マレビトの会「Cryptograph」(クリプトグラフ)

◎まとめようとすると落ちこぼれる 「報告する演劇」の生成現場
松井周(サンプル主宰)

公演のポストカードから京都のアトリエ劇研でマレビトの会『Cryptograph(クリプトグラフ)』を観た。
どうもうまくまとまらない気がするが、まとめようとすることでこぼれおちるものがあると考えれば、その言い訳で乗り切れるだろうか。この作品の終演後に作者の松田正隆氏とポスト・パフォーマンストークをしたのだが、その時はもちろんのこと、まだ落ち着かない。とにかく今でも作品のイメージが乱反射していて、とても手に負えない気がする。それほどインパクトの強いものであったのだ。

舞台上方からは何本ものロープが吊られていて、その先にクリップがついている。
舞台の中央に朽ちたコンクリートの柱が二本立っている。床にはゴミのような古い扇風機やデスクライトなどがぽつぽつと散らばっている。

四人の娼婦が柱の裏から登場し、各々ポーズを取り、舞台が始まる。旅行鞄を持った男が登場すると、彼女たちは誘うように衣服を脱ぎながら柱の影に消えていく。すると、二人の男が現れて、旅行鞄を持った男を羽交い締めにしてナイフで刺す。刺された男は叫びながら倒れる。その叫び声に誘われるように異国の服(薄汚れたローブ)をまとったような女たちが倒れた男の服を脱がしながら、口々に叫ぶ。「熱湯ルーレット」「われらのザーメンアイドルさなえちゃんがアナルバイブを差し込んだまま熱湯に入る様は涙なしには見られません」「パンチラから乳首、乳輪まで薄い体操着でバッチリです」等。彼女たちの嘆くような、悶えるような様とまるで日本語でないような叫び方に、こちらも引き攣った笑いがこみ上げてきた。

その後刺された男は生き返り、彼を殺した二人の男が結成した鼓笛隊の行列に加わる。鼓笛隊とは言ってもおもちゃの太鼓や笛やラッパを持ちながらも奏でることもなく、口でタッタカ、ヒューヒュー、プッププ言うだけなのだが、とにかく、彼らは勇ましく行進する。どうやら彼らは測量士でもあるらしい。

鼓笛隊が練り歩く間に、様々な架空の都市の報告や証言がされていく。報告や証言と言っても全てが意味のある言葉で行われるわけではない。時には意味のない叫び声が混じっていたりもする。血液都市、車窓都市、分娩都市、移送都市、亡霊都市/原爆都市、天使都市/郷愁都市、戦争都市、声紋都市と風紋砂漠、写真都市、秘密都市。舞台上の俳優たちは住民や移民、測量士となって様々な都市の報告や証言を繰り返す。同時に彼らは、舞台上に置かれている様々ながらくたを布に包み、天井から垂れ下がったロープに吊っていく。さらに鉄のレバーを引くような音と共に、映像(静止画)が二本の柱に映し出される。古い集合写真であったり、宗教画であったり、映画の1シーンであったり、ベンヤミンの引用であったりするのだが、いつそれが映し出されたかほとんど覚えていない。ただ作品全体を思い返したときにそれらが記憶に刻まれていることを知るのである。いや、映像のみでなく、同じことがそれぞれの舞台上のシーンについても言えて、どの順番でどの都市の報告があったかはあまり覚えていない。繰り返される都市の報告と証言、そしてぐるぐるまわる鼓笛隊の行進が続くのだ。順序に沿った物語はここにない。

「Cryptograph」公演1

「Cryptograph」公演2
【写真は「Cryptograph」公演から。撮影=竹崎博人 提供=マレビトの会 禁無断転載】

イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』におけるマルコ・ポーロの報告をモチーフにしているのは明らかである。しかし、都市の名前はやけに生々しいし、報告は夢の中の出来事のようだし、証言はスパムメールにあるような欲求不満の女を騙った自己紹介文のようで、まさに「暗号」の洪水である。マルコ・ポーロの報告を聴いているフビライ・ハンのように観客もそれらの情報を組み立て、自分なりのいくつかの都市の形を想像する。いくら、架空の都市の報告とは言っても、私たちはこれらの都市と自分たちが無関係ではないという錯覚に襲われる。

亡霊都市/原爆都市の報告はこうだ。
「私の記憶の中の街には幽霊ばかり棲んでいて、隣近所みんな幽霊だから彼らは自分が幽霊であることに気づかないでいるのだと思う。(中略)居間の卓袱台で朝御飯を食べていると、お味噌汁をついでいた母がいきなり消えたり、弟が飴のように溶け始めたり、新聞を開いたままの格好で父が背景から滲み出るように出現したりする。何故かセピア調の父だ。座敷の鏡台の前で白黒の姉が口紅をひいている。その街では消えたまま三日ぐらい戻ってこなければ死んだとみなされる。」

この亡霊都市/原爆都市の報告は、広島・長崎を想起させる。しかし、これは架空の都市でもある。ここには「フィクション」と「歴史」の接点のようなものがある。現在形のドラマにしてしまうと過剰で嘘くさく、過去の事実の記述で終わると距離が遠くなるようなもの。報告が終わるごとに布にくるまれ吊されるがらくたは、接点としてのリアリティーを担保しているのだろう。亡霊都市/原爆都市の場合は、それは遺品のように見えるかもしれない。ただ、重要なのは「かもしれない」ということで、この絶妙な距離感を確保するために、報告という方法が選択されたのだと思う。この演出の手法は、劇中で話す以下の会話でも代弁されていると感じた。

刺された男=測量士A(途中でそう呼ばれる)は、狩人グラフスに会い、「尺度はお前の身体だ」と告げられる。測量士Aは秘密都市で横たわる人間たちに寄り添うようにして言う。
「あなたたちは私とさほど変わりありません」
そして、移民がまた移動を開始すると、このような会話をする。
「測量するものは、測量できないから、測量しないのか、測量士であることを保持しながらも、おまえは測量できない、この街では」
A「なにを測量するのでしょう」
「そうではなく、測量士であることに耐えられるかどうかということさ、おまえが。そうでなくとも、ああ、おまえは測量士なんだ。けれど、お前はどの都市も測る術がない、尺度もない。どうする」
A「測量士である必要のない私は、だがしかし、測量士です」
「どうしてそんなことになってしまったか」

測量する対象が同じ人類であるという一般性から他者の記憶・記録に没入しようとする態度と、そうは言っても他者の記憶・記録はその人固有のものであるために、没入することを断念せざるを得ない態度、つまり「私たちはかつてそこで生活していた人々がいたことを知っている。それは私たちと同じような人々であった。しかし、それは私ではないので私の尺度で捉えていいものだろうか」というジレンマがこのような「報告する演劇」という手法を産み出したのであろう。

そして、そのジレンマこそがクリプトグラフ(暗号=秘密)の地盤となっている。「言語」の一般性と固有性、また、公用語と母語の関係でもいいが、そこから翻ってスパムメールや意味のない叫び声やどもりながら発せられる意味のある言葉全てが、クリプトグラフ(暗号=秘密)として浮かび上がってくる。ジレンマを体現している俳優の身体はクリプトグラフ(暗号=秘密)の解読と誤読の中でのたうち回る。秘密都市の住民である移民が繰り返す、
「言おうとしないことを許してください」
という言葉(ジャック・デリダの引用)は作品全体を貫く言葉として登場する。この言葉を否定神学のように捉えるのではなく、つまり、「言うことが出来ないからこそ価値がある」というふうに捉えるのではなく、もちろんそれもあるかもしれないが、そもそも「暗号=秘密」を「暗号=秘密」(受け取った本人には意味がわからないもの)のまま受け取ってしまったために言おうにも言えないという滑稽とも恐怖とも言える状態として捉えるべきであろう。それは狂気に一歩近づくことを意味する。

そして、また測量士Aは刺し殺され、遺留品と共に布に巻かれてロープに吊られる。娼婦たちはDDTを散布され、消えていく。測量士Aを殺した二人はアラバマソングに合わせてダンスを踊る。終わり。

終幕は見事だった。それを描写できないのは私の能力不足であるが、あえてこぼれおちたままが良いとも思う。あの密度は舞台を観ることでしか味わえないものだから。とか書きながら私自身、「暗号」を受け取って解読できないままに「確かに受け取った」と興奮しているわけだ。
* 参照:戯曲『クリプトグラフ』(松田正隆)
* ポスト・パフォーマンス・トーク(10月20日、松田正隆×松井周)において、松田氏から得られた情報も本稿の参考にさせていただきました。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第66号、2007年10月31日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
松井周(まつい・しゅう)
1972年東京生まれ。明治学院大学社会学部卒。1996年俳優として劇団青年団に入団。その後、劇作と演出も手がける。「通過」、「ワールドプレミア」が日本劇作家協会新人戯曲賞入賞。青年団所属。「サンプル」主宰。
・wonderland掲載の劇評一覧 http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/matsui-shu/

【上演記録】
マレビトの会『Cryptograph』(クリプトグラフ)
アトリエ劇研(2007年10月19日-23日)
作・演出/松田正隆

出演:
武田暁
山本麻貴
枡谷雄一郎
F・ジャパン
山口春美
牛尾千聖
宮本統史

スタッフ:
舞台美術/奥村泰彦
照明/福山和歌子(真昼)
音響/宮田充規
映像/山田晋平、遠藤幹大
衣裳/堂本教子 衣裳助手/権田真弓
舞台監督/夏目雅也
演出助手/米谷有理子
宣伝美術/イトウユウヤ
制作/橋本裕介、森真理子、小倉由佳子

助成:
財団法人セゾン文化財団(マレビトの会2007年度の活動に対して)
京都芸術センター制作支援事業
日本芸術文化振興会 舞台芸術振興事業

主催:マレビトの会/NPO法人劇研
料金:一般 2,500円 学生&ユース 2,000円〈当日券は各300円UP〉

▽カイロ・京都・北京・上海の4都市ツアー
カイロ公演[カイロ国際実験演劇祭 参加]
■日程(2007年)
9.5(水)21:00-
9.6(木)21:00-
■会場
MIAMI THEATER
■助成
国際交流基金
■カイロ国際実験演劇祭について/http://www.cdf.gov.eg/Arabic/exp_theater/index.html
http://194.79.103.179/exp_theater/get_data_e2007.asp?id_pre=235

▽中国公演(北京国際演劇祭/越界フリンジフェスティバル 参加 )
■日程(2007年)
・北京12.7-9日
・上海12.13-14日
■会場
・北京【会場:Post-Sars Theatre(ナインシアター)】
・上海【会場:Down-Stream Garage】
■助成
平成19年度文化庁二国間交流支援事業

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