◎自意識は果てしなくシッポを追いかける
木俣冬(フリーライター)
「好き?好き?大好き?」(世界が、演劇が)という問いが頭の中をグルグルと駆けめぐった。
劇場に入ると、横長の舞台を観客が2方向から見る対面式になっている。入り口から見ると下手側に、シェイクスピアの肖像画。中央にごく普通のテーブルと椅子。上手側には布団と棚とCDラジカセがある。上手の入り口はドアはなくノブだけがついている。
開演前に、「プレビュー公演では主人公の志賀君は(志賀廣太郎)1年に4歳年をとってしまう奇病にかかった設定にしていましたが、80歳になってしまうので3歳に変更します」「下手の絵はシェイクスピアです」というような誠実なお断り。そして出てくる主人公。見た目おじさん、本当は二十歳の志賀君。顔の皺、お腹の出っ張り、微妙なTシャツとジーンズのおじさんルックスはリアル。明らかにズラとわかるロン毛が非リアルで、引き裂かれた志賀君が現出している。志賀廣太郎は抑制しつた動きの中時々腕を震わせたりすることで、心と身体のバランスのとれなさを感じさせた。一方、瑞々しい健やかな手足を無意識に動かす大学生(金子岳憲、星野秀介)。彼らと志賀君の見た目の不自然さと会話や口調の自然さ。そういう相対化は実に演劇優等生だ。
会話の内容は志賀君の恋についてで、コクるかどうするか。おじさんを受け入れているような空気が漂うが、世の中は、他人が抱えるハンデに対して見なかったことにするか、「そんなことないよ」「大丈夫だよ」と言う空気しか発することはできない。逆に「そんなことないよ」「大丈夫だよ」みたいな曖昧さが傷を深めていったりする。いや、もしかしたら、本当に「そんなことない」のかもしれない、でも「そんなことない」と言いながら心ではバカにしてるのかもしれないとか、自意識は果てしなくシッポを追いかける。
しかし、そんな現実を今更問題にすることもないというように、志賀君の恋は両思いらしいという展開になっていく。演劇優等生は反体制でもある。
志賀君と片思いのマチコ(石橋亜希子)と友人たちは演劇サークルの仲間で、今度『ハムレット』をやることになっている。タイトルロールは志賀君だ。しかし、そこに、新顧問の品川幸雄がやってきて、志賀君に対する見なかった均衡がうち破られる。品川は残酷にズラをとって、激しく志賀君を責める。
品川幸雄は、ハイバイの人気キャラで、言わずとしれた世界の○川のパロディ。志賀君を攻めながら「ロンドンにおまえを連れていく」みたいなことも言ったりする、どっちかと言えば、○川というより『エースをねらえ!』の宗方コーチ的な感じもする。まあでも、ズラをとられて傷ついた息子を心配して抗議に来る父(猪股俊明)とのやりとりでは、○川でも宗方でもなく、責任とらないヤな奴という印象。
他の部員は、品川の横暴さに反感を覚えるが、マチコは品川を尊敬しているみたいで、しっかり傍らに寄り添い、演技のダメ出しをマメマメしくメモしている。余談だが、個人的にここは現場取材をするライターである自分を見ているみたいに思えひとりでくすぐったくなった。激しく自意識過剰である。
マチコは品川の言うことはもっともで、志賀君にズラに頼らず、演技にも人生にも飛躍を求める。志賀君の家で、結ばれるマチコと志賀君。寺山修司的真っ暗闇の中、志賀は志賀君の人生最高の喜びを声だけで演じてみせる。志賀の中年の身体によって、青春の恥ずかしさが拡大して伝わってきた。
若者がマジックで皺を書いておっさんを演じる手法をハイバイは過去にやっているが(未見だが『お願い放課後』のプレビュー公演や『無外流、津川吾郎』)、それでやったら完全なるお笑いシーンになっていただろう。個人的には、顔に皺は、「わかってちょーだい!」(CX)の低予算再現ドラマみたいで生理的に好きじゃなかった。メタシアターとかいう万能薬のような言葉でナットクするのもいやだった。でも、逆に、中年が若者を演じることがいいというのでもなく、両方やってみることで、演じるってことはどうしたって、不自然なのだってことの自覚が、相対化して成立したような気がした。
さて、いよいよ、『ハムレット』初日。一度は、役を外された志賀君が復帰できることになった。しかし、何度もダメを出された大事なシーンがうまくいかない。結局品川も舞台にあがり、舞台の上で2人のハムレットが対峙する。演出家も俳優もハムレットの衣裳を着て、鏡に向うように同じポーズをとりながら動いていく。「イギリスに行こう」。耳を疑うくどき文句(?)が品川の口から出た時、品川暗殺を目論むサークルメンバーの仕掛けた罠にかかってしまう2人。
品川[SHINAGAWA]の中に、志賀[SHIGA]が入っているのは偶然なのだろうか…? とか深読みするのもバカバカしいとばかりに、歌舞伎ふうな装置(床に敷いた板をひっぱると動く)で、下手にはけていく品川。だいたい、メタシアターの代名詞『ハムレット』をあえて盛り込むなんて、大胆ないたずら心ではないか。
舞台に残ったひとり残った志賀君のもとにあわわれるマチコ。マチコと穏やかな会話をしながら志賀君の意識は薄れていく……。
劇終。
岩井秀人の、注視しないでくれ、わからないでくれ、という自意識が、最後まで何度も何度も何度も、舞台で行われていることをひっくり返していく。
恥ずかしいけど、それでも、演劇をやってる。好き?好き?大好き? 演劇が?世界が?
R.D.レインを持ち出す私も恥ずかしい。でも、朝方まで合わせ鏡が永遠に続いていくような対話を友人なり恋人なりと続けていく蒼さ、愚かしさ、みたいなものは普遍的だ。どうやら、はぐらかせばはぐらかすほど正当派演劇(というものがあるのかどうかも定かではないけど)に近づいていくパラドックス。
ハイバイの無限地獄。この病はてしなく続いていくのだろうか。
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第47号、2007年6月20日発行。購読は登録ページから)
【筆者紹介】
木俣冬(きまた・ふゆ)
フリーライター。映画、演劇の二毛作で、パンフレットや関連書籍の企画、編集、取材などを行う。キネマ旬報社「アクチュール」にて、俳優ルポルタージュ「挑戦者たち」連載中。蜷川幸雄と演劇を作るスタッフ、キャストの様子をドキュメンタリーするサイトNinagawa Studio(ニナガワ・スタジオ)を運営中。個人ブログ「紙と波」(http://blog.livedoor.jp/kamitonami/)
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kimata-fuyu/
【上演記録】
ハイバイ「おねがい放課後」
こまばアゴラ劇場(2007年5月24日-6月3日)
作・演出 岩井秀人
出演
志賀廣太郎(青年団)・猪股俊明・古館寛治(青年団)・金子岳憲・石橋亜希子(青年団)・島林愛(蜻蛉玉) ・星野秀介(田上パル)・永井若葉
スタッフ
照明 松本大介(enjin-light)
音響 荒木まや
美術 土岐研一
舞台監督 田中翼
宣伝美術 池田泰幸 西村美博 上野敬 (サン・アド)
本番撮影 TRICKSTER FILM
写真撮影 岩井泉
制作 原田瞳(tsumazuki no ishi)
企画制作 ハイバイ・(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
主催 (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場