パルコ・プロデュース「ヒッキー・ソトニデテミターノ」

◎このどうしようもない世界にあなたといるということ
  鈴木励滋

 他者と関わるということは、ほんとうは恐ろしいことである。

 自分の人間関係の質やら規模やらが変わる際、たとえば学校に上がる時とか誰かと付き合うことになった場合とか会社に入る折なんかに、人はうっすら恐ろしさを感じているはずなのだが、大抵はそんな考えに固執などせず、新たな「世界」でいかに支障なく人間関係をこなせるのかという方へと意識を向ける。
 そんな恐ろしさにいちいち囚われてしまうのは、どこかで躓いてしまったことのある者だけなのかもしれない。
 そうなのかもしれないが、誰だって他者との関わりの中で、この自分のことがほんとうは恐ろしくて堪らないのに、それを回避するために、自らの感覚を鈍磨させ思考停止して誤魔化しているだけなのではないかと、わたしはけっこう本気で思っている。
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のこされ劇場≡「枝光本町商店街」

◎油断を積みあげること、その開きかた
  斉島明

 スターフライヤーの飛行機は鯨を模してペイントされているのだと教えてくれたのは、のこされ劇場≡の女優である沖田みやこだった。スターフライヤー社は福岡空港・北九州空港を主な起点とする航空会社である。全体が黒く、腹のあたりだけが白く塗られた、まさにその飛行機で北九州空港に着いたのが、その日の朝9時頃だった。
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範宙遊泳「範宙遊泳展 幼女Xの人生で一番楽しい数時間」

◎文字と役者では、どちらが物語か
  さやわか

範宙遊泳展チラシ

 2月に新宿眼科画廊地下で行われた範宙遊泳の公演は「範宙遊泳展」と名付けられていた。この公演に意欲的な試みはいくつかあったが、ともかく観客にいわゆる演目として提示されていたのは作・演出の山本卓卓による一人芝居「楽しい時間」と、休憩を挟んで上演された二人芝居「幼女X」の二本であった。
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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第19回

◎「pink」(岡崎京子、マガジンハウス 1989年)
  鈴木アツト

「pink」表紙
「pink」表紙

 2012年に沢尻エリカ主演で「ヘルタースケルター」が話題になったのに、僕より下の世代には、岡崎京子を知らない人が多くて、ちょっぴり悲しい。若者の皆さ~ん、岡崎京子は、あの映画の原作者で、伝説の漫画家ですよ~。「ヘルタースケルター」の連載終了後に、交通事故に遭って、漫画家として再起不能になってしまった天才作家なんですよ~。もちろん、僕もリアルタイムで読んでいたわけではなく、演劇を本格的に始める2004年頃から、読み始めた後追い組ですが。というわけで、僕の「忘れられない一冊、伝えたい一冊」は、岡崎京子の「pink」です。
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「レヒニッツ(皆殺しの天使)」「光のない。」「光のないⅡ」
重力/Note「雲。家。」

◎「ことば」の彼方には何があったのか F/Tイェリネクのテクストによる4作品
 柴田隆子

 舞台芸術の祭典「フェスティバル/トーキョー」(以下F/T)2012年のテーマは「ことばの彼方へ」であった。ラインナップされた作品では、舞台芸術とことばとの関係を様々な形で問い直す試みがなされた。中でも目を引いたのが、オーストリアの作家エルフリーデ・イェリネクのテクストを用いた作品が、4作品も上演されたことである。
 イェリネクの「演劇テクスト」は、多くの引用からなり難解なことで知られる。登場人物や筋はなく、演出の力を介して初めて舞台に活かされるテクストなのである。
 F/T主催プログラムではヨッシ・ヴィーラー演出『レヒニッツ(皆殺しの天使)』、地点の三浦基演出『光のない。』、Port Bの高山明演出『光のないⅡ』、公募プログラムでは重力/Noteの鹿島将介演出『雲。家。』があり、4人の演出家のアプローチはそれぞれに個性的であった。ここでは、各作品がイェリネクのテクストとどのように向かい合ったかをみて行きながら、舞台芸術における「ことば」について、その役割を考えてみたいと思う。
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忘れられない一冊、伝えたい一冊 第18回

◎「公害原論」(宇井純、亜紀書房)
 詩森ろば

「公害原論」合本新装版の表紙
新装版 合本「公害原論」の表紙

 子供のころから趣味といえば読書くらいで、小説も戯曲もずいぶん読んでいるはずなのだが、「忘れられない一冊」と言われると劇作をする中で資料として読んだ本ばかりが思い浮かぶ。歴史に題材を求めたり社会的事象について取材したりすることが多いので、どうしても膨大な資料を読む必要が出てしまうのであるが、読んでいるあいだは、戯曲など早く書き上げて好きなものを読みたいと思っているのになぜなのだろうか。
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佐藤佐吉演劇祭2012

◎劇場の意欲と志が見える 佐藤佐吉演劇祭2012を振り返る(座談会)

 小林重幸(放送エンジニア)+齋藤理一郎(会社員)+都留由子(ワンダーランド)+大泉尚子(ワンダーランド)(発言順)

 王子小劇場が隔年で開催する佐藤佐吉演劇祭は9月で全10公演を終了しました。6月末からほぼ3ヵ月の長丁場。ワンダーランドは演劇祭の全公演をクロスレビューで取り上げました。劇評を書くセミナーで劇場提供の主な公演を取り上げたことはありますが、演劇祭の全演目を取り上げるのは初めての試みでした。その10公演をすべて見て、クロスレビューにも毎回欠かさず参加した4人に、今回の演劇祭の特徴や目立った公演、クロスレビューに参加した感想や意見などを話し合ってもらいました。進行役は、ワンダーランドの北嶋孝です。(編集部)

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忘れられない1冊、伝えたい1冊 第9回

◎「宇宙 -そのひろがりをしろう-」(加古里子著、福音館書店、1978)
  柴幸男

「宇宙 -そのひろがりをしろう-」表紙
「宇宙」表紙

 すべてを知りたい、と思うときがある。人間には、知りたいという願望、欲求、快感がある。知的好奇心、探究心、特に、僕は、それが満たされた瞬間に、幸福を感じる。だから、知らないことが沢山あるのだと実感したときは、とても寂しいような気持ちになる。沢山の本、映画、音楽を、目の前にしたとき、一生をかけてもそれらすべてを享受ことはできないと瞬時に悟った、あの絶望。いや、さらに言えば、例えば、家の、玄関のドアを開けたとき、目の前に広がる光景の、すべて。例えば、名前、歴史、役割、仕組み、本当に理解しているのだろうかと、考えるときがある。そして、クラクラする。当たり前だが、そんなことは不可能だ。きっと日常生活は送れなくなる。そして、それが不可能だと理解したとき、自分もまた、その無数の、理解しえない、物質の一粒でしかない、ことを体感する。そしてまた、無力感に襲われる。それでも、いや、だからこそ、その一粒が、どこまで、世界を想像しえるのか、挑戦したくなるのかもしれない。
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かもめマシーン「パブリックイメージリミテッド」

◎ポリフォニーの意味
 志賀信夫

かもめマシーン「パブリックイメージリミテッド」公演チラシ
公演チラシ

他人が台詞を語る

 登場人物に対して、他の人がその台詞を語る。これが、近年、萩原雄太がこだわっている手法。今回の舞台、物語としての登場人物は男女それぞれ1人。それを男3人、女2人が演じる。というか、その台詞を喋る。

 冒頭、立ち並んだ5人が一言ずつ、作品のタイトル「パブリックイメージリミテッド」と発声するところから、舞台が始まる。そして中心に立った1人の女性の顔や首周辺を、もう1人の女性が整えるように押さえると、彼女の台詞を他の人たちが交互に、時には重なるようにして、語り出す。
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地点「コリオレイナス」

◎Chiten to Globe-地点『コリオレイナス』@グローブ座観劇レポート-
 關智子

 ロンドンのグローブ座が地点を招聘した。
 シェイクスピアのグローブ座、京都を中心に活動している地点、その両方を知っている人がこのニュースを聞けば、「えっ」と思うに違いない。ほとんど想定できなかった組み合わせである。地点がシェイクスピア作品をやる、というだけの話ではない。それでも少し驚くくらいなのに、ロンドン、それもグローブ座という特殊な環境で地点がシェイクスピア作品をやるのだ。期待と当惑が入り混じった複雑な感情を覚えながら、チケットを購入した。
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