストを読み上げるわけでもなく、時折悲鳴にもにたうめき声をあげ、時に諧謔的に、あるいは悲劇的な様相で手を天空にかざし、倒れ込む。舞台は白服の男女、洋服の女性、着物の女性と四人の人物がたたずむ。

 彼らの動作は『白痴』のテキストとつかず、はなれず、曖昧な距離を保ちながら、小説世界をゆるやかに拡張していた。男性がはしゃぎながら白痴の女性にたいして暴力的な男性性をたたきつけるテキストを読み上げたかとおもえば、着物の女性は静かに涙を流している。

 洋服の女性が淡々と空襲によって火の海となるトウキョウの様子を読み上げている横で、白衣の男性と女性が、実に楽しそうな表情を浮かべながらろうそくに火をつけ、飛行機のミニチュアをその上にかざしながらビデオでその様子を撮影する(ろうそくの列は爆撃を受けたトウキョウのようだ!)。その光景は奇妙に圧倒的で、安吾の『白痴』がもつエロティシズムと悲劇性を着物の女性が一人で背負っていた。

「白痴」公演の写真3「白痴」公演の写真4
【写真は、ユニークポイント「白痴」公演から。撮影・提供=ユニークポイント 禁無断転載】

 ことなる服装をもつ四名は役割があるようでもあり、ないようである。けれども、着物の女性がもつ悲劇性は特筆に値する。『白痴』のテキストを読んだものにとって、分厚い着物は空襲の時に伊沢が女性にかぶせる布団に見えるだろうし、洋服の女性は戦争の記憶を遠く離れた現在にいきる私たちの姿にも見えてくるだろう。

 ビデオカメラを使ったライブ映像を投影する手法はけして珍しいものではないだろうが、atelier SENTIOでは思いもかけぬ効果を生んでいた。西武線の真横に位置するatelier SENTIOは電車が通るたびに振動するのだが、白服の男女がたわむれにビデオカメラを劇場の外に持ち出し、線路上の映像を壁面に映し出す。いままではランダムに発生するノイズであった振動に原因(理由)を与えることで、それが一つの演出として機能する可能性を開いていた。もちろん、それは悲劇の連鎖としても寓意を発揮するだろう。空襲=震災=振動=電車=爆撃機といったような……。

 安吾の原作のテキストから削られた箇所があるとはいいつつも、長文のテキストを丸暗記して臨んだ洋服の女の記憶力をはじめ、着物の女性の演じる「白痴」の、無言の圧力と重さ、寓意性、白衣の男女のゆるみのない持久力ある演技など、みどころはいくらでもある演劇であった。演劇作品としての完成度の高さもさることながら、同時にインスタレーションダンスのような華麗さも
備えていた。

 しかし、いささかテキストと俳優の所作との距離感がつかみづらいシーンもあり、そもそも「白痴」も人によってはやや難解なテキストであるといってよいだろう。テキストと演出の距離感をどのようにとらえるのか、この公演では大きな迷いも感じられた。また、客席と舞台を隔てる三機のディスプレイはやはり全面投影面積が大きく、演劇を見る集中力を大幅にそがれたことは否めない。またディスプレイの文字の切り方などにも不揃いな印象が拭えない。演出意図であったとしてももう一段の工夫はできたように思われた。

 ただ、僕はこうした微細な点しか文句のつけようがない。作品に横溢する、不思議な「難しさ」を作品と坂口安吾とユニークポイントといっしょに考えてみたくなる好作品だ。

 本レポートの続編は「SENTIVAL!」終了時に全作品のショートレビューという形でワンダーランド上で公開したい。また「トーク!」についてはUSTREAMで公開しており、そちらもごらんいただければ幸いである。

【関連サイト】
・SENTIVAL! website http://sentival.blog43.fc2.com
・「トーク!」USTREAM http://www.ustream.tv/channel/sentival-2012
・atelier SENTIO http://www.atelier-sentio.org

【筆者略歴】
梅田径(うめだ・けい)
 1984年生。早稲田大学大学院日本語日本文学コースの博士後期課程に在籍中。日本学術振興会特別研究員DC2
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/category/a/umeda-kei/

【SENTIVAL! 2012 スケジュール
◆ユニークポイント(東京)
◆Q(東京)atelier SENTIO
◆LiveUpCapsules(東京)
◆百景社(つくば)
◆shelf(東京・愛知)
◆木野彩子(東京)
◆カトリ企画(東京)
◆A.C.O.A.presents(那須)
◆このしたPosition!!(三重×京都)
◆劇団渡辺(静岡)
◆ブルーノプロデュース(東京)
◆14+(福岡)
◆A La Place(東京)
◆iaku(大阪)
◆七ツ寺企画(愛知)
◆Didier GALAS(フランス)
◆Ort-d.d(東京)

「SENTIVAL! 2012 報告 1」への10件のフィードバック

  1. ピンバック: atelier SENTIO
  2. ピンバック: 李そじん
  3. ピンバック: 橋本清
  4. ピンバック: 李そじん
  5. ピンバック: 石井幸一
  6. ピンバック: narumi kouhei
  7. ピンバック: atelier SENTIO
  8. 今回はお世話になります。先日は素晴らしい仕切り、司会進行でした。自分のところの公演が終わったら、トークは出来るだけ参加するつもりでいます。今後ともよろしくお願いします!

  9. 矢野靖人さま

    こちらこそ、大変貴重な経験をさせていただきました。お返事大幅に遅れて大変しつれいいたしました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください