◎何もないところから生まれるカラフルな世界
野宮安寿(劇作家)
ジャンルとしては子ども向け芝居なんだろう。子ども券があるし。 でも小さな頃から「ポンキッキをつくる人になりたい」と思い続け、しかし「テレビ局は体力勝負」という現実の声に負けてフジテレビを受けず、そのくせ30を過ぎた今も子ども本を読みまくり、最近は翻訳が待ちきれず洋児童書までがつがつ読んでいる私にとって子ども向けだろうが老人向けだろうが関係ない。カナメは面白いか、どうかなのだ。
小劇場レビューマガジン
◎何もないところから生まれるカラフルな世界
野宮安寿(劇作家)
ジャンルとしては子ども向け芝居なんだろう。子ども券があるし。 でも小さな頃から「ポンキッキをつくる人になりたい」と思い続け、しかし「テレビ局は体力勝負」という現実の声に負けてフジテレビを受けず、そのくせ30を過ぎた今も子ども本を読みまくり、最近は翻訳が待ちきれず洋児童書までがつがつ読んでいる私にとって子ども向けだろうが老人向けだろうが関係ない。カナメは面白いか、どうかなのだ。
◎「可視的であること」への信仰を相対化
野村政之(劇団・劇場制作)
サイモン・マクバーニー演出『春琴』は、谷崎潤一郎の『春琴抄』についての解釈と考察についての文章の朗読をNHKラジオのスタジオで収録するという舞台設定のもとで、さまざまな趣向をおり交ぜながら、朗読にのせて各場面が演じられた。以下3章にわたって、なんだったのか、考えてみたいと思う。
◎シリアスと愉快な笑いが快調に
西村博子(アリスフェスティバル・プロデューサー)
楽屋風景か、青年がひとり客入り前から黙々と化粧をし青い着ぐるみに着替え、被り物をし、どらえもんになっていった。と、チャーミングな赤鬼-女装なのだが、それがとってもよく似合う-が出てきて、あなたはどんな罪を犯してきた? どこから来たの? そう静岡、でも可哀想、あなたはもうこの地獄から帰れないわよと脅しをかけるなど、いかにも大阪らしい〝客いじり〟となり、そして見る間にキャラクターたちの総出演、極楽ランドのショー。客席から引きずり?出されたおじさんもいっしょになんまいだ、なんまいだのダンスとなり、蜘蛛の糸の這い上がり争いとなっていく……ラクに見た舞台は、シリアスと愉快な笑いが入り混じりながら快調に始まっていった。
◎使いも来ない「ゴドー待ち」 チェルノブイリ近郊の村で
西村博子(アリスフェスティバル・プロデューサー)
見たかった回が満席とのことでその次の回まで待った。出てきた二人の友だちにどうだった?と聞いたら、とても面白かったというのと、ウ~ン長すぎ、詰めすぎみたいというのと。
私はさてどっちだろう? 友だちの鑑賞眼チェック(失礼!)も含めて期待は倍加。そしてその結果は-文句なく前者だった。
◎世界のノイズ化とアンコントロール いまのリアルを舞台に上げる
中西理(演劇コラムニスト)
MIKUNI YANAIHARA PROJECT*1「青ノ鳥」*2(吉祥寺シアター=9月24日マチネ)を観劇した。インターメディア・パフォーマンス集団、ニブロールを率いる振付家・ダンサーである矢内原美邦はそれ以外にも最近はoff nibrollなど別働隊的な公演を行うことでその活動範囲を広げている。そのうち「演劇を上演しよう」というプロジェクトがMIKUNI YANAIHARA PROJECT(ミクニヤナイハラプロジェクト)である。
◎消化されるのを拒む他者性という困難
中村昇司(編集者)
観劇を終えて最初の感慨は、めんどうな作品を観てしまった、というものであった。
それはこの作品が、容易に理解・消化されることを拒む異物として、記憶にどっかり居座り続けるであろうものだからだ。人を、考えること、という不安定な世界へ誘うもの、そんな記憶として未消化のまま生きる、そういう作品だろう。
◎「うそをつく人」たちが織りなすドラマツルギー
中西理(演劇コラムニスト)
渡辺源四郎商店「小泊の長い夏」(作演出・畑澤聖悟)を観劇した。近未来の青森。描かれるのは日本海に面した津軽半島・小泊にある小さな神社、大照神社(おおてるじんじゃ)である。ここには美しい夕日を信仰し、代々続く秘術を人知れず守り通してきた老宮司・昭一(宮越昭司)が暮らしている。そして、ここに以前飛び出して東京に行っていた宮司の息子(ささきまこと)が29年ぶりにその家族たちを連れて帰ってきた、などのあらすじがチラシなどには書かれていたが、物語はそれほど単純ではない。
◎思い切ってぶっ飛んだ、演劇常識に挑戦するみごとな爆笑劇
西村博子(アリスフェスティバル・プロデューサー)
芝居は水ものとはよく聞くことばだが、ほんとにその通りだなあと改めて思った。鈴木厚人作・演出の「父産」を初め見た日、随所で客席に笑いが起こり、終わると熱い拍手が長く続いた。私もいっしょうけんめい拍手。口笛うまく吹けなくてカーテンコールに呼び出せなかったのが残念なほどだった。が、ラクは、周りから時々クスッと忍び笑いが聞こえるぐらい。同じように好感持った大きな拍手で終わったが、思いなしか、笑いを含んだというより、メッセージ受け取りましたといった感じの、マジメ拍手だった。ラクの方がセリフ噛む人もほとんどなく、舞台は遥かに分かりやすくなっていたのに、である。ラクに向ってどんどん盛り上がっていく……はずなのに!? ほんの一呼吸ずつのテンポの遅れか? それとも客席にまでビンビン伝わってきた、あれはあまりに真面目な俳優たちの緊張感のせいだったろうか? その点だけ惜しかった。
◎忘れていた記憶が蘇ってくる面白さ
西村博子(アリスフェスティバル・プロデューサー)
「ひとりシェークスピアを見てみませんか?」-Kさんからお誘いをいただいたとき、エエッ?? そんなことできるのオ?と驚いた。大体がシェークスピアはもう沢山!の食傷気味。よっぽどでないと動かないぞと思ってる私のこと。おまけに行き先は北千住とか。JRの路線地図を眺めたら、うちから軽く1時間半はかかりそう。もし誘ってくれた人がKさんでなければ、そしてもしも出しものがシェークスピアのいわば処女作、日本じゃ見たことない「ヘンリー六世(第1部)」でなかったら、決して行かなかったにちがいない。
◎イメージ重視で破壊衝動をオーバードライブ 「妄想劇」の先駆
中西理(演劇コラムニスト)
クロムモリブデン(以下クロムと省略)の新作「マトリョーシカ地獄」(作演出・青木秀樹)をin→dependent theatre 2ndで見た。「直接Kiss」(2003年)、「なかよしShow」(2004年)、「ボーグを脱げ」(2005年)、「ボウリング犬エクレアアイスコーヒー」(同)。ここ数年間、年間ベスト級の傑作を連発し「関西でもっとも注目すべき集団」といい続けてきたクロムだが、一昨年秋にその拠点を東京に移した。