忘れられない一冊、伝えたい一冊 第32回

◎「後宮小説」(酒見賢一著、新潮社)
 玉山悟

【「後宮小説」表紙・玉山さん蔵書】
【「後宮小説」表紙・玉山さん蔵書】

 「忘れられない一冊」という企画ですが、私は演劇の本はあまり読んでなくて、読んでも全部忘れてしまうので、「忘れられない一冊」って実はないんですよね(笑)。私の「忘れられない一冊」は酒見賢一のデビュー作「後宮小説」です。酒見賢一は好きですね。全作品初版で持ってるんじゃないかな。「後宮小説」に至っては、3冊持っているんです。最初に手に入れた単行本が6刷りで、初版が欲しくて古本屋を6年も探してようやく手に入れました。それに文庫本。合わせて3冊持ってます。

 酒見賢一の好きなところは、非常に博識なところと、文章が格調高くて美しいところ、作品の設定の面白さですかね。ただ、すごく寡作な作家なので、新作を待っている読者は読むものがなくて。単行本を持っているのに、文庫本あとがきが読みたくて文庫本も買ってしまうみたいなところがあります(笑)。

 最初に読んだのは高校のときじゃないかな。1989年の第1回日本ファンタジーノベル大賞受賞作ですが、選考委員長だった手塚治虫さんが亡くなられて、選考委員長空席のまま選ばれたんです。選考委員の井上ひさしさんがすてきな選評を書かれて、それも印象に残ってますね。

 ほんとに大河ドラマです。一気に読ませて抜群に面白い。架空の話なのにまるで史実であるかのように思える。「腹上死であった、と記載されている」という書き出しからして、もう面白いなあって。

 私は、好きな作家の作品は全部読むタイプです。もともと子どものころからひたすら本を読む子、学校の行き帰りに歩きながら本を読んでるような子で、赤石小学校の二宮金次郎って言われてました(笑)。16、17歳のころ、お金がなくて新刊は買えないので、古本屋に行って、この店にある阿刀田高と筒井康隆と星新一の本を全部くれと言ってドサッと買って帰り、片っ端から読んでました。お金が続かなくなったのと、クロスワードパズルの雑誌を買うようになって、そういう読書はやめました。クロスワードパズルの雑誌は、300円くらいで1週間はもつので、コストパフォーマンスがいいんですね(笑)。

 最近はまた、本の読み方を変えましたね。好きな作家を全部読むという路線だと、全然違う世界のものを読めないと気づいて。図書館の古書リサイクルの本を全部持って帰って読む、代わりに自分の本をどさっと持って行く。そうすると面白いんですよ、全然知らない作品を読めて(笑)。スパイの話とか、ハーレクインロマンスとか。すごく楽しい(笑)。

 私は、年間100本から200本くらいのお芝居を見てます。どうやって面白い芝居を見つけるんですかってよく聞かれますけど、それはもう母数を増やすしかないですよ。HPやチラシじゃ判断できないです。この時間、この劇場ということだけ調べて、どこの劇団かも、誰の作品かも、誰が出るかも、全然知らずに見に行きます。そうやって母数を増やすしか面白い劇団に当たる道はないですよ。もちろん素人の域の作品に当たることもあります(笑)。劇団名も調べずに行くんですから。小説もそうですけど、とにかく、面白いことをやってくれる劇団が好きですね。お話が面白いっていうのは、私には、非常に重要な要素です。

 幼稚園の学芸会のあたりから、演劇は好きだったのです。もともと私は声が大きくて、幼稚園なんかの学芸会だと声の大きい子がいい役になるでしょう、それでいい役がついた。小学校6年のときの「赤い水」という作品でやった「亀のおじいさん」が当たり役でした。老成した小学生だったので(笑)大変評判がよかったですね。主役の女の子をサポートする役だったのが、主役を食っちゃったんですね(笑)。褒められると調子に乗るんですね、私は。それで好きになって、高校では演劇部に入りました。

 今、演劇の仕事をしていますが、演劇ばかりやってきたんではないっていうか、演劇は私の人生の2番目に長い趣味です。一番長いのはプロレスを見ること、これは3歳か4歳からですから。順番で言えば2番目は読書、3番目が演劇ですね。他にもパズル作家もやってますし、ボウリングとか、クイズとか、趣味はたくさんありますが、結局、演劇が仕事になったってことで。それはいい状況じゃないかなって思うんです。

 中高生の演劇ワークショップなどやっていると、役者になりたい、演劇をやりたいって言う子がいます。それはそれでいいんですけど、見渡すと「いつの間にかプロになっちゃった」って人は結構いるんですね、演劇の周辺には。いつの間にか音響マンになったとか、気がついたら舞台美術家になってたとか、そういう人もそこそこの割合でいる。もちろん、なりたくて勉強してなった人もいるんだけど。だから、将来は演劇をやりたいって中高生が言うのを聞くと、道はそれだけじゃないんだけどな、って思ったりしますね。逆に演劇の勉強だけ続けてそれで食えなかったときに、取り返しがつかなくなっちゃったりするんじゃないかな。

 この「忘れられない一冊」で最初に取り上げたいと思ったのは菅間馬鈴薯堂(すがまぽてとどう)という劇団の当日パンフに載っていた文章なんです。あれは忘れられない。劇団にも問合わせて、現物をかなり探したのですが見つからなくて、残念でした。

 菅間馬鈴薯堂の代表の菅間勇さんが、ある詩を引いて「ただ叙事せよ」って言うんですね。その詩というのは、かき氷があってそれがだんだん溶けていく。やがてそこに刺さっていた匙がからんと鳴った。それだけ。
 ただそれだけなのに、この詩、悲しいですよね。「叙事せよ。ただ叙事せよ」。菅間さんの「ただ叙事する」。演劇って、それができるメディアだと思うんですよ。

 「後宮小説」のお話の面白さが好きなのと「ただ叙事せよ」っていうのとは、また別の要素かもしれません。でも、そのとき何が好きか、好きなものっていうのは、変わると思うんですね。私自身、平田オリザさんのやっているような関係性会話劇が面白くて、やたらに見てた時期もありました。ほかにも「お話の面白さ」以外に「描写の面白さ」もあると思います。それも好きですけど、今は、物語の面白さに回帰していますね。(談)

368_book_tamayama【略歴】
 玉山悟(たまやま・さとる)
 1974年岩手県生まれ。98年、王子小劇場設立と同時に劇場代表。2010年10月より、芸術監督就任。
ワンダーランドインタビュー 「連載〜芸術創造環境はいま—小劇場の現場から」(最終回)第14回http://www.wonderlands.jp/archives/19701/#more-19701


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください