村川拓也「ツァイトゲーバー」

◎2つのレベルの関係性
 伊藤寧美

 作品は、穏やかに始まる。作・演出の村川拓也氏が舞台に上がり、客席に向かって呼びかける。「この作品には一人キャストが足りません。なので、出演に協力してくれる方はいませんか?」と。参加者は、女性であれば誰でもかまわない。手を上げてくれませんかと言われるものの、みなまごまごと様子を伺ってしまい、「このままじゃ上演が始められませんよ」と村川氏も観客も、互いに苦笑してしまう場面もあった。ようやく1人手が上がり、そのままその女性が舞台に上がることとなった。

 この作品では、全身不随の身体障害者のフジイさんと彼の介護士が過ごす1日を描く。介護士役は現役でその職に就く男性が、障害者役は参加者がそれぞれ演じることになる。参加者に対してはいくつかのルールが示される。からだを楽にしておくこと、なるべく顔を上げうつむかないようにすること、目をつぶらないこと。
 こうした動きは重度の身体障害者が他人と意思疎通を行うのに最低限のものであり(目をつぶらないことに関しては、モデルとなった障害者がまばたきでイエス/ノーを示すという手段でコミュニケーションをとっていた、という情報が事前に知らされている)、これらのルールによって、参加者が舞台に関してまったくの素人であったとしてもこの役を請け負うことができる。
 そして最後に、参加者は自身の「願い事」を劇中に3回、自分の好きなタイミングで声に出すことが課せられる。ルールはこれだけだ。

「ツァイトゲーバー」公演の舞台写真1
【写真は、「ツァイトゲーバー」公演から 撮影=富田了平©
提供=F/T11 禁無断転載】

 介護される側のからだの動きに関する指示、具体的なコミュニケーション手段であるまばたきに関する指示、そして願望を発話させるという決め事によって、観客は舞台で演じられる障害者と介護士の間に、特別な関係性が生まれることを期待する。

 その期待は、冒頭から裏切られる。朝、介護士は「調子はどうですか」とフジイさんに話しかける。間を置かず、介護士は「あぁ、いいですか」と発する。その間、参加者の女性は何もしていない。実際の介護の現場ではこのスピードで会話が行われているのだろう。もちろん、フジイさんによる「まばたき」の返答が存在すると仮定した上でだ。いや、参加者だってそのとき生理的な「まばたき」はしていたかもしれない。でもそれは、朝の挨拶に対しての応答ではない。単に、彼女のまばたきがそう読み取られてしまっただけのことだ。

 このように、2人の間のコミュニケーションが、役柄の上では成立し、しかし演者の間ではまったく成立しないまま作品は進み、2つのレベルの関係性の差異が、一方の否定という形で露骨に提示される。異なるレベルのコミュニケーションが行われることの了承がないまま舞台に上げられてしまった参加者を観ている観客は、彼女が介護士役の男性に無視されている印象を受ける。そして、この感覚はそのまま、介護士が障害者を無視している、という役柄のレベルへとスライドされる。

 無視する/される関係が如実に表れるのが、参加者が「願い事」を声に出す場面だ。この言葉は全て無視される。しゃべるタイミングはすべて参加者にゆだねられており、作中でも言葉を発しやすい場面があえて作られているわけではない。

 私の観劇した回の女性は、最初の1回は彼女自身の心の用意ができたタイミングで願い事を言っていたようだった。その時、観客も彼女自身も、その言葉に対する介護士のなんらかのリアクションを予想していた。「願い事」というそれ自体大きな意味をもつ言葉であるから、なおのことだ。

 しかし、介護士はまるでなにも聞こえなかったかのように振舞う。あるいは、フジイさんが何かしらの声を上げたことはわかっていても、そこに特別な意味はないものとして、介護作業を続ける。まばたきでコミュニケーションをとるほどの重度の身体障害者の発話が、その意味が聞き取れないほど不明瞭なことは、多分にあり得るだろう。その発話が、身体不随のためにあげてしまった声なのか、自身の願望を発したものなのかを、介護士はいちいち気にしていない。それが、介護現場の現実なのだろうと思う。

 だが、参加者の女性の発話はとても明瞭だ。だからこそ、観客も彼女も、その言葉が伝わらないことがもどかしく、傷つく。次第に彼女は、自分が「願い事」を言いやすいタイミングではなく、相手が返答しやすいタイミングを計るようになる。そこには明らかに、自身の言葉を伝えたいという参加者の意思が見えた。しかし、その期待にも介護士は答えない。両者が意思疎通を見せることを期待する観客の思いは3回とも裏切られる。

 私の観劇した回では、参加者の女性は「願い事」を口に出す3回のチャンスを作中の前半で使い果たした。つまり、それ以降彼女には自ら介護士役の男性にコミュニケーションを働きかける手だてがなくなってしまう。この段階になって、彼女は積極的な意思表示を諦めたように私には映った。そして、介護士が主導する対話に対して従順になっていく。

「ツァイトゲーバー」公演の舞台写真2「ツァイトゲーバー」公演の舞台写真3
【写真は、「ツァイトゲーバー」公演から 撮影=富田了平©  提供=F/T11 禁無断転載】

 とはいえ、介護士が一方的に障害者との関係の主導権を握っているわけではない。フジイさんがイエス/ノー以外の意思を伝える際には、介護士が50音を行と段で1音ずつ言っていくのにまばたきで応答し、単語や短文を作る。この方法では、介護士が会話のきっかけを読み取り、リードする必要がある。だが、濁音や促音などを表せなかったり、必要最低限の音数での表現になるため、介護士のほうもフジイさんの言わんとすることを推測しなければならない場面が出てくる。
 この介護士の悩む時間によって、彼のほうにも積極的に意思疎通を試みる意図があることを伺わせ、コミュニケーションが相互になされていることが示されるのだ。

 もちろん、この方法を用いた対話の間も参加者の女性は動かない。冒頭からのやりとりと同様、彼女の演じるフジイさんが意思をもってまばたきしているものとして対話は進められる。だが、障害者と介護士が対話を生み出していく様を見て、観客は次第に演者の間のコミュニケーションが成り立っていなかった事実を忘れ、演劇上で、役柄の上で成立しているそれに慣れていく。そして、身体不随というハードルを越えて結ばれる二人の関係性に、なにか「深い」コミュニケーションの形を信じてしまいそうになるのだ。

 業務が終わり、介護士がフジイさんの家を出る時、フジイさんは「ありかとう」と介護士に伝える。この濁音の欠けた「ありがとう」は、彼らの1日が多少なりとも幸せに終わる予感を感じさせる。しかし、この言葉は本当にフジイさんの言葉なのだろうか。介護者が恣意的に読み取った可能性はあり得ないか。仮にそうだったとしても、フジイさんには反論の手立てがない。そしてなにより、参加者の女性にとってその言葉は単に「フジイさん役」として言わされているだけの言葉であるかもしれないのだ。
 観客は、このシーンに一瞬でもセンチメンタルな心の通じ合いを見いだしはしなかっただろうか。そんなものは、どこにもなかったかもしれないのに。

 作品が終わると、再び村川氏が舞台に上がり参加者の女性をねぎらった。彼女は特別なことをやっていたわけではない。ただルールにしたがって、からだを横たえていただけだ。けれど、たったそれだけのことなのに、観客である私の中に、もちろん村川氏の口からも、本当にお疲れ様でした、という言葉が出てくる。彼女は、自分の意に沿わない役割を突然割り振られ、演じさせられていた。共演者との信頼関係を築くチャンスも与えられずに。その彼女の孤独こそ、演じることの欺瞞を暴く。
 そして、舞台上の様々なコミュニケーションは、そこに表現されているから私たちが受け止めるのではなく、私たちがそれを信じたいと願うからそこに表れてしまうのだという、転倒した表象のかたちをあらわにする。

 障害者と介護士の平凡な1日の再現の中に組み込まれた、観客を1人舞台に上げるというシンプルな仕掛けは、障害者と健常者という役柄と、演劇的には素人の演者同士という2つのレベルの関係性の差異を際立たせる。
突然舞台に引き上げられた参加者を人形を扱うかのように無視し続ける残酷さをもって、村川氏は演劇的なコミュニケーションはどこに存在するのかという力強い問いを客席へと投げかけていた(11/7 ソワレ観劇)。

【筆者略歴】
伊藤寧美(いとう・なび)
 1988年生まれ。兵庫県出身。国際基督教大学教養学部人文科学科在籍。英文学専攻。2009-2010年の1年間、サセックス大学(英国)に留学し演劇と文学を学ぶ。劇評としては過去に「避難所からの疎外-『完全避難マニュアル』考」(『シアターアーツ』46号)、「16年目の贖罪-『ピラカタ・ノート』考-」(『act』20号)を執筆。

【上演記録】
村川拓也ツァイトゲーバー/Zeitgeber』(フェスティバル/トーキョー2011公募作品)
池袋・シアターグリーン BIG TREE THEATER(2011年11月4日-8日)

作:村川拓也/工藤修三
演出:村川拓也
出演:工藤修三
舞台監督:浜村修司
照明:葭田野 浩介
音響:小早川保隆
宣伝美術:三上亮
制作:外山りき
協力:枇杷系スタジオ
宣伝協力:有限会社ネビュラエクストラサポート
共催:フェスティバル/トーキョー
主催:村川拓也

一般 前売2,500円/当日2,800円 学生 前売2,000円/当日2,300円 リピーター割引(二回目の観劇以降)一律1,000円


「村川拓也「ツァイトゲーバー」」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: Sakiko NAKANO
  2. ピンバック: 薙野信喜
  3. ピンバック: kentaro Nakano
  4. ピンバック: sakiko.k

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