ダンス企画 おやつテーブルvol. 2「畳delicacy」

◎ミニマルな所作の大いなる効果
木村覚(美学・ダンス批評)

「畳delicacy」公演チラシまず、ロケーションのチョイスが素晴らしかった。目白の赤鳥庵は、駅から高級住宅街を五分ほど歩くと突如現れる目白庭園の一画にあり、都心にいることを忘れてしまう静かで美しい空間だった。夜の回もあったのだが、室内に差し込む午後の光とともに見られて、昼の回でよかった。畳敷きの一室が、舞台と客席を兼ねている。受付で渡されたお茶とお菓子の小箱に手を伸ばし、しばらく開演を待つ。座布団に座って、廊下を隔てた窓から外を見渡せば、池に錦鯉が遊んでいる。時折、和装のダンサー四人たちもあらわれて、本番前にもかかわらず、観客の相手をしたり談笑したりしている。

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五反田団+演劇計画2007「生きてるものはいないのか」(クロスレビュー)

「生きてるものはいないのか」公演チラシ「演劇計画」は京都芸術センターの演出家発掘・育成プロジェクト。五反田団の前田司郎さんは同プロジェクトの「京都芸術センター舞台芸術賞2004」を受賞(「家が遠い」)して昨夏、オーディションで選抜された17名の俳優たちと1ヵ月のワークショップを経て「ノーバディー」を上演。今年はその延長上に新作「生きてるものはいないのか」を発表しました。
五反田団は結成以来、脱力系とも言われる柔らかな手法で「いま」に即した演劇を実現してきた劇団です。前田さんの戯曲は岸田國士戯曲賞の候補になり、発表した小説は三島由紀夫賞や芥川賞にノミネートされるなど活躍の場を広げています。今回の舞台は、いかに―。(クロスレビュー 第2回 掲載は到着順)

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だるま食堂「お床と女」

◎大らかに、笑ってくれればいい 芸歴20数年の覚悟と間合い
岡野宏文(ライター&エディター)

「お床と女」公演チラシ人間、うれしいことばかりではない。楽しいことばかりでもない。ちょっと憂鬱だったり、人を見たら泥棒だと叫びたくなったり、たまには犬も歩けば棒にガンガンぶち当たるような辛さもあり、つまり劇場に行くのがどうにもおっくうなこともあるものだ。

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新国立劇場「たとえば野に咲く花のように」

◎精妙に書き込まれた戦後日本の物語を堪能
今井克佳(東洋学園大准教授)

「たとえば野に咲く花のように」公演チラシ新国立劇場はどこへ行くのか。演劇部門の芸術監督が栗山民也氏から、鵜山仁氏に変わった最初の企画、「三つの悲劇 ギリシャから」はどうも迷走しているようにしか思えない。前号で葛西李奈氏が好意的にとりあげているが、私としては、第一弾の「アルゴス坂の白い家」は鵜山氏自身の演出作にもかかわらず、あまり感心しなかった。

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ペンギンプルペイルパイルズ「ゆらめき」

◎妄想を増大させ狂気の階段を昇る
大和田龍夫(大学講師)

「ゆらめき」公演チラシマンションの一室で、まるで田舎の寄合所であるかのようなにぎやかな家庭で繰り広げられる「永年の友人」と「知り合ったばかりの友人」が夫婦に降り注ぐ些細な事件を大きな妄想により大事件に拡大させている、まさに、狂気の階段を昇っていく2時間の舞台であった。

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新国立劇場「アルゴス坂の白い家-クリュタイメストラ-」

◎悲劇の背後にある悲劇 舞台から滲む矛盾と葛藤
葛西李奈(フリーライター)

「アルゴス坂の白い家」公演チラシ悲劇を描くことには、どんな意味があるのだろうか。劇場をあとにしながら出てきた疑問は、それだった。わたしは、悲劇をながめながら、涙する。そして、自分の身を振り返る。「この状況よりはマシな現実を生きているわ」と、ホッと胸をなでおろす。いまのシアワセをかみしめ、日々を大切に生きていこうと思う。しかし、それができるのは、物語が必ず終わりをむかえるという安心感があるからだ。世界で起きている悲劇は、決して、何ひとつ、終わっちゃいない-。何度も何度も、ギリシャ悲劇のスジから脱線する登場人物たち。彼らは懸命に、その事実を、わたしに伝えつづけているようだった。

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クロスレビュー第2回は五反田団公演

ワンダーランド・クロスレビューの第2回は、五反田団+演劇計画2007「生きてるものはいないのか」公演(作・演出 前田司郎)を取り上げます。
今回の公演は京都芸術センター演劇製作事業「演劇計画2007」の企画で、京都公演は10月18日-21日に開かれ、東京公演は11月3日-12日(こまばアゴラ劇場)の予定です。読者のみなさまの応募を歓迎します。詳細は以下の通りです。

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マレビトの会「Cryptograph」(クリプトグラフ)

◎まとめようとすると落ちこぼれる 「報告する演劇」の生成現場
松井周(サンプル主宰)

公演のポストカードから京都のアトリエ劇研でマレビトの会『Cryptograph(クリプトグラフ)』を観た。
どうもうまくまとまらない気がするが、まとめようとすることでこぼれおちるものがあると考えれば、その言い訳で乗り切れるだろうか。この作品の終演後に作者の松田正隆氏とポスト・パフォーマンストークをしたのだが、その時はもちろんのこと、まだ落ち着かない。とにかく今でも作品のイメージが乱反射していて、とても手に負えない気がする。それほどインパクトの強いものであったのだ。

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時間堂「月並みなはなし」

◎やわらかな手つきで世界を変える
徳永京子(演劇ライター)

「月並みなはなし」公演チラシ結局、演劇をはじめとするあらゆる表現活動は、世界を変える方法のアイデア提示だとは言えないか。つくり手が認識する、あるいは目指す「世界」の広さ、「変化」の規模はさまざまだが、自分(達)の作品に接した前と後で観客の意識が変わることを目指さない表現者はいない。つくり手が自覚的か無自覚かに関わらず、演劇は世界の定義を広げていく運動に他ならない。脚本や演出のスタイルの差異とは「だから自分は変えたい」という動機、「自分だったらこう変える」という具体策の差異なのだ。

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小指値「[get]an apple on westside」「R時のはなし」

◎再現行為それ自体を遊ぶアプローチ
伊藤亜紗(ダンス批評)

仕掛けのある舞台美術にダンスあり歌あり映像あり曲芸(?)ありと簡単に「演劇」の枠でくくることのできないパフォーマンス集団、小指値。多摩美術大学の卒業制作公演として2004年に北川陽子が旗揚げした超若手集団だが、確実に洗練されつつあるその方法論は、すでにチェルフィッチュともポツドールとも五反田団とも違う、わくわくする新しさに到達している。ポジティブ&ハイテンションが売りの彼らだが、しかしそれとてテイストで一気につきぬけるためのパワーなのではない。「物語ること」「演じること」に対する彼ら独特のアプローチを形にするための、必要不可欠な説得力なのだ。

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