机上風景「幻戯」

◎二人の娼婦が示唆する女性の在り方
葛西李奈(フリーライター)

机上風景「幻戯」公演チラシカーテンコールで頭を下げた黒服の二人を見て、永久に抜け出せない暗闇に迷い込んだような気持ちになった。物語の中盤で静かに提示された謎を追っているうちに、果てしない孤独に近づいている自分に気づいた。それは公演内の台詞を借りれば、湿り気を帯びた気配に追われるように、私の心身を侵食するものだった。終演後、すぐには舞台上で起きた事象に意味付けをすることができず、私は劇場を出てから、悶々としつつ思考をめぐらせた。

HPからの情報を抜粋すると、机上風景は1999年に「リアルな演技、シリアスなエンタテインメント」を追及するために立ち上げた劇団とのこと。公演ごとに、主宰である古川大輔氏と座付作家である高木登氏のどちらかが脚本を担当しているそうだ。第14回公演「幻戯」は高木氏が脚本と、初めての演出を兼ねた。Web上にアップされている台本にも目を通していたし、事前のインタビューで後味が悪い作品だと聞いていたので覚悟と期待をしていったのだが、単純にそれだけでは済まされない靄が胸の内に残ることとなった。

不協和音とも聞き取れる客入れの音楽に誘われるように照明が落ち、物語は始まる。明かりのない空間に女の語りが入る。「なぜ私が残ったのだろう」という言葉がきこえてくる。誰なのかは分からない。舞台は遊郭の離れ。下手に緑なき木がそびえ立っている。使用人である笠松が木の前に座り込んでいる。彼を呼びにきた娼婦、日登美に「なぜもっと悲しまないのか」と土下座をさせる笠松。どうやら玖美子という娼婦が死んだらしい。そして、とある男が彼女の死に関係している背景が伝えられる。過去を追うようにして、舞台は展開していく。

机上風景「幻戯」の舞台写真
【写真は、机上風景第14回公演「幻戯」から。提供=机上風景 禁無断転載】

その男とは、三十歳を過ぎても女性を知らない自分自身をもとにした小説を書き、賞を得た板倉だ。彼は女性を経験させ、新しい小説を書かせようと目論んでいる編集者、黒崎に連れられて遊郭を訪れることとなる。板倉は黒崎に薦められた玖美子と一晩を共にする機会を設けられるが、ひたすらに彼女の誘惑を拒み続ける。割り切れば良いと促す玖美子の誘いに板倉は決して乗ろうとしない。しかし玖美子の気に入らない口のきけぬ娼婦である布見繪とは心を通わせたらしく、店外で一緒に暮らしはじめる。そして後日、板倉は玖美子に「布見繪が精神を満たしてくれる。体はあなたで満たせば良いと気づいた」と申し出、関係を迫るのである。布見繪とは心で結ばれているからセックスはしないという。その際に、割り切れば良いと言っていた玖美子が初めて動揺を見せ、体を許すことに抵抗するのだ。

ここから玖美子の矛盾とも取れる感情の揺れ動きと共に、台本の仕掛けが提示される。暗転の中、初体験を終えた板倉の前に横たわっている女が玖美子から布見繪に入れ替わっているのだ。後半は口のきけない布見繪のまま、彼女は周囲の登場人物から玖美子として扱われ、物語が進んでいく。前半から玖美子と布見繪に深い関係性があることをほのめかしてきた日登美の存在に注目するのだが、これといった結論は語られないまま、布見繪は玖美子として自ら命を絶つ。板倉は布見繪と暮らしながらも、当初は見向きもしなかった娼婦、佐奈子ともお客として関係を持ち自らの性欲を解消する。二人の戯れを目の当たりにする中、冒頭で流れた言葉が再びきこえてくるのだ。「なぜ私が残ったのだろう」。そしてカーテンコールでは、玖美子と布見繪のみが同じ服を着て観客の前に現れるのである。

劇場からの帰り道で頭を整理しながら、私は布見繪は玖美子の内面から生まれ出た生き霊であると見た。職業柄、直視すると辛い異性の心を求める部分が具現化して現れたのではないだろうか。布見繪が口もきけず、玖美子に苦手意識を持ち合わせていたことも、玖美子が自分自身の存在を受け入れることができなかったからではないかと思う。娼婦たちが布見繪をよく知らないということも、上記のように考えた理由である。玖美子は布見繪という存在を無意識に現すことによって体と精神のバランスを保っていた。それを板倉に壊され、玖美子は自らの生き霊に支配され命を落とすことになった。だから「なぜ私が残ったのだろう」と布見繪はつぶやいているのではないだろうか。「お姉さんがいなくなった責任はあなたにもあると思うんで、このまま遊んでいってください」。佐奈子と戯れる板倉に向かって日登美が放つこの台詞は、肉体に限らず一人の女性の内面世界を滅ぼし、いまだ生き霊と共に暮らす彼に対する精一杯の皮肉のように思えた。

観た人の数だけ解釈があれば良いという高木氏の言葉通り、答えが差し出されていないためにいかようにも意味付けができる作品だろう。もしかすると、観客の内面が露骨に映し出されてくる舞台なのかもしれない。どう眺めるか、その観点は自分しか持ち合わせていないからだ。そう考えるとギクッとすると同時に、この劇団の芝居ならでは、という感じがした。観たものを机上の風景とするかしないかは、自分次第。ギリギリまで行けば一人では気づけない新しい内面性が見えるかもしれない。私は観客がもっと精神的に緊迫した状況に追い込まれる高木作品を観てみたいという欲求に駆られた。(2007.6.1)

【筆者紹介】
葛西李奈(かさい・りな)
1983年生まれ。日本大学芸術学部演劇学科劇作コース卒業。在学中より、演劇の持つ可能性を活かし『社会と演劇』の距離を近づけたいと考え、劇評とプレイバック・シアターというインプロの要素を含んだ心理劇の活動に携わる。現在はフリーライターとして活動中。wonderland 執筆メンバー。
・wonderland掲載の劇評一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kasai-rina/

【上演記録】
机上風景第 回公演「幻戯
新宿・タイニイアリス(2007年5月23日-28日)

作・演出:高木登
出演:
平山寛人
加藤更果
石黒陽子
浜 恵美
浜野隆之
村上由起
美穂丸
古川大輔

照明:千田実 (CHIDA OFFICE)
音響:堀越竜太郎
舞台美術:袴田長武+鴉屋
舞台監督:福田寛
宣伝美術:佐藤友香 (waiz size)
写真撮影:山田大輔
ビデオ撮影:安藤和明 (C&Cファクトリー)
制作:机上風景制作部/島田敦子・田中絵美 (J-Stage Navi)

チケット(日時指定・全席自由)
前売:2500円 当日:2800円 学生券:2000円
・ 5/24(木)14:30 ・ 5/27(日)19:30 2000円(前売・当日共)

【関連情報】
・高木登「初演出でスタッフや仕掛けにこだわり」(アリスインタビュー、2007.5)
・川口華那穂+浜恵美「一生懸命な気持ちを伝えたい 帰還を待つ兵士の妻たち」(アリスインタビュー、2006.8)
・高木登「歪んだり病んだりして交錯する 笑いの少ない”シリアス・エンターテインメント”」(アリスインタビュー、2005.5)

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