流山児★事務所公演「義賊☆鼠小僧次郎吉」

◎だれが日本を盗むのか ― 鼠小僧が消えた闇の今
  新野守広

「義賊☆鼠小僧次郎吉」公演チラシ
「義賊☆鼠小僧次郎吉」公演チラシ

 流山児★事務所が『義賊☆鼠小僧次郎吉』を上演した。安政の大地震からわずか1年2ヵ月ほど後の1857年、江戸市村座の正月興行で上演された河竹黙阿弥の『鼠小紋東君新形(ねずみこもんはるのしんがた)』が原作である。東日本大震災から2年が経ったこの時期に江戸末期の泥棒芝居が選ばれた背景には、崩壊する幕藩体制と現在の日本社会の混迷を重ねる意図があったと思う。
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フェスティバル/トーキョー「宮澤賢治/夢の島から」
(ロメオ・カステルッチ構成・演出「わたくしという現象」、飴屋法水構成・演出「じ め ん」)

◎君は旗を振ったか?
 新野守広

「宮澤賢治/夢の島から」公演チラシ 『宮澤賢治/夢の島から』は、2011年秋のフェスティバル/トーキョーのオープニング委嘱作品として9月16日と17日の二日間、東京都立夢の島公園内の多目的コロシアムで上演された。戦前の岩手県に生まれた詩人宮澤賢治の作品からの連想をもとに、前半部はイタリアの演出家ロメオ・カステルッチが、後半部は飴屋法水が構成・演出した。フェスティバルのホームページによれば、カステルッチはイタリア語に翻訳された多数の童話や詩の中から『春と修羅・序』を選んだという。そのためか前半部のタイトル『わたくしという現象』は賢治の詩集『春と修羅』第一集序の冒頭からとられている。同ホームページによると、『じ め ん』と題された後半部を演出した飴屋は、小さい頃から賢治の作品に親しんできたという。おそらく多くの観客は、東北と東京の隔たりや戦前と現在の時代の違い、地震、津波、原発事故、さらには生者と死者の割り切れない境界について舞台が何を語るのか、さまざまに思いをはせながら開場を待ったことと思う。
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「無防備映画都市-ルール地方三部作・第二部」(作・演出:ルネ・ポレシュ)

◎演劇が先か、映画が先か。
 新野守広

「無防備映画都市」公演チラシ
「無防備映画都市」公演チラシ

 ルネ・ポレシュの舞台をはじめて見たときの印象は、今でも鮮やかに思い出すことができる。それは2002年5月のベルリンだった。会場はプラーターという小学校の体育館ほどの大きさの古いホールで、旧東ドイツ時代はダンスホールとして使われており、そのせいか建物全体は東ドイツ時代を思わせ、かなり傷んでいた。このホールはフォルクスビューネ劇場の付属施設で、その前年にポレシュはホールのアート・ディレクターに就任したところだった。ここで『餌食としての都市』、『マイホーム・イン・ホテル』、『SEX』の三部作が上演された。どの舞台もまず俳優たちが激しい資本主義批判を機関銃のように喋り出す。俳優たちがひとしきり語ると、ダンスをまじえたショータイムになる(ポレシュはこれをクリップと呼んでいた)。議論とショータイムがセットになり、何回も繰り返される。作品によっては俳優たちが語る内容はとんでもない方向に脱線する。映画や小説、テレビ番組、現代思想を自在に引用しながら語って語って語り止まない俳優たちは、いつの間にかクスリ中毒のソープオペラの話に熱中し、それを聞いている観客全員が唖然としつつ笑いこけることもあった。さまざまなジャンルからの引用と社会批判が切れ目なく続く独特の台本は、ポレシュが稽古中に俳優の意見も取り入れながら作ったという。語りが滞らないようにプロンプターが俳優を助けていたことも印象に残った。ポレシュの舞台では裏方も観客の前に登場する。
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