青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクト「アンドロイド版『三人姉妹』」

◎私たちを交代できるもの、私の芯の擦り切れる音
 綾門優季

「アンドロイド版『三人姉妹』」公演チラシ
アンドロイド版「三人姉妹」公演チラシ

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わかりあえないことから始めることに、私たちは疲れ果ててしまった。

一瞬でわかりあいたい、という私の中で燻る欲望が、生涯叶えられないことは知っている。
しかし、何故、膨大な時間を対話にも会話にも尽くしたにも関わらず、わかりあえるどころか、さらに遠ざかってしまったような錯覚に、私たちは時折、囚われてしまうのだろう。
この溝を埋める術はないのか?
この隔たりを狭める策はないのか?
そう問うことに、私は疲れ果ててしまった。
私のことを一瞬でわかってくれるのは私だけだ。
だから、私たちが「わかりあうこと」を交代するものがあるなら、それに面倒なことをすべて押し付けてしまおう。
そう、たとえば、アンドロイドに。
私自身が口を開かなければ、「わかりあえないこと」に直面する回数は、それだけ減少するのだから。
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東京デスロック「モラトリアム」

◎あまやかな拷問、あざやかな審問
 綾門優季

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 劇場に入った瞬間、真っ先に脳裏をよぎった、切迫した疑問は、「観客が、ひとりも、存在しない」という、これまで抱いたこともないような焦燥を募らせるものだった。

 もちろん、存在しないわけはなかった。ただ、そう映らなかった。
 そこにいる人間の、だれが俳優で、だれが観客か、区別する意味を、見失ってしまったのだから。

 舞台もなければ客席もない。目の前に広がるのはただただ真っ白な部屋、劇場であることを知らなければ間違いなくそこは部屋、知っていても劇場としての目印を奪われた空間は紛れもなく部屋、どうしようもなくそこは、空白の部屋とでも呼ぶしかない空間だった。
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The end of companyジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」

◎豊穣な貧しさを編みあげるために
 綾門優季

「20年安泰。」公演チラシ
「20年安泰。」公演チラシ

 『20年安泰。』という、どう甘くみても少々喧嘩腰なタイトルの付されたこのショーケースは、芸劇eyes番外編として企画され、ロロ、範宙遊泳、ジエン社、バナナ学園純情乙女組、マームとジプシー(上演順)の5団体が参加し、それぞれ25分程度の短編を上演した。
 ジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」は、そのちょうど真ん中3番目に上演され、大きくはないもののあまりにも漠然としているためにとっかかりがなく取り除きがたいしこりを僕に残した。バナナ学園純情乙女組に立ち向かうために辛うじて温存しておいた体力さえじわじわと奪われ、終演後、体内を循環しているのは真っ白な虚脱感だけ。「してやられた」と呟いた。思いのほか反響しなかった。
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