集団:歩行訓練「不変の価値」

◎500円の価値
  伊藤寧美

「不変の価値」公演チラシ
「不変の価値」公演チラシ。
デザイン=松見真之助(Morishwarks)

 会場に入ると、『資本論』の次の一節がスクリーンに表示されている。

「商品は、自分自身で市場に行くことができず、また自分自身で交換されることも出来ない。したがって、われわれはその番人を、すなわち、商品所有者を探さなければならない。商品は物であって、したがって人間に対して無抵抗である。もし商品が従順でないようなばあいには、人間は暴力を用いることができる。(『資本論(一)』マルクス・エンゲルス編/向坂逸郎訳、岩波文庫、1969. p. 152)」(註1)

 開演前の諸注意のアナウンスに続き、司会が短いデモンストレーションを行う。彼女が舞台上の俳優のもつグラスに500円硬貨を入れると、彼は少しポーズをとって見せるのだ。次いで司会は今回の公演費用の内訳を聞き取れないほどのスピードで読み上げ、その最後に、以上の決算の結果本公演の値段(すなわち入場料と経費の差額を観客数で割った金額)は500円である、ついては観客に500円を返金する、と述べる。作品は、ここから始まる。
 作品は、観客と舞台上のインタラクションに重点を置く前半部、俳優間のインタラクションを見せる後半部に分かれる。この媒介になるのがこの500円である。
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第22回こどもの館劇団演劇発表会「タロウくんのユメ」

◎タロウくんのユメ、こどもたちの夏
 伊藤寧美

 今年もまたこどもの館劇団の公演がやってきた。姫路駅から車で20分あまりの山奥に建つ兵庫県立の大型児童館、こどもの館へと足を運ぶ。初めてこの劇団に関わった10年前から、出演者として、観客として、夏には毎年のように姫路を訪れている。

 こどもの館劇団は、1991年に当時の兵庫県知事貝原俊民氏と、こどもの館の設計者である建築家安藤忠雄氏の提案により、劇団NOISEの如月小春氏の指導のもと開催された、夏休み期間中の中学生を対象とした演劇ワークショップから始まった。当初は一回きりの企画の予定が評判を呼んで毎年の開催となり、リピーターの参加者が中心となって継続的に運営されるよう「劇団」を名乗るようになる。また5年目からはOB、OGや近隣の小中学校の教員を初めとした大人たちも加わり、翌年には彼らを対象とした演劇指導者養成講座もワークショップと並行して開催されるようになった。2000年の如月氏逝去までは彼女が指導者の中心として、2001年以降は柏木陽氏とNPO法人演劇百貨店が指導を引き継ぎ、現在もこのワークショップは行われている。
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村川拓也「ツァイトゲーバー」

◎2つのレベルの関係性
 伊藤寧美

 作品は、穏やかに始まる。作・演出の村川拓也氏が舞台に上がり、客席に向かって呼びかける。「この作品には一人キャストが足りません。なので、出演に協力してくれる方はいませんか?」と。参加者は、女性であれば誰でもかまわない。手を上げてくれませんかと言われるものの、みなまごまごと様子を伺ってしまい、「このままじゃ上演が始められませんよ」と村川氏も観客も、互いに苦笑してしまう場面もあった。ようやく1人手が上がり、そのままその女性が舞台に上がることとなった。
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