◎広がりゆく、コレオグラフ
中野三希子

山下残の作品は、訳が分からない。ある程度はもう覚悟ができているので、まずは我慢する。全力なのか適当なのか分からないシーンの連続に、そろそろ何か展開があるのではないかとつい期待する。期待は裏切られて、わりと何も起きない。のに、目が離せない。何も起きていないフリをして何かが起きているからだ。そして、訳が分からないフリをして、そこで起きていることは実はまぎれもない「ダンス」なのである。そう気付いて、嬉しくなってしまう。
『大洪水』『庭みたいなもの』に続き、STスポットと山下の3作目の協働となった『ヘッドホンと耳の間の距離』。
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ダンスにおいて、舞台上で言葉を用いることは難しい。ダンサーは、言葉ではなく身体を表現の媒体として選んだ者たちだからだ。まして、相手は世紀のバレリーナ/ダンサーと言われるシルヴィ・ギエムである。誰もが最高の「身体による表現」を期待するであろうダンサーに、「言葉」を語らせること。この壁をアクラム・カーンは見事に打ち破り、言葉と身体とが密接に絡み合う素晴らしい舞台を見せてくれた。