楠美津香ひとりシェークスピア「超訳 ヘンリー六世 Part1」

◎忘れていた記憶が蘇ってくる面白さ
西村博子(アリスフェスティバル・プロデューサー)

「超訳 ヘンリー六世」公演「ひとりシェークスピアを見てみませんか?」-Kさんからお誘いをいただいたとき、エエッ?? そんなことできるのオ?と驚いた。大体がシェークスピアはもう沢山!の食傷気味。よっぽどでないと動かないぞと思ってる私のこと。おまけに行き先は北千住とか。JRの路線地図を眺めたら、うちから軽く1時間半はかかりそう。もし誘ってくれた人がKさんでなければ、そしてもしも出しものがシェークスピアのいわば処女作、日本じゃ見たことない「ヘンリー六世(第1部)」でなかったら、決して行かなかったにちがいない。

けれども、結果は!行ってよかった、であった。うしろに幕1枚、机と黒板があるだけの簡単至極の舞台へ、無雑作に出てきた楠美津香は、まず黒板にむかって、6歳で王位についたというヘンリー六世の父子関係や、王室内の誰が幼王の摂政となるかの権力争いや、オルレアンの少女ジャンヌダルク率いるフランス軍とイギリス軍の戦いや、引き続くイギリス国内を二分した薔薇戦争やの、それぞれややこしい人名と複雑な人間関係を図解しながら面白く解説。見てたって覚えられるわけではないのだが、しかし勢力分野や対立関係など時代の趨勢はほぼ呑み込めた、ような気がしてきた。それから彼女は、一つは演芸、もう一つは演劇と、宙空に大きな円を二つ描き、私はちょうどこの、二つの円が重なるところを演ります、といった意味のことを前置きすると、あとは一瀉千里、「新劇」だったら4~5時間はゆうにかかろうというアノ長尺、アノ膨大な登場人物たちによる歴史の流れを、あれよあれよと超スピードで語っていったのだった。初めの解説、合間にちょいちょい入る注釈、エンディングの、戦いを厭い平和を願う祈りを秘めているように聞こえたギターの弾き語りも含めて、2時間そこそこであったろうか。

「超訳 ヘンリー六世」公演1
「超訳 ヘンリー六世」公演2
「超訳 ヘンリー六世」公演4

「超訳 ヘンリー六世」公演3
【写真は「超訳 ヘンリー六世 Part1」公演から。労音東部センター。 禁無断転載】

百年戦争から薔薇戦争にかけて英仏の領土・王位がどうあってどう変化したか、そこまで分かったとは言いかねるが、あいつぐ抗争、戦乱と、そのなかで、ただ王位に居続けるために何でも人の言いなりになっていた少年ヘンリーが、成人し、すでに決まっていた結婚相手を、またまた、王位を狙う封建諸侯のために取り替えられるまで。忘れていた記憶がみるみる蘇ってくる面白さを味わった。

シェークスピアといえば、出雲の阿国が賀茂の河原でかぶき踊りを踊った10年ほど前にロンドンでデビューした役者兼劇作家。その遥か後に生まれてきた日本のかぶき、そのお家ものの多くが、忠義だの義理だのを躍起になって庶民に美としてすりこんでいるのと比べて、これはまあ、なんと人間、その欲望をリアルに見ていることか! 4大悲劇や「真夏の夜の夢」ばかりでなく、シェークスピアのいわゆる“歴史”劇を、それを通して彼の人間と歴史を見る目を、改めて考えてみなくちゃという気さえ起こさせてくれたほどだった。

楠美津香の、扇子や縫いぐるみなどちょっとした持ち道具やそれぞれに誇張した身のこなし、声の出し方で一人ひとりを語り分けていくやり方は、なるほど言うとおり、寄席の芸を思わせるものだった。扇子の使い方から言うと落語に近く講談ではない。が、中味は噺でなく講釈に近かった。

欲を言えば、大きく言うと二度、種類の違う戦闘場面が出てきたのだが、どっちも同じに見えて、ちょっと退屈したこと。これがたとえば、一つは軍記ものの講釈師のように、もう一つは身体から変わる演劇のように、もしも演じ分けたとしたらどうだったろう。その他まだまだこれからいろんな実験ができるのでは? ひょっとしたら全く新しい一つのジャンルが生まれるかも?……見ながら想像は想像を呼んでいった。申し分なく素敵な容姿にあるときは少年に見え、あるときは老人、またあるときは類まれな美人に見える楠美津香の魅力も、まだまだこんなもんじゃないはず。さらに十全に舞台に輝くときが待ち望まれる。(2007.05.12所見)
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第45号、2007年6月07日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
西村博子(にしむら・ひろこ)
NPO ARC(同時代演劇の研究と創造を結ぶアクティビティ)理事長。小劇場タイニイアリス代表取締役兼アリスフェスティバル・プロデューサー。大阪南船場にアリス零番舘-ISTもオープン(2004.10)。日本近代演劇史研究会(日本演劇学会分科)代表。早稲田大学文学博士。著書は『実存への旅立ち-三好十郎のドラマトゥルギー』、『蚕娘の繊絲-日本近代劇のドラマトゥルギー』I, II など-とは、実は世を忍ぶ仮の姿。その実体は自称「美少年探検隊長」。
・wonderland掲載劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/na/nishimura-hiroko/

【上演記録】
楠美津香ひとりシェークスピアvol.20「超訳 ヘンリー六世 Part1」
労音東部センター(足立区日ノ出町)(2007年5月12日)

・楠美津香webサイト「スーパー美津香-Hi


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