◎熱が伝わるとき-偽装とベタの間で
梅田径
劇場MOMOに足を踏み入れれば、舞台中央に鎮座まします螺旋階段のデカさに度肝を抜かれ、同時に不安も覚える午後四時前。荒川チョモランマ『偽善者日記』の観客席は千秋楽を控えてほぼ満席である。
まず諸注意と主宰の挨拶があった。続いて、元気いっぱいに「エアロビを披露いたします!」の号令がかかるやいなや、俳優たちが満面の笑顔で、舞台いっぱいにあらわれた。モーニング娘。「恋愛レボリューション21」のリズムにあわせて軽快かつ爽やかなエアロビが始まるも、センターに陣取った男の子は階段に足を取られてうまく踊れないようだ。センターのタコ踊りに主宰がぶちギレ、舞台にあがって説教をはじめたかと思いきや、あかりが落ちて暗転した。
再び照明がつくと、エアロビの時とまったく同じ姿勢で、スーツ姿の男性が上司の女性に怒られている……。
劇の始まりだ。
三幕で構成される『偽善者日記』は構えの大きなこしらえの演劇である。
好景気から不景気への転換が起きた八〇年代から一〇年代までの、親子二代の年代記であり、フィクションのメタ性やモデルの問題を扱う虚構論としても読める。SFでもあり青春群像劇でもあるけれど、ゆがんでしまった家族像のねじれを兄妹が解消してゆく「家族劇」としての性格が色濃く存在している。
第一幕は、たぶん八〇年代。好景気のあの頃が舞台だ。幸福とチャンスの洪水にみなが浮かれていたその時代、T大卒のジュンヤ(加賀美秀明)は長年の夢だったJAXAへの就職に失敗し、文系就職で電気メーカーの営業についていた。しかし、やる気も能力もなく仕事はミスばかり。そんなジュンヤはひょんなことから幼なじみのクミコ(荒木昌代)と再会し、友人のヤス(山本恭裕)に背中を押され長年秘めていた思いを伝えることに成功する。二人はまもなく結婚し、双子のかわいい娘も生まれ順風満帆な日々が始まると思っていたその時。
ジュンヤはリストラに遭う。
時代はバブル崩壊後の不景気。家には双子の姉妹、レナ(妹/三輪友実)とハナ(姉/吉武奈朋美)がいて、父の帰りを待っている。妻にも子供にも、リストラされた事実を告げることができなかったジュンヤを双子の笑顔が追い詰めていく。だがジュンヤの「やり直し」はことごとく失敗してしまう。就職活動はうまくいかず、あげくに手を出した競馬にも負け、五十万円の借金すら返せずに借金取りに追われる生活が続く。
彼にさらなる悲劇の追い打ちがかかる。娘のレナに重い心臓病が発覚するのだ。手術の費用は三〇〇〇万円。ジュンヤは絶望の故か借金の故か、家族の前からその姿を消したのであった……。
バブル時期のトレンディドラマ的な発想やゼロ年代的なカルチャーなどの複数のレイヤーを巧みに取り入れ、元気いっぱいに踊って見せる場面と静的な場面の対比など、さまざまな演劇的手法がてんこもりの楽しい舞台だ。ストーリー展開の速さと巧みさに舌を巻く第一幕のリズムはそのままに、双子の妹であるレナを主人公とする第二幕から物語は加速度を増して展開してゆく。父の夢を追って宇宙開発の道を選んだ優秀な姉への嫉妬と劣等感。恋愛の苦悩や絶望。レナが悲しみや自己憐憫の連鎖から立ちなおり、他者への愛に気づいていく姿を描いて、幼稚園、小学校、中学受験、大学、メイド喫茶から芸能界まで舞台を広げながらジェットコースターのように物語が展開してゆく。
だから、自然と俳優たちの演技もドラマチックで大袈裟なものとなるのだろう。コントのように大胆な動作と、感情のたっぷりこもった悲鳴や怒号。泣いて笑って愛しあう、喜怒哀楽のはっきりした演技と演出を支えるのが、舞台中央に鎮座まします巨大な螺旋階段だ。東京タワーの屋上になり、ダンスの舞台になり、アパートの二階になる。空間の上下を表すだけではなくて、時には椅子や、人が隠れるスペースにもなる。人生の隆盛だとか人間関係の上下、一緒に生まれても、いつか違った存在になってしまう姉妹の残酷さなんかを表していて、せわしなく俳優たちが上下する。大胆で斬新な身体表現があるわけではないし、台詞回しが独特なわけでもない。でも、ストーリーの展開も、舞台の明るさも、やさしさにあふれたメッセージもどれもこれもがバランスよく配置されて楽しい気分になってくる。
本作の最大の魅力は、物語の中で生きる人の描き方の力強さにある。
物語性の強い演劇においては、人の挫折や栄光や成長に観客の目と心が奪われる。『偽善者日記』には、演劇という人生の写し絵が観客を素直に感動させて「すばらしかった!」と、叫びたくなる火力があった。脚本の構成力と持続力が強くて、観客が物語に感じる原初的な喜びを与えてくれる。そして舞台に注ぎ込まれた熱がある。演出も時代がかっているけれど悪くないし、照明や音楽の使い方も悪くない。人の不器用さを表す、沈黙と間の取り方もよかった。ハリウッド的な定型を感じさせつつも、定型に飲まれないぞという気概も感じさせる。人と人との、複雑で時に悲しい関係になってしまう機微を描き出す感性もいい。
けれども、この芝居の一番の大仕掛けで、しかも本当は一番推したかったであろう偽装劇的な仕掛けは僕にとってはあまり面白くなかったのだった。
『偽善者日記』の売り文句である嘘と騙し=偽装劇の、ほとんどのツボは第三幕で展開される「第一幕と第二幕が実は作り話だったかもしれないし、実話なのかもしれない」という兄と妹のスリリングなやりとりにあることは、はっきり書いておいていいだろう。第三幕は動的でドラマティックな先の二幕と違って、作家の兄(加賀美秀明)と妹(椎谷万里江)の出生の秘密や家族との葛藤や軋轢を巡る「静かな演劇」である。第二幕でのダンスあり恋愛劇ありのスペクタクルと対照的な、第三幕の対話劇は長文の蛇足のように感じられてしまった。
第三幕の冒頭で、まず第一幕と第二幕が虚構の作中世界であった可能性が示唆される。第二幕は兄である落ちぶれた作家が書いたライトノベルの作中世界でしかなかったようなのだ。明確には示されないが、第一幕はその作家が書いた処女作であり、兄妹の父の日記をモデルにしていた可能性を巡って、兄と妹が激しく対立するという仕掛けになっている。
作中世界だったのかもしれない第一幕、第二幕は、恥ずかしい台詞や演出のオンパレードである。ベタベタなビルドゥングスロマンである。でも荒川チョモランマの『偽善者日記』はそういう恥ずかしいところで人を思いきり泣かせて笑わせることができる作品だったのだ。詩的に飾った言葉や斬新な身体表現がなくても、まっすぐでストレートな言葉や優しい振る舞いが、思いの質感や手触りを伝えてくることが何度もあったし、その手触りがこの舞台の魅力だったのだと僕は信じたい。
全編を通していちばん興奮したのは、やっぱりなんといっても二幕を彩る俳優たちの力だったし、それを引き立てるストレートなプロットや演出の強さだった。双子の姉妹、レナ(三輪友実)とハナ(吉武奈朋美)は、幼稚園児から大学生までの十数年を心の成長と共に体現する。アイドルグループを結成するメイドカフェのリーダーであるメアリ(あに子)の存在感は舞台全体の中でもひときわ注目したくなるし、メアリとレナの恋人で、恋愛依存症のダメ男であるケイスケ(佐藤幸樹)は、ダメ男っぷり全開なのにまったく憎めない。メイドカフェに入り浸りアイドルグループに熱を上げた挙句にテロにまで走るタケ(近藤伸哉)も気持ち悪くて最高に好感がもてる。俳優たちが繰り広げるダンスやファッション、ちょっとしたジョークや演出が物語を下支えしていたけれど、それら一つ一つが輝くのは細やかな芸や気配りの気持ちよさだけではなくて、物語の芯がシンプルで少し残酷なビルドゥングスロマンだったからとしかいいようがない気がする。荒川チョモランマにしかできない軽やかで鮮やかなで楽しい舞台から伝わるあたたかさに、観客もじんわりと体温をあげたくなる。その魅力。この温かさをもっと追求してほしかった。そういう演劇を作り出せる素敵なカンパニーなのだから。
ただ、こんなふうに評してしまうのは東日本大震災の影響があるに違いない。まだ終わっていないこの震災の一番最初の地震の日。3月11日に僕はこの『偽善者日記』を観ていた。チラシには「《東京公演》2011年3月11日(金)~14日(月)」とはっきり書かれているのに、『偽善者日記』の台本の奥書には「3月18日」と延期になった再公演の日付が傷跡のように記されている。3月11日から18日までの間に台本が少しでも変わったのかは分からない。大阪の公演と東京の公演に違いがあったのかも、少し興味はあるけれどわからない。
けれども、18日の再公演の時には、地震に対するメッセージが一枚、折り込みのチラシに挟み込まれていた。
11日から18日までの7日間という期間がどういう時間だったのかは今でもよくわからない。ほんの数日とも言えるし、長い一週間でもあった。多くの人が生きるとか死ぬとか日常とか電力とか原発とか食料とか、ACのコマーシャルばかりのテレビとか、いままで考えたこともなかったような様々な事柄や事態に翻弄されて訳が分からなくなっていたときでも、演劇は落ち込んでいた観客に何かのメッセージを一番最初に込めなければならなかった。
そんな観客たちに『偽善者日記』はきちんとメッセージを届けていたんだ。もし、地震がないままに『偽善者日記』を観ていたら、きっと僕は三幕構成で、うまく嘘をつこうとする努力を褒めただろうし、一つの物語をさまざまな工夫で多角的に見せようとする構想の「巧みさ」を褒めたかもしれない。けれども、地震の後ではそれをうまく褒める言葉がみつからなくなってしまった。現実が想像を少しだけ追い抜いていったような、何かに置き去りにされたような気分のなかで、僕はそういう見方をどうしてもしてしまうのだけれど、震災から一週間という短い期間に、荒川チョモランマが折り込みチラシに含めたメッセージは舞台の上で体現されていた。「元気出せよっ」て。それが一番凝縮されていたのは、『偽善者日記』が見せる、人の生き方が発する熱量を舞台の上で爆発させて、なんだかとてもいい気分になる演劇だったのだし、それこそがあの時あの瞬間に、僕が演劇に期待してしまったものの一つではあった。それに力強く応答してみせた『偽善者日記』は、ただのベタな、よくできた演劇では終わらない強さをもっていたよ。
(初出:マガジン・ワンダーランド第236号、2011年4月13日発行。無料購読は登録ページから)
【筆者略歴】
梅田径(うめだ・けい)
1984年生。早稲田大学大学院日本語日本文学コースの博士後期課程に在籍中。
【上演記録】
荒川チョモランマ 『偽善者日記』
【東京公演】劇場MOMO(2011年3月11日-14日)※大地震発生により公演中止。(2011年3月18日-20日)※延期公演
作・演出:長田莉奈
出演
加賀美秀明(青春事情)、荒木昌代(THE☆メンチカツ成)、山本恭裕(劇団東京ペンギン)、三輪友美、吉武奈朋美、あに子、佐藤幸樹(てあとろ50′)、寺尾みなみ(劇団東京ペンギン)、近藤伸哉(てあとろ50′)、石井由紀子、椎谷万里江(拘束ピエロ)
スタッフ
舞台監督:桜井健太郎
美術:三井優子
照明:山内祐太
音響:カゲヤマ気象台(sons wo:)
衣装:あに子
小道具:兼桝綾
演出助手:相川春樹
プロデューススタッフ
宣伝美術:サノアヤコ
WEB:吉武奈朋美
映像協力:木下幸太郎
制作協力:田中祐太
制作:本山紗奈
【大阪公演】一心寺シアター倶楽部(2011年3月5日-6日)