The end of companyジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」

◎豊穣な貧しさを編みあげるために
 綾門優季

「20年安泰。」公演チラシ
「20年安泰。」公演チラシ

 『20年安泰。』という、どう甘くみても少々喧嘩腰なタイトルの付されたこのショーケースは、芸劇eyes番外編として企画され、ロロ、範宙遊泳、ジエン社、バナナ学園純情乙女組、マームとジプシー(上演順)の5団体が参加し、それぞれ25分程度の短編を上演した。
 ジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」は、そのちょうど真ん中3番目に上演され、大きくはないもののあまりにも漠然としているためにとっかかりがなく取り除きがたいしこりを僕に残した。バナナ学園純情乙女組に立ち向かうために辛うじて温存しておいた体力さえじわじわと奪われ、終演後、体内を循環しているのは真っ白な虚脱感だけ。「してやられた」と呟いた。思いのほか反響しなかった。

 そもそもあらすじを過不足なく網羅できたところで(そんなこと無理難題だろうけど、どうせ過不足ありありになるだろうけど)、散漫でなにがなんだかわからないかんじに仕上がってしまうことは目に見えているし、もしそうは見えないのだとしたらあらすじをぎりぎり許されないレベルにまで、注意を怠って僕自身が歪めてしまったに違いないのだから、こんな厄介なあらすじを持った芝居も稀で、書く前から尋常じゃなく気が進まないのだけど、まぁ、言い訳はこのぐらいにして、あらすじはだいたいこんなかんじ。

 ウガチとオオド、アーナンダと真砂、ヨンミとリュウセイという3つの時空が同時進行。登場人物は途中で出てくるリを含めて計7人。デモ隊の音が遠い太鼓のようにあらぬ方向からかすかに聞こえてくる。ウガチとオオドは警備員のバイトをしており、デモ隊が来たら止めるように上司から指示されているが、ぶっちゃけた話、超暇。オオドはウガチと雑談をして退屈を紛らわせようとするが、ウガチはオオドをウザがっている。時折、デモ隊や東京で起こった災害のことを気にするも、心配している様子はほとんど見受けられない。アーナンダと真砂は避難先でたまたま出会ったらしく、なんらかの宗教に関わっているらしいアーナンダは真砂に教えを授けている。真砂は妙なハイテンションをにじませながら自分が今現在置かれている状況に興奮を隠しきれないが、アーナンダはそんな真砂を冷めた目で見据えており、あくまで淡々とした態度を貫く。その2人のもとにリがやってきて、2日間安泰だったこの避難所も、3日目からダメになることを告げ、アーナンダと真砂は移動を余儀なくされる。ヨンミとリュウセイはひたすら歩いている。どうやらヨンミは災害で誰もいないであろうバイト先のカフェに律儀にも出勤しようとしているらしく、ヨンミの後輩のリュウセイはデモ隊を撮影したいということを一応の理由に、ヨンミのあとをついてまわっている。しばらくして話題はヨンミが結婚することになったことに移り、リュウセイはその会話の最中、なんの前触れもなくヨンミの彼氏となり、結婚することに乗り気ではないヨンミを励まそうと努めるものの、空回り。その後も、実を結ばない倦怠感を帯びた雑談がやる気なく交わされ、立ち止まることもありつつ、2人は、目的地のみえない歩みを基本的にやめようとはしない。ラスト直前、ヨンミとウガチ、リとリュウセイ、オオドとアーナンダと真砂が接触。デモ隊の音がわんわんと鳴り響く中、どこにもいけない、抜き差しならない、ところどころ噛み合わない会話は、やがて、全員をその場に釘づけにする。真砂が「(デモ隊が)来た?」と言い放ったほうへ、一斉に7人全員が顔を向けた瞬間、遮るようにして、暗転。

ジエン社公演から
【写真は、芸劇eyes番外編「20年安泰。」 ジエン社公演から。撮影=田中亜紀 提供
(主催)=東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団) 禁無断転載】

 とまあ、これだけだとなにがなにやらわからないうえ、わずか25分の短編に許されるであろうあらすじの文字数を大幅に超過してしまった感があるが、それはともかくとして、これだけの、ところどころ亀裂が走るほどに圧縮されたストーリーを、一度の観劇のみで十全に把握するのはなかなかに厳しく、というか、ほとんど無理で、観劇後に慌てて購入した戯曲を2回通読してようやく全体像がおぼろげに浮かび上がってくるくらいなのだが、というのも、信じられないことには、これだけのややこしい入り組んだ会話は、3か所で同時に勃発しているために、セリフは被りに被り、聞き取れるのはあくまで会話の端々であって、聞き漏らした個所は突発的に類推するより術がなく、7人全員を視野に収め続けるのもこれまた舞台配置上ほぼ不可能で、背後でぼそぼそなにやら喋っているなあ、程度の認識しかできないことも頻繁にあり、つまり、油断していればいるほど受け取れるものの貧しくなっていく、観客にかかる負担を極限まで大きくしたようなこの構成は、しかし、この芝居の醍醐味に直結もしている。

 粛々と場面を積み重ねていくうちに、あるいは場面をつぎはぎに結び付けてゆくうちに、取り返しのつかない軋みが生じ、やがて揺るがしがたい豊穣な貧しさが顔を覗かせる。それはたったいまこの場に生まれたものではなく、普段の生活に漂っているにも関わらず、私たちが意図的に無視しようと努めてきたものだ。それが無視できないほどの強度を備えた塊として編みあげられ、目の前で暴露されてしまう。「私たちの考えた移動のできなさ」の仕掛けた罠は強大で抜け道がない。どのような角度から手を突っ込んでみても、手ごたえをもって掴めるのは、出口のない切迫感だけ。

 これ以上言葉を尽くしても仕方がないと、お互いにわかっているのに、相手の存在を軽視したままで、怠惰に流れていく会話。

 どうして会話をやめないの?
 だって、わざわざ会話をやめるほうがめんどくさくない?

 そう問いかけてくるように僕には思える。気のせいかもしれない。

 ジエン社の芝居を特徴づける一連の不毛な会話は、私たちがいつのまにか不本意に慣れ親しんできたものだ。気がついたときには既に不快な狭い檻に閉じ込められていた私たちは、しかし、その檻の鍵の在りかを知らない。
 いや、知りたくもないのか。
 知ろうともしたくないのか。

 ジエン社の芝居を観終わったあとは、いつだって、致命的なまでにぐったりする。違う、これは実際に致命傷なのだ。
 でも、どこに傷を負ったのだろう。

 問答無用で急速に接近してくるデモ隊の音は、まるで、避けなければならないことへの警鐘のように、私たちの耳には感じられる。
 でも、どこに避難しろというのだろう。

 私たちはどこに移動することが許されますか?
 そもそも本当に移動したことが、いままで一度でも、ありましたか?

【筆者略歴】
 綾門優季(あやと・ゆうき)
 1991年生まれ、富山県出身。日本大学芸術学部演劇学科在学中。演劇ユニットCui?主宰。Cui? vol.1 「祈る速度」 7月29日(金)-8月3日(水)、新宿眼科画廊Oスペースにて。

【上演記録】
The end of companyジエン社「私たちの考えた移動のできなさ」(芸劇eyes番外編「20年安泰。」参加作品)
水天宮ピット大スタジオ(2011年6月24日-27日)

作・演出:作者本介
出演
 伊神忠聡、岡野康弘(Mrs.fictions)、片飛鳥、清水穂奈美、山本美緒、横山翔一、善積元
スタッフ
 音効:田中亮大
 演出助手:吉田麻美
 制作:大矢文
スペシャルサンクス:Mrs.fictions、青山小劇場


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