◎時代を超える翼をください
大泉尚子
客入れの音楽はフォークソング。「あれっ、これってPPMの『花はどこへ行った』かな?」なんて思いながら、60-70 年代の回顧ものかと想像を巡らす。
舞台は、広めでやや雑然とした部屋。中央にストーブ、上手に長めのテーブルとイス、下手の赤いソファには、熊のぬいぐるみがポツンと置かれ、その前にあるのはキーボードだろうか。後ろの壁には棚があり、ゴチャゴチャといろんなものが詰め込まれている。家具は、そこそこ簡素というか間に合わせ的な感じがあり、ここが住まいやお固い業種のオフィスなどではないことをうかがわせる。壁沿いにつけられた数段の階段の上にはドアがあるから、もしかしたら半地下なのかもしれない。と、ここまではとても具象的な装置なのだが、背面の大きな壁は全く趣が違う。幾何学的な模様が描かれた、かなりの面積の壁面が、そそり立つようにある。白っぽいグレーを基調とした色合いの、小洒落てアート風な雰囲気。
両者の対照に、幕開け前から、この芝居のリアリズム加減がいかほどのものなのかと、興味をそそられる道具立てである。
この劇の作・演出をしている鈴木アツトは、奇天烈な発想をするやつだ、と評者はつくづく思った。評者は、劇団印象の舞台を観るのは、これで3度目である。初めて観たのは、夢の中に本を食べる虫が登場する『枕闇』。次は、言葉を話し、二足歩行をするイルカが出てくる『青鬼』(再演)。そして、今回は、父親が子供を産む『父産』(再演)。劇団印象の特色は、現実のルールを無視してもかまわない小劇場演劇においては、ありふれたものである。しかし、鈴木アツトは、それだけでは終わらない。「演劇は世界を映す鏡である」とは、シェークスピアの言葉だと評者は記憶しているが、この劇は、現代日本社会のリアリティを見事に映し出していると感じ取った。そして、「父親とは何か」という父親自身にとっての永遠のテーマを、現代日本社会に生きる観客に問いかける作品だった。