TPT「エンジェルス・イン・アメリカ」

◎わたしたちの中に、今ではもう不可能になったあの旅が
村井華代(西洋演劇理論研究)

TPT「エンジェルス・イン・アメリカ」公演から
【写真撮影◎島田麻未 ©TPT】

国家的イデオロギーが個人のセクシュアリティを侵し爆発する。天使は聖処女ではなくエイズを発症したゲイ青年を訪れる。預言の書はキッチンの床下に隠されている。
トニー・クシュナーを一躍20世紀アメリカを代表する劇作家に仕立てた『エンジェルス・イン・アメリカ』(第1部:1991、第2部:1992)。人間の生臭い心身を舞台に、実に様々な次元が交錯する姿が描かれている。ユダヤ人同性愛者という十字架を背負ったクシュナーにとって、個人の憐れな肉体が巨大な国家的・宗教的イデオロギーに蝕まれるというのは、しごく具体的で日常的な自覚であるように思える。
近代的制度の中で平和に生きる「普通の」人間なら気づきもしない警告が聞こえるのは多分不幸なことだ。しかし、だからこそ性的・民族的・国家的マイノリティは現代演劇においては預言者を演じうるのであり、またそうなる運命にあるのだろう。

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#5.ポタライブの『界』/そして『museum』を抜け出て

 今春、散歩しながら見る演劇「ポタライブ」の新作2本がアゴラ劇場の「冬のサミット」参加作として上演された。作演出は岸井大輔。舞台となったのはアゴラ劇場がある駒場周辺と、アトリエ春風舎がある小竹向原駅周辺。2つの町からドラ … “#5.ポタライブの『界』/そして『museum』を抜け出て” の続きを読む

 今春、散歩しながら見る演劇「ポタライブ」の新作2本がアゴラ劇場の「冬のサミット」参加作として上演された。作演出は岸井大輔。舞台となったのはアゴラ劇場がある駒場周辺と、アトリエ春風舎がある小竹向原駅周辺。2つの町からドラマをすくいあげてみせたこの連続公演は見事な対照をなして、ポタライブの到達点を示し、その更なる可能性をも開いて見せた。(本稿はCutInに寄稿した原稿に加筆訂正したものです。投稿の際、伊東沙保さんの名前を伊藤と間違えていました。お詫びして訂正します。)

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楠美津香ひとりシェークスピア「超訳 ヘンリー六世 Part1」

◎忘れていた記憶が蘇ってくる面白さ
西村博子(アリスフェスティバル・プロデューサー)

「超訳 ヘンリー六世」公演「ひとりシェークスピアを見てみませんか?」-Kさんからお誘いをいただいたとき、エエッ?? そんなことできるのオ?と驚いた。大体がシェークスピアはもう沢山!の食傷気味。よっぽどでないと動かないぞと思ってる私のこと。おまけに行き先は北千住とか。JRの路線地図を眺めたら、うちから軽く1時間半はかかりそう。もし誘ってくれた人がKさんでなければ、そしてもしも出しものがシェークスピアのいわば処女作、日本じゃ見たことない「ヘンリー六世(第1部)」でなかったら、決して行かなかったにちがいない。

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机上風景「幻戯」

◎二人の娼婦が示唆する女性の在り方
葛西李奈(フリーライター)

机上風景「幻戯」公演チラシカーテンコールで頭を下げた黒服の二人を見て、永久に抜け出せない暗闇に迷い込んだような気持ちになった。物語の中盤で静かに提示された謎を追っているうちに、果てしない孤独に近づいている自分に気づいた。それは公演内の台詞を借りれば、湿り気を帯びた気配に追われるように、私の心身を侵食するものだった。終演後、すぐには舞台上で起きた事象に意味付けをすることができず、私は劇場を出てから、悶々としつつ思考をめぐらせた。

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クロムモリブデン「マトリョーシカ地獄」

◎イメージ重視で破壊衝動をオーバードライブ 「妄想劇」の先駆
中西理(演劇コラムニスト)

「マトリョーシカ地獄」公演チラシクロムモリブデン(以下クロムと省略)の新作「マトリョーシカ地獄」(作演出・青木秀樹)をin→dependent theatre 2ndで見た。「直接Kiss」(2003年)、「なかよしShow」(2004年)、「ボーグを脱げ」(2005年)、「ボウリング犬エクレアアイスコーヒー」(同)。ここ数年間、年間ベスト級の傑作を連発し「関西でもっとも注目すべき集団」といい続けてきたクロムだが、一昨年秋にその拠点を東京に移した。

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京都舞台芸術協会メールマガジン第5号

 京都舞台芸術協会からメールマガジン創刊5号が届きました。  天野天街(少年王者館)×ごまのはえ(ニットキャップシアター)の対談、ローザス『Desh』公演のレビュー(山口茜/トリコAプロデュース)などのほか、西田聖さんの … “京都舞台芸術協会メールマガジン第5号” の続きを読む

 京都舞台芸術協会からメールマガジン創刊5号が届きました。
 天野天街(少年王者館)×ごまのはえ(ニットキャップシアター)の対談、ローザス『Desh』公演のレビュー(山口茜/トリコAプロデュース)などのほか、西田聖さんの舞台用語解説第5回「暗転」などコンパクトで中身の濃いマガジンです。申し込みは京都舞台芸術協会のサイトから。

第3回アジアダンス会議から(下)

◎身体を持ちつつ身体を語る困難
武藤大祐(ダンス批評)

第3回アジアダンス会議チラシシンガポールのジョヴィアン・ンによる「私のダンス」セッションでは、ジョヴィアンと手塚夏子の間に、文化背景を超えた意外な接点が見つかった。ジョヴィアンは比較的遅くなってからダンスを始めた人だが、学校であらゆるダンス・テクニックを学んだ結果、どのテクニックも体を関節単位でしか使っていないということに気付き、最近は普段あまり意識しないような筋肉を動きの起点にする実験に取り組んでいるという。手塚の『私的解剖実験』シリーズも、まさに体を普通とは違った視点から観察し、分析し直すというところから出発している。もちろん細かく見ていけば方法論は異なるが、同じようなことを考えている人がいた、という純粋な驚きがあった。

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第3回アジアダンス会議から(上)

◎「小さな」個人の身体から「大きな」ポテンシャルを探る
武藤大祐(ダンス批評)

第3回アジアダンス会議2007から
アジアダンス会議2007 ファイナルセッションから。右端が筆者。写真提供=社団法人国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター

ユネスコの下部組織である国際演劇協会・日本センターが隔年で開催してきた、「アジアダンス会議」の三回目が2月に東京で開かれた。アジア各地から集まった振付家、批評家、オーガナイザーなど14人の参加者が一週間に渡ってプレゼンテーションや討論、ワークショップを行いながら、ダンスを通してアジアを、またアジアを通してダンスを、じっくり考えてみたのである。筆者の怠慢でやや遅くなってしまったが、3月末に刊行された記録集の宣伝も兼ねて、二回に分けて報告したいと思う。

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ニットキャップシアター「お彼岸の魚」

◎私は誰?私は私。そして叩き壊し 「誠心誠意の毒」の証
高木龍尋(大阪芸術大大学院助手)

「お彼岸の魚」公演チラシ私の記憶の中に私の姿がないのは、言われてみれば至極当然のことである。鏡を見ている時間の記憶は別にしても、写真やビデオでも撮っていなければ、自分自身がいつどこでどのようなことをして、その様子がどんなだったかを見ることができない。たとえ撮っていたとしても、事後的に確認する、私の記憶にとっては傍証のようものでしかない。そして、忘れてしまえばその時間が消滅する。無論、過去にあった時間が消えてなくなるわけではないが、その時間がどのようなものであったか辿れなくなる。初めから見ることができない自分の姿はおろか、自分の耳で聞き取っていたはずの会話もである。そして、忘れたことも忘れてしまえば、それは二度と引き出されることはない。
さて、ニットキャップシアターの「お彼岸の魚」は人の記憶と、そこに基づく自分自身が最大の主題となった作品である。

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ガーディアン・ガーデン演劇フェスに3団体

 第15回ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバルの公開二次審査会が5月2日、東京・吉祥寺シアターで開かれ、来年4-5月のフェスティバルに参加する3団体が次の通り選出されました。2週間遅れですが、お知らせします。  クリ … “ガーディアン・ガーデン演劇フェスに3団体” の続きを読む

 第15回ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバルの公開二次審査会が5月2日、東京・吉祥寺シアターで開かれ、来年4-5月のフェスティバルに参加する3団体が次の通り選出されました。2週間遅れですが、お知らせします。
 クリウィムバアニー(東京)東京デスロック(東京)ユニット美人(京都)

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