◎規範をすり抜ける遊戯の内にダンス的な何か(「面白い」瞬間)がある
木村覚
一時の暗転の後、どこの誰か分からない十人弱の一団(買い物かごを持った主婦?)が瞬時に舞台に上がると、一斉に白い棒をひたすら振りまわし互いの体をぶっ叩きはじめた。「白い棒」はよく見れば長ネギだった。三十秒ほどで一団が消え去った後に取り残され呆然とする満場の観客のなかでぼくは、裂けて飛び散り揮発して空気に入り交じったネギの汁のせいで涙が止まらず、まさにイチモクサンといった勢いで出口となるエレベーターに飛び乗ったのだった。
小劇場レビューマガジン
◎規範をすり抜ける遊戯の内にダンス的な何か(「面白い」瞬間)がある
木村覚
一時の暗転の後、どこの誰か分からない十人弱の一団(買い物かごを持った主婦?)が瞬時に舞台に上がると、一斉に白い棒をひたすら振りまわし互いの体をぶっ叩きはじめた。「白い棒」はよく見れば長ネギだった。三十秒ほどで一団が消え去った後に取り残され呆然とする満場の観客のなかでぼくは、裂けて飛び散り揮発して空気に入り交じったネギの汁のせいで涙が止まらず、まさにイチモクサンといった勢いで出口となるエレベーターに飛び乗ったのだった。
◎シェイクスピアとシャーロック・ホームズを楽しむ
中西理(演劇コラムニスト)
エジンバラはスコットランドの首都である。日本では英国といえばイングランドもスコットランドも一緒くたにされてしまいがちだが、現地に行ってはっきり分かるのは、スコットランドにはイングランドとはまったく違う国民意識や愛国心があるということだ。「マクベス」はシェイクスピアの代表作品であるがこれがスコットランドの王位争いを巡る物語であることはとりわけこのエジンバラ演劇祭では強く意識されている。ご当地ものということもあって、毎年、この作品はさまざまなカンパニーがさまざまな工夫を凝らした演出で上演。華を競っているのだ。
旧東ドイツで活動した劇作家・演出家のハイナー・ミュラー作品を5団体が上演する「ハイナー・ミュラー/リンク」が今月11月から来年2月まで東京で開かれます。共通テーマを事前に掲げる「フェスティバル」ではなく、ミュラー作品を上演することだけに限定した緩やかな参加形態をとっているだけに、各団体独自の舞台表現が見られそうです。皮切りとして11月11日に参加団体の演出家が集まってシンポジウムを東京・新宿のtheatre IWATO で開きます。鴎座の佐藤信さんがコーディネーター役を務めます。
週刊マガジン・ワンダーランド 第15号が8日、発行されました。 10月に開かれた「吾妻橋ダンスクロッシング」評(木村覚)のほか、「エジンバラ演劇祭」報告の第4回目(中西理)などが主な内容です。「千秋残日抄」 第6回( … “週刊マガジン・ワンダーランド 第15号発行” の続きを読む
週刊マガジン・ワンダーランド 第15号が8日、発行されました。
10月に開かれた「吾妻橋ダンスクロッシング」評(木村覚)のほか、「エジンバラ演劇祭」報告の第4回目(中西理)などが主な内容です。「千秋残日抄」 第6回(北嶋孝)は先月末に開かれた「シアターアーツカフェ 劇評を語る会」で取り上げられた話題に触れました。
主な目次は以下の通りです。
◎ふかふかの絨毯は生きた心地がしない
今井克佳
開演前の舞台を見つめていて、ふと香月泰男という画家の絵を思い出した。過酷なシベリア抑留体験から生まれたいわゆる「シベリアシリーズ」の作品の一つに、暗い色調の骸骨のような人間の顔が壁のように並んでいる絵があった。あれは死者の顔ではなかったか。
◎さわやかで、空っぽで、のほほんとした笑いの世界
鈴木麻那美
とくお組は今回初見。
「とくお組」っていう名前から、暑苦しい感じをイメージしていたんだけれど、コメディよりのさっぱり風味で一安心。
◎上演数1800の巨大フェスティバル エジンバラ・フリンジは劇場で選ぶ
中西理(演劇コラムニスト)
今回からはエジンバラフェスティバルズのもうひとつの中心であるフリンジフェスティバル(The Edinburgh Festival Fringe )について紹介してみたい。
まず、最初に特筆すべきことは巨大(huge)としかいいようのないその規模である。
週刊マガジン・ワンダーランド第14号が1日、発行されました。 今週のレビューは2本。長塚圭史作・演出「アジアの女」(今井克佳)と、とくお組「マンモス」(鈴木麻那美)です。公演のスタイルも違いますが、レビューのスタイル … “週刊マガジン・ワンダーランド第14号発行” の続きを読む
週刊マガジン・ワンダーランド第14号が1日、発行されました。
今週のレビューは2本。長塚圭史作・演出「アジアの女」(今井克佳)と、とくお組「マンモス」(鈴木麻那美)です。公演のスタイルも違いますが、レビューのスタイルも違います。その違いをそれぞれの舞台を想像しながら味わっていただきたいと思います。中西理(演劇コラムニスト)さんの「エジンバラ演劇祭2006」も3回目。いよいよ巨大な「フリンジ」の紹介に挑みます。目次は次の通りです。
今年は近代演劇を切り開いたと言われるノルウェーの劇作家イプセンの没後100周年に当たり、11月には関連のシンポジウムや作品上演など特色ある催しが各地で予定されています。
◎言葉が溢れ、言葉が失われる歴史を舞台に
高木龍尋
劇作家に限らず、物書きと呼ばれる人には、書きたいこと、書こうとしていることとは別に、書かざるを得ないことや書かなければならないことがあるように思う。「初日までの日数がもうないから書かなければならない!!」とか、「編集者にずっと睨まれているから書かざるを得ない!!」というとても世知辛い外からの要因もあるかも知れないが、物書きの心の内から要請される物事があるはずである。その、書かざるを得ない、は書く内容についてもあるだろうし、どのように書くかということもある。関西人にあてはめれば、ボケとツッコミの会話にせざるをえない、オチのある話でなければならない、というところだろうか。