◎複雑な状況を乗り越えることこそ修行 心満たされる舞台に
扇田拓也(ヒンドゥー五千回代表)
タテヨコ企画「ムラムラギッチョンチョン」を下北沢・駅前劇場にて観た。
作品を通して描かれている人間臭さが実に心地よい、優れた作品だったと思う。私はタテヨコ企画の観劇が初めてだったが、観終わって深く感じたのは「人間とは、許す生き物なのかも知れない」ということだった。
生きてゆく上で人は過ちを犯し、その犯した過ちを自ら許し、成長しながらもまた過ちをくり返す。人間とはそういうものなのかも知れない、そんなことを思ったのだ。
ポかリン記憶舎の「息・秘そめて」(作・演出:明神慈)を観た。
横浜の劇団studio saltの新作『7』が素晴らしかった。等身大の日常を描いた作家は多くあれど、社会の底辺というか、それもプロレタリアートという意味でのそれでなく、知性も教養もない、頭が悪くて、これといったとりえもなくて人が好いわけでもない(むしろ無意識的な悪意に満ち満ちている。)そんな、とても小さな人間の存在を描かせたら、今、彼女に比肩出来る書き手はなかなかいないのではないだろうか。
高校3年生の男子4人が登場、恋愛や性体験、就職や遊びなどの話から、この年ごろらしい、大人と子どもの混じり合う心が浮き彫りになる。内面の繊細さを感じさせるが、壊れやすいのでなく、前向きに考えるたくましさや明るさがある。話題があちこちに飛ぶ会話をスムーズに回した4人の演技には、仲間同士のきずなを大切にしようとする内面も表れていた。
劇団初見。
子供のころ、桜の季節が過ぎると心底ホッとした。ぼくの生家は幸か不幸か公園に隣接し、いつも花見客のどんちゃん騒ぎに巻き込まれたのだ。深夜まで喧嘩騒ぎが続き、一升瓶で殴られた血だらけの酔客がよく救急車で運ばれた。残された反吐やゴミの山を翌朝かたずけるのがぼくらの仕事になる。桜の季節はうんざりする厄災、憂鬱の季節だった。
芝居は水ものとはよく聞くことばだが、ほんとにその通りだなあと改めて思った。鈴木厚人作・演出の「父産」を初め見た日、随所で客席に笑いが起こり、終わると熱い拍手が長く続いた。私もいっしょうけんめい拍手。口笛うまく吹けなくてカーテンコールに呼び出せなかったのが残念なほどだった。が、ラクは、周りから時々クスッと忍び笑いが聞こえるぐらい。同じように好感持った大きな拍手で終わったが、思いなしか、笑いを含んだというより、メッセージ受け取りましたといった感じの、マジメ拍手だった。ラクの方がセリフ噛む人もほとんどなく、舞台は遥かに分かりやすくなっていたのに、である。ラクに向ってどんどん盛り上がっていく……はずなのに!? ほんの一呼吸ずつのテンポの遅れか? それとも客席にまでビンビン伝わってきた、あれはあまりに真面目な俳優たちの緊張感のせいだったろうか? その点だけ惜しかった。
これまで砂連尾理(じゃれお・おさむ)とのコンビ、通称「じゃれみさ」をベースに活動してきた京都在住のダンサー、寺田みさこのソロ公演。余談だがダンスの公演は怒濤のように2-3月に集中しており、逆に年度替わりの4-5月はシーズンオフなので(助成金など公演運営上の都合らしい)、6月に入ってようやく本格的に始動してきたという感じだ。
「好き?好き?大好き?」(世界が、演劇が)という問いが頭の中をグルグルと駆けめぐった。