時間堂「月並みなはなし」

◎やわらかな手つきで世界を変える
徳永京子(演劇ライター)

「月並みなはなし」公演チラシ結局、演劇をはじめとするあらゆる表現活動は、世界を変える方法のアイデア提示だとは言えないか。つくり手が認識する、あるいは目指す「世界」の広さ、「変化」の規模はさまざまだが、自分(達)の作品に接した前と後で観客の意識が変わることを目指さない表現者はいない。つくり手が自覚的か無自覚かに関わらず、演劇は世界の定義を広げていく運動に他ならない。脚本や演出のスタイルの差異とは「だから自分は変えたい」という動機、「自分だったらこう変える」という具体策の差異なのだ。

時間堂の作・演出家、黒澤世莉は、世界を変えることを明確に意識しながら作品をつくっている。カルチャー全般を扱うフリーCDマガジン、CINRA MAGAZINEの14号(今年7/20発行号。Webでも閲覧可能)に登場した黒澤が、堂々と「あと29年かけて、高校生がデートに行くなら1位は演劇ですみたいな社会にしていきたい」と目標を語っていることからも、それは明らかだ。だが大きな目標とは裏腹に、その手つきは極めてやわらかい。

『月並みなはなし』は、月面移住が一般化しつつある近未来を舞台にしている。月が一部の研究者やディベロッパーだけのものだった時期は過ぎ、一般市民から移住希望者を募る段階に地球はある。だがまだ希望者全員を送り込むことはできず、体力、知力、人間性、目的意識などいくつもの試験に合格したほんのわずかな人間だけが、月に飛ぶ権利を得る。登場人物は、最終の審査で選に漏れた6人と部外者3人。物語は部外者のひとり、選考委員会の人間が唐突にこう告げるところから始まる。「移住枠にひとり分の空きが出ました。今から60分以内に、この6人の中からひとりを選んでください」 かくして舞台では〈選ぶ/選ばれる〉だけにフォーカスを絞り込んだ会話劇が展開していく。

選ぶこと、選ばれることは、言うまでもなく残酷な行為だ。それは、選ばれなかった人物が生まれるのを意味し、そこには当然、負の理由が浮き彫りになる。選考試験の過程で強い連帯意識が生まれ、相手を深く思いやる間柄になりながら、彼らは互いに「あなたを選ばない理由」を相手に突きつける必要に迫られるのだ。

「月並みなはなし」公演1

「月並みなはなし」公演2
【写真は「月並みなはなし」公演から。撮影=松本幸夫 提供=時間堂 禁無断転載】

だが黒澤の指先は、ここですでになめらかに、物語の毛並みを整える。登場人物に、東大法学部卒の二世議員から30歳過ぎのフリーターまでピンキリのプロフィールを揃えながら、数々の試験をパスしてそこにいる彼らが自己コントロール能力と協調性に長けているのは当然で、選ばれなかった人々の落胆や怒りが理知的に収束していくことが不自然にならない。しかも60分の時間制限付きだ。「あと2分でこの件の結論を出しましょう」と仕切り役が言えば、進行のイニシアチブは完全に舞台上の人物が握り、見苦しい残像は長く引きずられることはない。それでも敏感な観客が抱くであろう「登場人物がスマート過ぎて人間味が感じられない」という不満に黒澤が用意したのは、感情を爆発させるのではなく、あたたかく発露させることだ。グループ内に妻がいるフリーター夫は、「ひとりで月に行っても意味がない」と早々に争いから離脱した愛情深い妻に対して「ひとりでも月に行きたい」と初めて強い自己主張を見せ、粘り続ける。だがその理由は「待っていてくれる人がいるからこそ、自分は遠くに行ける。それを確かめたい」というものだった。

演出でも黒澤は懐柔作戦に徹する。私はこの作品を含めて3本の黒澤作品を見ているが、彼が最も心を砕いているのは、舞台と客席の空気をひとつにすることだと確信する。そのためによく利用されるのが匂い、香りだ。演出のみ手がけた06年の『vocalise(ヴォカリーズ)』ではホームパーティの料理をきっちりつくり込み、役者が舞台にそれを運んできたり取り分けたりするたびに香りを会場中に充満させたし、今作では上演の最中にシナモンレーズンロールパンを焼き上げた。シンプルで原始的な方法だが、物語と同時進行で流れてくるおいしそうな香りは、確実に観客に、舞台とのシンパシーを抱かせる。今年春の『ピンポン、のような』では劇中で卓球のラリーをさせることで、演技からはみ出した役者の緊張感を引き出し、客席の空気を惹き付けた。

これらは、演劇が世界を変えるには稚拙な手立てだろうか。舞台上で俳優が裸になったり本気で暴力をふるうリアリティの追求に比べたら生ぬるい方法だろうか。しかし間違いないのは、これらもまた演劇でしか出来ないこと、演劇を見にきた人しか体験し得ない生々しさであり、デートでやって来た高校生カップルがいたとしたら、帰り道に盛り上がる格好の話題になるということだ。『月並みなはなし』に限定するなら、観客の何割かはしばらく、人によってはずっと、シナモンロールの匂いを嗅ぐたびにこの舞台をまざまざと思い出すだろう。この、演劇が個人の生活に忍び込む作用を、演劇が世界を変える一歩だと言えるのではないか。時間堂はここ数作、「会社帰り、学校帰りにフラリと映画でも見に行く感覚で劇場に足を運んでもらえたら」というコンセプトから、シネマプライスと銘打ってチケット代を1800円に設定している。北風式ではなく太陽式で、道行く人の足を止め、劇場に向かわせようという姿勢は徹底しているのだ。

だが太陽式にも問題はある。一歩間違えれば「温めてあげましょう」と上目線に感じられることだ。そんな気はなくても、いくら脚本で周到にフォローしても、温かさとは余裕なのだ、披露の仕方次第ではキザに映る。黒澤の作品には、感情の高ぶりを自分で静めるのが上手い人物が多く登場するが、役者の技巧や意識によって、そのものわかりの良さが小さな悟りに見え、結果的に物語のサイズを縮めててしまう。あふれる感情を何とか押しとどめる必死さ、そこから零れ落ちる切なさや情けなさや強さを、黒澤は本来の後味として目指しているように思うのだが、その点ではまだ課題が残る。世界改革実現には、時に、ささくれだった手が必要なのかもしれない。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第66号、2007年10月31日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
徳永京子(とくなが・きょうこ)
1962年8月、東京都生まれ。演劇ライター。小劇場から大劇場まで幅広く足を運び、『せりふの時代』『シアターガイド』『weeklyぴあ』などの雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。

【上演記録】
時間堂『月並みなはなし』-cinema price theater project
王子小劇場(2007年10月19日-29日)
脚本・演出 黒澤世莉

■出演
雨森 スウ
河合 咲
木村 美月(クロムモリブデン)
こいけ けいこ(リュカ.)
境 宏子(リュカ.)
池田 ヒロユキ(リュカ.)
鈴木 浩司
中田 顕史郎
<Wキャスト>
大塚 秀記
足立 由夏(InnocentSphere)

■スタッフ
照明: 工藤 雅弘(Fantasista?ish.)
宣伝美術: 村山 泰子(時間堂)
宣伝/公演写真: 松本 幸夫
演出助手: 佐伯 風土/谷 賢一(DULL-CORORED POP)
制作: 田中 沙織(柿喰う客)
協力: InnocentSphere/柿喰う客/クロムモリブデン/DULL-COLORED POP/Fantasista?ish./RIDE OUT/リュカ.
提携: 王子小劇場
主催: 時間堂

■料金
1,800円


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