スパンドレル/レンジ番外公演「花会」

◎想像力への尋常ならざる触手
北嶋孝(マガジン・ワンダーランド)

番外公演「花会」チラシ子供のころ、桜の季節が過ぎると心底ホッとした。ぼくの生家は幸か不幸か公園に隣接し、いつも花見客のどんちゃん騒ぎに巻き込まれたのだ。深夜まで喧嘩騒ぎが続き、一升瓶で殴られた血だらけの酔客がよく救急車で運ばれた。残された反吐やゴミの山を翌朝かたずけるのがぼくらの仕事になる。桜の季節はうんざりする厄災、憂鬱の季節だった。

スパンドレル/レンジの番外公演「花会」(4月7日-8日)の予告を見つけたときはだから、「花会」などと称して桜と花見をこぎれいなシンボルに仕立てるのかと気が進まなかった。ところがどっこい、公演に足を運んで正解だった。この集団らしい、屈折した桜のイメージをちゃんと用意してくれたのだ。

会場は杉並の老舗旅館の一室。畳に座布団を敷いて座り、縁側を即席舞台にした1時間ほどの小品だった。ふすまを外し紅白の幕で仕切っ隣部屋に、コントラバスとアコーディオンのデュオが控え、生演奏で舞台の進行と追いつ追われつ、不気味な憂鬱とねじれた美醜の妖しい空気を奏でるのである。

番外公演「花会」の舞台
【写真は、番外公演「花会」から。撮影=塩坪三明 禁無断転載】

縁側のガラス戸越しに見える中庭は思ったより冴えなかったが、「桜の精」を自称する篠原里枝子のキャラクターが飛び抜けて映え、旅館の主人(田谷淳)や女将(北島佐和子)の実力派をすっかり食ってしまうほどだった。すっとぼけた表情が一瞬で変化し、上目遣いで人を射抜くような視線をちらりと浴びせる。身に着けた赤い和服もかわいらしいと言うよりは、どこか血にまみれた桜のイメージを掻き立てる。

そういえばこの芝居は、芝居自体に自己言及する内閉空間を紡ぎながら、桜の下に女将を埋めたなどと、坂口安吾や梶井基次郎の小説から借りてきたイメージをちりばめていた。しかしそれはあくまで物語の仮象。終幕を迎えるあたりで女たちが毛虫の化身だと言い立てる姿こそが、スパンドレル/レンジの指し示す桜のイメージなのではないだろうか。

花見が終わるとわが家の周辺は毛虫の大群に襲われた。その毛虫が、きらびやかな蝶になって飛び立つのか巨大な蛾に生まれ変わるのかは知らないけれど、花が散ったあとの毛虫に着目するところにこそ、この劇団が持つ、想像力への尋常ならざる触手が感じられるのである。(北嶋孝/マガジン・ワンダーランド編集長)
(初出:Cut In 第60号、2007年5月号)

【上演記録】
スパンドレル/レンジ番外地公演その弐「 花 会 」
http://spandrel.pupu.jp/act.html旅館西郊 藤の間 (4月7日-8日)

作・演出 松本淳市

〈 出演 〉田谷淳(木山事務所)、 北島佐和子、篠原里枝子
〈 演奏 〉catsup 熊坂義人(コントラバス)、 熊坂るつこ(アコーディオン)

美術:art-pine
衣裳協力:辰之助商店
宣伝美術:東ヨーコ
制作:大津幸子、斉藤由夏
すぎなみ文化芸術活動助成基金助成対象事業

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