リア・ロドリゲス「POROROCA」

◎混沌と獣性を振付ける-奔流する肉体の群れ
 高嶋慈

 今年第3回目を迎えるKYOTO EXPERIMENTは、昨年度より、ブラジルのダンス・フェスティバルPanoramaと提携関係を結んでいる。今年は提携プログラムの1つとして、Panoramaの創設者であるリア・ロドリゲスが振付けしたダンス作品『POROROCA(ポロロッカ)』が上演された。「POROROCA」とは、大潮によって大量の海水がアマゾン川に逆流する自然現象を指す言葉である。リア・ロドリゲスは、自身のカンパニーの拠点をリオデジャネイロの貧民街の1つであるマレ地区に置き、ワークショップなどの活動を通じてコミュニティと関わりを持ちながら創作活動を行っている。本作『POROROCA』では、近代的な個としての身体の輪郭が集団の中に溶け出し、混沌と生(性)のエネルギーに充満した場を創出させることで、ダンスは社会のリアリティに対してどのように対話できるのか、という問いかけがなされていた。その真摯な問いの実践としてのダンスは、ブラジルという地域性、歴史的・文化的・自然的特性だけに限定されるのではなく、普遍性を持って見る者の思考と身体に迫ってくる強度を備えていた。
“リア・ロドリゲス「POROROCA」” の続きを読む


努力クラブ「旅行者感覚の欠落」(クロスレビュー挑戦編)

 努力クラブは2011年3月、佛教大学、立命館大学の演劇団体にいた学生らで結成。「公演のタイトルをよく誉められ」「不条理だといわれる」けれど、自分たちは「ナンセンスコメディだという自覚がある」そうです。また「人が持っているネガティブな部分を陽の目に晒してそれを面白がりたい。魂を震わしたい。それからあえてチープ感を忘れないようにしている」と劇団HPで述べています。今回が5回目の公演。どんな舞台になったのでしょうか。レビューは★印と400字コメント、末尾の括弧内は観劇日時です。掲載は到着順です。(編集部)
* クロスレビュー挑戦編はこの回で終了します。

“努力クラブ「旅行者感覚の欠落」(クロスレビュー挑戦編)” の続きを読む


劇作家協会新人戯曲賞は原田ゆう「見上げる魚と目が合うか?」

劇作家協会新人戯曲賞チラシ

 第18回劇作家協会新人戯曲賞(日本劇作家協会主催)の公開審査会が12月9日(日)、東京都杉並区の座・高円寺で開かれ、受賞作は原田ゆうさん(イデビアン・クルー/ダンサー)の『見上げる魚と目が合うか?』に決まった。正賞は時計、副賞賞金50万円。

 『見上げる魚と目が合うか?』は、デザイン事務所の面接を受けに来た二人の女性が、面接途中に慌てて出て行った社員を待つ間に、窓から見えるビルの屋上に人影を発見することから始まる。飛び降りようとしているのではないかと思われる状況だが、二人はなかなか行動を起こさない。「これこそ『今の人』が描かれている」(渡辺えり)、「飛び降りようとしている人影は、実はいないのかもしれない。本当にはいなくてもいい、そこがうまい」(坂手洋二)、「別役的不条理が日常化している『今』を描いている」(川村毅)などと評価された。
“劇作家協会新人戯曲賞は原田ゆう「見上げる魚と目が合うか?」” の続きを読む


柿喰う客「無差別」

◎劇評を書くセミナー 東京芸術劇場コース 第2回 報告と課題劇評

「柿喰う客」の1年半ぶりとなる新作公演「無差別」が9月から10月にかけて東京、福岡、大阪で開かれました。この東京公演を取り上げた劇評セミナー2012東京芸術劇場コース第2回が10月5日(金)、東京芸術劇場ミーティングルームで開かれました。提出された課題劇評10本を取り上げ、講師の林あまりさんのコメントを挟みつつ、各執筆者の話を絡めて熱い話し合いが展開されました。以下、受講者の劇評10本と、講師の林あまりさんの寄稿を掲載します。(編集部)
続きを読む


チョイ・カファイ「“Notion: Dance Fiction” and “Soft Machine”」

◎フィクションとしての「憑依」から浮かび上がる豊穣さ
  高嶋慈

 『Notion: Dance Fiction(ノーション:ダンス・フィクション)』(以下『N:DF』と略記)は、土方巽やピナ・バウシュといったダンス史上に名を残すダンサーや振付家の動きを、映像を元にデジタル化し、筋肉への電気刺激を通して生身のダンサーの身体に「移植」することで、その「再現」を行うというパフォーマンス作品である。コンセプトと演出、マルチメディアデザインを手がけるのは、シンガポール人のメディア・アーティスト、チョイ・カファイ。今年第3回目を迎えるKYOTO EXPERIMENTでの上演は、ダンサーの寺田みさこの身体で「実演」する第一部の『N:DF』と、contact Gonzoの塚原悠也とカファイの対話、及びその技法を使っての実践/実戦からなる第二部の『Soft Machine(ソフト・マシーン)』という、二部構成から成っていた。本評では、第一部の『N:DF』を中心に、カファイのアプローチが仕掛ける様々な問い―テクノロジー、身体、記憶、オリジナルとコピー、歴史の受容、そして「ダンス」とは何かという根源的な問い―について考えてみたい。
“チョイ・カファイ「“Notion: Dance Fiction” and “Soft Machine”」” の続きを読む