【レクチャー三昧】2014年9月

日中の残暑は厳しいですが日が暮れれば虫の音が聞こえてきます。大学は夏休み中で9月のイヴェント告知は出揃っていないようです。9月中に申込のイヴェントも掲載致しました。
(高橋楓)

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Bunkamura「殺風景」

◎「わたしたち」を構成しえない狂った家族の空間は、「わたしたち」の空間と位相同型か?
 高橋 英之

 実話がある。

 2004年9月、福岡県大牟田市で暴力団幹部の男とその妻、長男、次男の4人が共謀して、家族同士で親交のあった女性とその息子2人および息子の友人の計4人を殺害し、金品等を強奪し、死体を遺棄した事件。福岡地裁久留米支部は、求刑通り4人全員に死刑を判決。福岡高等裁判所は、判決文に「非情かつ残酷」「凶悪」「極端な粗暴性」「冷酷」「深刻な反社会性」といった言葉を並べ、被告人の控訴を退けた。そして、2011年10月、最高裁判所第1小法廷は、被告である家族4人に死刑の確定を告げている[注1]。

 この事件の犯人に、同情や憐憫の感情が沸き起こる人は少ないだろう。むしろこれは、わたしたちの生きている空間とは全くの別空間の出来事だとしか思えない[注2]。そんなどうしようもない事件を、作者・赤堀雅秋[注3]は『殺風景』という作品として舞台に上げてきた。いったいどういう意図をもって?観客に何を届けようとして?
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山口情報芸術センター[YCAM]「とくいの銀行 山口」

◎わたしたちの劇を押し広げるかすかな野蛮さと、生まれたての公共という劇中劇〜深澤孝史『とくいの銀行 山口』を演劇から読み直す
 谷竜一

【「とくいの銀行 山口」ななつぼし商店街MAP】
【「とくいの銀行 山口」ななつぼし商店街MAP】

 昨年度、10周年を迎えた山口情報芸術センター(以下YCAM)では『山口情報芸術センター[YCAM]10周年記念祭』として多様な企画が実施された。中でも独特の動きを見せていたのが、初の公募展として行われた『LIFE by MEDIA』の作品群である。本展では『PUBROBE』(西尾美也)、『スポーツタイムマシン』(犬飼博士+安藤僚子)、『とくいの銀行 山口』(深澤孝史)の3件が採択され、2013年7月6日から9月1日、11月1日から12月1日の二期に渡って山口市中心商店街において展開された。
 『LIFE By MEDIA』は「メディアによるこれからの生き方/暮らし方の提案」を募集テーマとしている。募集要項に「メディアといっても、メディアテクノロジーに限らず、賑わいやコミュニケーションを生み出すことをここでは指しています(*1)」とあるように、特にこれまで一般に理解されているメディアアートをより拡張する試みが注視され、採択されたと言ってよいだろう。
 さて、本稿において筆者は、深澤孝史『とくいの銀行 山口』を取り上げ、その劇評を書く。しかしそもそもこの作品はいわゆる演劇作品ではなく、強いて分類するならばリレーショナルアートに属する作品である。こうしたあらかじめ劇ではないものの「劇評」を書くことは可能だろうか? もし書けるとしたら、それはどのように書かれうるのだろうか?
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【レクチャー三昧】2014年7月

今月も魅力的な催しが沢山あるのですけど、どうにも開始時間が早くて「一般」の勤め人には間に合いそうにないのが無念です。大学の授業に組み込まれているのを公開して下すってる場合などは是非もないのですが。
(高橋楓)
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エレベーター・リペア・サーヴィス「アーギュエンド」、ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ「ライフ・アンド・タイムス」ほか

◎「世界演劇」の終わり
 高橋宏幸

 「日本」的な場所に生息する演劇を批判するために、「世界」という言葉を対置することは、はたして批判として有効なのだろうか。確かに、2000年代あたりに美術批評から生まれた日本の「悪い場所」という言葉と、それを批判する言説は、わかりやすさもあいまって、演劇へも転用された。

 演劇の「悪い場所」とは、概して若いある一世代の共通的な感覚のもとで作られた、日本の中でしか流通しないとされた演劇作品を指していたのだろう。実際、共感を求める情緒共同体としての若者の演劇の形成は、日本の演劇、とくに「小劇場」という本来の理念が過ぎ去った後の「小劇場演劇」の特徴とされた。常に上書き的に更新される、狭い範囲の一世代の演じ手と観客のみで成り立つ演劇。それを批判する手段として、より大きな枠組みとして「世界」という言葉を使うことは、ある時点までは、批判のための有効なツールだっただろう。「世界」で、この作品は受け入れられるのか、と。
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ナショナル・シアター・ライヴ「フランケンシュタイン(Aバージョン)

◎もたれあう父子に見る人類と科学の姿
辻 佐保子

 昨今メトロポリタン・オペラや劇団☆新感線など舞台作品の映画館での上映が頻繁に行われ、ついに英国ナショナル・シアター (以下、NTと略記) 作品の上映も2014年からTOHOシネマズにて開催されることとなった(註1)。ナショナル・シアター・ライヴ日本上映の記念すべき第一作は、2011年にオリヴィエ劇場で上演された『フランケンシュタイン』 (Frankenstein) である(註2)。メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』(Frankenstein: or the Modern Prometheus, 1818) を下敷きとしているNT版『フランケンシュタイン』はどのような作品であるのか。その特色を端的に挙げると以下の二点となる。
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【レクチャー三昧】2014年4月

毎度の言い訳ですが、各大学の4月開催イヴェントについての告知はまだ出揃っていないようです。一方で早々と、通年の公開講座を一覧で示してくれている大学もあります。なんて親切なのかしらと花粉症も吹き飛ぶ思いです。(高橋楓) “【レクチャー三昧】2014年4月” の続きを読む

【レクチャー三昧】2014年5月

 5月の催しとともに、早稲田大学の通称「翻訳プロジェクト」をご紹介致します。研究者以外ではご存じないかたが多いと思いますが、「日本国外で刊行された舞台芸術関連文献を翻訳し、ウェブ上で無償公開することを目的としている」プロジェクトです。重要ながら今まで邦訳されていなかった多くの文献が、以下のリンクで読めます。わたしもここでイプセンの偉大さを学びました。
http://kyodo.enpaku.waseda.ac.jp/trans/modules/xoonips/listitem.php?index_id=3
(高橋楓)
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