新国立劇場「アルゴス坂の白い家-クリュタイメストラ-」

◎悲劇の背後にある悲劇 舞台から滲む矛盾と葛藤
葛西李奈(フリーライター)

「アルゴス坂の白い家」公演チラシ悲劇を描くことには、どんな意味があるのだろうか。劇場をあとにしながら出てきた疑問は、それだった。わたしは、悲劇をながめながら、涙する。そして、自分の身を振り返る。「この状況よりはマシな現実を生きているわ」と、ホッと胸をなでおろす。いまのシアワセをかみしめ、日々を大切に生きていこうと思う。しかし、それができるのは、物語が必ず終わりをむかえるという安心感があるからだ。世界で起きている悲劇は、決して、何ひとつ、終わっちゃいない-。何度も何度も、ギリシャ悲劇のスジから脱線する登場人物たち。彼らは懸命に、その事実を、わたしに伝えつづけているようだった。

「アルゴス坂の白い家-クリュタイメストラ-」は、鵜山仁新芸術監督の「三つの悲劇」三部作の第一弾だ。脚本が、川村毅。演出は、鵜山仁。この三部作では、ギリシャ悲劇の登場人物である三人の女性(母・妻・娘)に焦点を当てるとのこと。今公演の核となるのは、母であるクリュタイメストラだ。ギリシャ悲劇をそのまま扱うのではなく題材として現代演劇を上演しようとしている家族が、描かれている。

女優である母、クリュタイメストラと映画監督である父、アガメムノン。クリュタイメストラは、アイギストスという愛人がいる。アガメムノンには、カッサンドラという愛人がいる。三人の娘と一人の息子は、両親の影響により、それぞれ内面に歪みを持ち合わせている。クリュタイメストラが、アガメムノンを殺し、実の子供に殺されるのであれば、ギリシャ悲劇そのものだ。しかし、この舞台では、そうはいかない。登場人物たちは、悲劇を遂行することができず、悩み苦しむ。じつはアイギストスが性的に不能で、クリュタイメストラと関係を持つことは不可能だということ。息子であるオレステスが、性転換をして女性として生きていること。本来のギリシャ悲劇にはありえない展開が、勃発する。それでも母は、なんとか悲劇を終幕にむかわせようとする。さまざまな戸惑いが積み重なり、最終的には、お互いに殺されるフリをすることになる。…という、なんとも滑稽な姿が、観客の前にさらされるのだ。

この一見、滑稽な流れの背後には、世界中の殺し合いの様子が見え隠れする。アガメムノンの撮っている映画は、戦争映画。その映画に魅せられ、兵士を志願したオレステスの友人ピュラデスが、足を失くして帰ってくる。「どうしてくれるんだ」と訴えかける彼の言葉の前に、何もできない登場人物たち。とにかく物語としての悲劇を成立させることに必死で、彼のことはおかまいなしという状態になってしまっていたのだ。わたしはこの点に、作・演出の意図を感じた。いったい何のために、悲劇は描かれるのか?悲劇の裏の悲劇を目にしないための、時間かせぎなのではないか?そんなメッセージがあるように、わたしには思えた。

そして興味深い点は、ギリシャ悲劇の原作者であるエウリピデスが出てくるところだ。事故で命を落とした劇作家、島岡に劇作術の伝授を頼まれるのだが、そのお願いに対するリアクションが面白い。エウリピデスというと、とても重厚な雰囲気を身にまとったイメージがある。しかし、小林勝也の演じるエウリピデスは、とても「ひょうひょう」としているのだ。まるでホームレスのようなボロボロの服を着て、飲んだくれながら、紙に筆を走らせている。まず最初に、彼のギャップに興味を惹かれるという点が、この公演の魅力のひとつだろう。母を演じた佐久間良子のさすがの存在感にも、魅せられた時間だった。

結末をむかえる芝居と、終わらない悲劇。これからわたしたちは、何をすべきなのか。作・演出のお二人が、演劇における可能性を模索していることが、伝わってきた。それゆえに限界や矛盾を感じていることも、あるのだろう。その状況をまざまざと見せつけられた気がした。(2007.10.24)
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド第67号、2007年11月7日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
葛西李奈(かさい・りな)
1983年生まれ。2006年、大学卒業と同時に、フリーライターとして活動を開始。在学中より、プレイバック・シアターと呼ばれる、インプロの要素を含んだ心理劇の活動にたずさわる。2007年6月、プレイバック・シアター実践リーダー養成プロジェクト修了。2年間にわたり、リーダーシップやヒューマン・インタビューのトレーニングを積み重ねる。現在は、その経験を生かし、インタビュー&ライティングの仕事を増やしている。wonderland執筆メンバー。
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ka/kasai-rina/

【上演記録】
アルゴス坂の白い家-クリュタイメストラ-」
新国立劇場開場10周年記念フェスティバル公演「三つの悲劇」-ギリシャからVol.1
新国立劇場中劇場(2007年9月20日-10月7日)
http://www.nntt.jac.go.jp/frecord/updata/20000022.html(舞台写真集)
作:川村毅
演出:鵜山仁

キャスト:
佐久間良子
小島 聖
李 丹
山田里奈
篠崎はるく
磯部 勉
有薗芳記
山中 崇
松本博之
中村彰男
石田圭祐
小林勝也

スタッフ:
作 川村毅
演出 鵜山仁

美術 島次郎
照明 服部基
音楽 久米大作
音響 上田好生
衣裳 原まさみ
ヘアメイク 宮内宏明
演出助手 上村聡史
歌唱指導 伊藤和美
振付 前田清実
舞台監督 北条孝
総合舞台監督 矢野森一

芸術監督 鵜山仁
主催 新国立劇場

料金:S席7,350円 A席5,250円 B席3,150円

シアター・トーク:司会:堀尾正明NHKアナウンサー
9月26日 鵜山仁(演出)、川村毅 ほか


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