ガールズ・トーク「4.48 サイコシス」(サラ・ケイン作、飴屋法水演出)

これまで何回か掲載した「鼎談」企画の復活第一弾として、座談会をお届けします。取り上げるのはフェスティバル/トーキョーで大きな話題を呼んだ「4.48 サイコシス」(作:サラ・ケイン、演出:飴屋法水)。イギリスの女性劇作家の作品を、4人の女性に思う存分語っていただく趣向です。題して「ガールズ・トーク『4.48 サイコシス』」。次々飛び出す目から鱗の発言にご注目あれ。

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3人で語る「2010年1月はコレがお薦め!」

今回からの新企画として、カトリヒデトシさん、鈴木励滋さん、徳永京子さんの3人に、来月のお薦めの3本を語り合っていただきます。それぞれの好きなジャンルや傾向がクロスオーバーすることで、連鎖反応的にさまざまな作品への興味が誘発されればという趣向。まずは2010年の1月の舞台について。

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座・高円寺「旅とあいつとお姫さま」

◎贅沢で豊か 驚愕の「子ども向け」劇
都留由子

「旅とあいつとお姫さま」公演プログラム「子ども向け」と銘打ったお芝居をあなどってはいけない。「子ども向け」と「子どもだまし」は違うのだ。杉並区の小学四年生が全員招待されたという「旅とあいつとお姫さま」。ごく気楽に観に行った筆者は、思わぬ展開に圧倒されてしまった。
小学校の体操服みたいな短いショートパンツに長い髪、赤いほっぺの女の子が元気に登場して、ふむふむと観ていると、でっかい死体はごろりと投げ出される、生首はいくつも天井から下がってくる、そしてちょうちんスカートの可愛いお姫さまは、サロメのように生首にいとおしそうに頬ずりし、その大事な生首の耳をかみちぎった猫の耳を、仕返しにかみちぎっちゃったりするのである。そればかりか、そのお姫さまの愛人は恐ろしい魔物で、お姫さまは角の生えた魔物の膝に乗って、うっとりと、あなたの腕の中で眠る、なんて言うのだ。

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大橋可也&ダンサーズ「深淵の明晰」

◎影が踊り始める
竹重伸一

「深淵の明晰」公演チラシ「明晰」シリーズの前作、昨年2月の「明晰の鎖」では同じ吉祥寺シアターの舞台奥の搬入口を開いて裏の道路と繋げたり、バルコニー・床下の上下の空間も使うなどワイドでスペクタクルな空間創りをしていたが、今回は観客の一部を上演空間に入れて、親密さのあるとても凝縮されてコンパクトな空間になった。出演するダンサーも過去に大橋可也作品に出演経験のある勝手知った7人に絞り込んでいて、匿名性の高い振付からよりダンサーの「個」が浮き上がってくる振付への変化の兆しがはっきりと伺えた。この変化は微細だが重要な変化で私には非常に共感できるものだ。

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MU「神様はいない」「片想い撲滅倶楽部」

◎「ビジネス」と「演劇」貫く世界の肯定
高木 登

「神様はいない」「片想い撲滅倶楽部」演劇はビジネスである。少なくともそのはずである。規模の大小にかかわらず主催者は数千円の入場料を観客から徴収している。劇場には決して安くない使用料を払い、スタッフにもギャランティを払い、公演ごとにはそれなりの金額が移動する。これは立派な商行為である。

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虚構の劇団「ハッシャ・バイ」

◎娘の物語、母の物語
都留由子

「ハッシャ・バイ」公演チラシお芝居の中には、人生のある時期に観ると、激しく心を揺さぶられ、強い印象を残すものがある。鴻上尚史が主宰する若い劇団、「虚構の劇団」の『ハッシャ・バイ』は若いうちに観たかった作品であった。初演を観ていないことを、本当に残念に思った。第三舞台による初演は23年前のことである。

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Bunkamura20周年企画「桜姫」

◎新たな「桜姫」の世界を紡ぎ出す 現代版と歌舞伎版が共鳴して
 -コクーン歌舞伎15年目の挑戦-
 田中綾乃

歌舞伎版「桜姫」公演チラシ
【写真はBunkamura20周年企画「桜姫」公演チラシ 禁無断転載】

1994年、コクーン歌舞伎第一回公演『東海道四谷怪談』を初めて観た時の興奮は、いまだに忘れられない。バブル崩壊後、小劇場系の第三世代と言われた劇団が次々と休止、解散していく中で、90年代に入ると演劇界全体が方向性を見失い、停滞していたように思われる。そのような中で、現代劇の劇場であるシアターコクーンに登場したコクーン歌舞伎。本水を使い、抑制された身体の中にも溢れ出る歌舞伎役者たちのエネルギーを目にした時、そこには私がこれまで観てきた「歌舞伎」とは異なる歌舞伎があった。しかも、その当時、シアターコクーンの芸術監督であり、オンシアター自由劇場の演出家串田和美と歌舞伎役者たちとのコラボレーション(二回目以降は串田が演出を担当)である。千秋楽では、オンシアター自由劇場のメンバーがジャズを演奏する中、歌舞伎役者が立ち廻りを行った。観終わった後、興奮冷めやらぬ私は、Bunkamura内の公衆電話から俳優の友人に急いで電話をかけた。「コクーン歌舞伎、すごい舞台を観てしまった!! これから演劇が変わるよ!!!」と。

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ピエール・リガル「プ・レ・ス」第3回

◎閉塞空間をリアルな身体で生きる ユーモアを意識的に導入して
堤広志

Shizuoka春の芸術祭2009プログラム表紙●異色の振付家ピエール・リガル

ビエール・リガル(Pierre Rigal)は、ここ数年で一躍世界的に注目されるようになったアーティストである。1973年南フランス・トゥールーズ近郊に生まれ、陸上競技の400m走ならびに400mハードルのアスリートとして活躍した後、バルセロナ大学で数理経済学を、トゥールーズのオーディオ・ビジュアル・スクールで映画製作を学んだという異色の経歴を持つ。

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TAGTAS「百年の<大逆>-TAGTAS第一宣言より-」(前・後篇二部作)

◎置いてきぼりにされたメロドラマ・ジャンキー 観客の場所はどこ?
都留由子

TAGTASプロジェクト公演チラシTAGTASプロジェクトの「百年の<大逆>」前編と後編を観た。TAGTASとはトランス・アヴァンギャルド・シアター・アソシエーションの略で、今回筆者が観た「百年の<大逆>」は、円卓会議、リーディング、映画の上映などとともに、その設立公演のひとつ。一週間の間隔を置いて前編と後編が上演された。

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ピエール・リガル「プ・レ・ス」(第2回)

「ダンス」や「アート」の概念を揺さぶる
堤広志

●「演劇」か「ダンス」か、それが問題か!?

「今どきのコンテンポラリー・ダンスはどうなっているの!?」という問いかけの裏には、「なぜ、これがダンスなの?」「どこがダンスとして評価できるの?」という疑問があるように思う。それだけ現在のコンテンポラリー・ダンスと呼ばれている表現は多種多様であり、一般的なダンスの概念からは乖離してみえるようなものが数多くあるということなのだろう。

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