新国立劇場「たとえば野に咲く花のように」

◎精妙に書き込まれた戦後日本の物語を堪能
今井克佳(東洋学園大准教授)

「たとえば野に咲く花のように」公演チラシ新国立劇場はどこへ行くのか。演劇部門の芸術監督が栗山民也氏から、鵜山仁氏に変わった最初の企画、「三つの悲劇 ギリシャから」はどうも迷走しているようにしか思えない。前号で葛西李奈氏が好意的にとりあげているが、私としては、第一弾の「アルゴス坂の白い家」は鵜山氏自身の演出作にもかかわらず、あまり感心しなかった。

中劇場の広い舞台空間をこけおどし的な演出で使いあぐねた感があったし、脚本もあまりセンスのいいものとは思えなかった。役者の力量にもばらつきがあったし、観客の入りも悪かった。いったい、こうした地味な企画は、新国立劇場であれば、小劇場で打つのが適当であろう。栗山時代ならそうしたはずだ。それに加えて全17回公演のうち、ソワレが5回しかなかった! あとは昼公演ばかりなのだ。まるで社会人や若者を劇場に呼ぼうという気がさっぱりないかのように。あまりに意図の読めない企画に疑問の念を禁じ得ないまま、しかし三作通し券を買ってしまっていた私は、第二作「たとえば野に咲く花のように」に足を運んだ。こちらもまた17回公演のうちマチネが12回、ソワレが7回である。

中劇場の大空間に、小劇場に収まるだろうリアルなダンスホールのセットが配置されていて、やはり奇妙な感を受けたが、一作目とは異なり、作品としてはよくまとまっており、ほっとした。客入りも1作目よりはよかった(どちらもマチネ公演を観劇)。演出が鈴木裕美、戯曲が鄭義信ということでオーソドックスだが手堅く緻密な作品となっていた。ギリシャ悲劇の「アンドロマケ」、そしてその翻案であるラシーヌの「アンドロマック」を下敷きにしつつ、朝鮮戦争時の北九州を舞台にしている。

朝鮮半島を捨てて日本に来たらしいダンスホールの女給の一人、満喜(七瀬なつみ)は、日本の兵士として死んだ婚約者のことが忘れられない。ライバル店のオーナー康夫(永島敏行)は、そんな満喜に自分と「同じ目」を見て、ぞっこんになってしまう。康夫は過酷な南方戦線を生き延びて帰還した元兵士だ。康夫の婚約者、あかね(田畑智子)は康夫の心変わりが許せず、つきまとい嫌がらせを続ける。あかねを恋い慕う、康夫の部下直也(山内圭哉)に、あかねは康夫を殺せとさえいうのである。

この「四角関係」が、原作であるギリシャ劇の構造を引き継いでいるのであるが、それを知らなくても十分、戦後の日本の物語として、堪能できるのは、歴史的状況が精妙に書き込まれているからだろう。たとえば、ホールの常連である菅原は、海上保安庁に勤めているが、アメリカ軍の意向により、掃海艇で朝鮮半島の機雷処理に赴く。アメリカの上陸作戦を容易くするためである。この任務は平和憲法の手前、秘密裏に行われ、隊員から死者が出ても公にはされない。昭和二十年代の事件は、はからずも最近の政治状況ともリンクして、日米関係の暗部を考えずにはいられない。

またひっきりなしに飛ぶ戦闘機の爆音が、朝鮮戦争の影を常に落とし、満喜の弟、淳雨(大沢健)は米軍に物資を売って儲ける康夫を嫌悪し、反戦活動に入り込んでいく。この淳雨や菅原にも慕う女給がそれぞれおり(梅沢昌代、三鴨絵里子)、恋愛模様が描写される。こうした傍役たちは皆、個性的でみていて楽しい。

紀元前のトロイア戦争を太平洋戦争に置き換えたかたちで、戦争によって人生を変えられてしまった人々の、悲しみをかかえた生き様を描くのだが、そこに現れる「激情」はやはりギリシャ悲劇のものだ。このとりあわせは、日韓の血塗られた関係と戦争の悲惨を背景にしたことによって、比較的違和感なく受け入れることができた。しかし、そうであるからこそ、女給たち三人が皆妊娠して母になっていくといった、安易な結末には導いてほしくなかった。それは「らしくない」。

復讐が復讐を呼び、憎しみが永遠に連鎖していくギリシャ悲劇の救いのなさは、大戦後も、現代であっても、現実に存在しているはずなのに、第一作も悲劇を悲劇にできない家族を描き、第二作もまた悲劇を成立させようとはしない。「らしくない」と思う。20世紀も21世紀も、底深い「悲劇」は消え去っていないのではないか。(もし悲劇がないというなら、それは悲劇に慣れきってしまった人間の愚かさの謂いかもしれない。)

私のみた回では上演後に「シアタートーク」が開催され、出演者全員と演出家が参加した。そこで、やっと気がついたのだけれど、このシリーズ、ギリシャの円形劇場をイメージしたくて、中劇場に設定したのではないだろうか。もともとは三作共通の装置をおきたいというもくろみがあったが、あまりにも三作の世界観が違いすぎて、共通のセットは作れなかった、と演出家が言っていたのだ。

新国立劇場は、訳知り顔の学者や暇を持て余すご婦人向けの演劇博物館ではなく、生きた新しい演劇作品の誕生する場所であってほしい。そして、次世代を担う若い演劇人と演劇鑑賞者の出会いと創造の場であってほしい。それでこそ多額の税金をつぎ込む価値があるというものだ。新芸術監督の手腕を今後、期待していきたいと思う。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第68号、2007年11月14日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
今井克佳(いまい・かつよし)
1961年生まれ、埼玉県出身、東京都在住。東洋学園大学准教授。専攻は日本近代文学。演劇レビューブログ「Something So Right」主宰。
・wonderland 寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/a/imai-katsuyoshi/

【上演記録】
新国立劇場開場10周年記念フェスティバル公演「たとえば野に咲く花のように-アンドロマケ-」(「三つの悲劇」―ギリシャからVol.2)
新国立劇場中劇場(2007年10月17日-11月4日)
http://www.nntt.jac.go.jp/frecord/updata/20000025.html(舞台写真 撮影:谷古宇正彦)

スタッフ:
作 鄭義信
演出 鈴木裕美

美術 島 次郎
照明 原田 保
音響 友部秋一
衣裳 宮本宣子
ヘアメイク 西川直子
振付 前田清実
殺陣指導 川原正嗣、前田 悟
方言指導 明石 良
演出助手 城田美樹
舞台監督 村田 明
総合舞台監督 矢野森一

芸術監督 鵜山 仁
主催 新国立劇場

キャスト:
七瀬なつみ
田畑智子
三鴨絵里子
梅沢昌代
永島敏行
山内圭哉
大沢 健
大石継太
池上リョヲマ
佐渡 稔

シアター・トーク:
【日時】 10月23日(火)終演後
【会場】 新国立劇場 中劇場
【出演】 鈴木裕美(演出)、七瀬なつみ、田畑智子、永島敏行、山内圭哉ほか
【司会】 堀尾正明(NHKアナウンサー)
【料金】 無料(本公演チケットをご購入の方)

入場料:
S席7,350円 A席5,250円 B席3,150円 Z席1,500円


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