木ノ下歌舞伎「義経千本桜」(京都×横浜プロジェクト2012)

◎古典と現代の往来-カブク! 若い演劇人たち-
  田中綾乃

「義経千本桜」公演チラシ
「義経千本桜」公演チラシ

 木ノ下歌舞伎は、京都造形大学出身の木ノ下裕一と杉原邦生を中心にして、歌舞伎の古典作品を、現代的視点で多角的に捉え直す試みを行っている若手の劇団である。歌舞伎作品の現代化というのは、いまに始まったことではなく、例えば、花組芝居や山の手事情社、さらに言えばコクーン歌舞伎も古典作品を現代の感覚で再構築する作業を行っている。
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Bunkamura20周年企画「桜姫」

◎新たな「桜姫」の世界を紡ぎ出す 現代版と歌舞伎版が共鳴して
 -コクーン歌舞伎15年目の挑戦-
 田中綾乃

歌舞伎版「桜姫」公演チラシ
【写真はBunkamura20周年企画「桜姫」公演チラシ 禁無断転載】

1994年、コクーン歌舞伎第一回公演『東海道四谷怪談』を初めて観た時の興奮は、いまだに忘れられない。バブル崩壊後、小劇場系の第三世代と言われた劇団が次々と休止、解散していく中で、90年代に入ると演劇界全体が方向性を見失い、停滞していたように思われる。そのような中で、現代劇の劇場であるシアターコクーンに登場したコクーン歌舞伎。本水を使い、抑制された身体の中にも溢れ出る歌舞伎役者たちのエネルギーを目にした時、そこには私がこれまで観てきた「歌舞伎」とは異なる歌舞伎があった。しかも、その当時、シアターコクーンの芸術監督であり、オンシアター自由劇場の演出家串田和美と歌舞伎役者たちとのコラボレーション(二回目以降は串田が演出を担当)である。千秋楽では、オンシアター自由劇場のメンバーがジャズを演奏する中、歌舞伎役者が立ち廻りを行った。観終わった後、興奮冷めやらぬ私は、Bunkamura内の公衆電話から俳優の友人に急いで電話をかけた。「コクーン歌舞伎、すごい舞台を観てしまった!! これから演劇が変わるよ!!!」と。

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ク・ナウカ「奥州安達原」

◎ &ltシニフィアン=音&gt としての言葉で表す物語の根源
田中綾乃(東京女子大非常勤講師)

「奥州安達原」公演チラシク・ナウカはやはり面白い!! 2007年2月27日、『奥州安達原』の千秋楽。ク・ナウカ俳優たちの漲る身体を前に、私は喝采の拍手を送りながら、そう確信していた。千秋楽ということもあって、4回のカーテンコール。舞台も客席も一体となって祝福の拍手に包まれた。
では一体、ク・ナウカのどこが面白いのか・・・? それは、月並みだが、ク・ナウカという集団が最後まで<演劇なるもの>の可能性を極限まで追求した、ということに尽きるだろう。

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ベケット「エンドゲーム」

◎「待つ」ことの希望と救済
田中綾乃

ベケット「エンドゲーム」公演チラシ今年は、ベケット生誕100年ということで、ベケットに関するシンポジウムや公演が数多くなされている。その中でも、9月末にシアタートラムで上演された『エンドゲーム』は、連日立ち見がでるほどの盛況であった。

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ク・ナウカ 「トリスタンとイゾルデ」

◎ク・ナウカの<様式美>にみられる根源的なもの
 田中綾乃(東京女子大学非常勤講師)

 「わたしは今もなおあの『トリスタン』と同じように危険な魅惑力をもち、同じように戦慄をさそって、しかも甘美な無限性をもつ作品を、見いだすことはできない-あらゆる芸術の中にそれを探したが見いだすことはできない」 ニーチェ『この人をみよ』(手塚富雄訳、岩波文庫 p60)より

 ク・ナウカの魅力とは、一体何なのだろう・・・? 2001年の『トリスタンとイゾルデ』(2001年10月12日-18日、青山円形劇場)を観終わったあと、すぐに浮かび上がった私の疑問はそれであった。と言うのも、長年、ク・ナウカに魅了されてきた私だったが、2001年の『トリスタンとイゾルデ』は、まったくもって魅力を感じることができなかったからである。それから5年経ち、今年の夏、再び『トリスタンとイゾルデ』が上野の杜に蘇った。以下、初演と再演を比較しながら、ク・ナウカの魅力を考えていきたい。

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