◎シェイクスピアとシャーロック・ホームズを楽しむ
中西理(演劇コラムニスト)
エジンバラはスコットランドの首都である。日本では英国といえばイングランドもスコットランドも一緒くたにされてしまいがちだが、現地に行ってはっきり分かるのは、スコットランドにはイングランドとはまったく違う国民意識や愛国心があるということだ。「マクベス」はシェイクスピアの代表作品であるがこれがスコットランドの王位争いを巡る物語であることはとりわけこのエジンバラ演劇祭では強く意識されている。ご当地ものということもあって、毎年、この作品はさまざまなカンパニーがさまざまな工夫を凝らした演出で上演。華を競っているのだ。
旧東ドイツで活動した劇作家・演出家のハイナー・ミュラー作品を5団体が上演する「
開演前の舞台を見つめていて、ふと香月泰男という画家の絵を思い出した。過酷なシベリア抑留体験から生まれたいわゆる「シベリアシリーズ」の作品の一つに、暗い色調の骸骨のような人間の顔が壁のように並んでいる絵があった。あれは死者の顔ではなかったか。
とくお組は今回初見。
今回からはエジンバラフェスティバルズのもうひとつの中心であるフリンジフェスティバル(
今年は近代演劇を切り開いたと言われるノルウェーの劇作家イプセンの没後100周年に当たり、11月には関連のシンポジウムや作品上演など特色ある催しが各地で予定されています。
劇作家に限らず、物書きと呼ばれる人には、書きたいこと、書こうとしていることとは別に、書かざるを得ないことや書かなければならないことがあるように思う。「初日までの日数がもうないから書かなければならない!!」とか、「編集者にずっと睨まれているから書かざるを得ない!!」というとても世知辛い外からの要因もあるかも知れないが、物書きの心の内から要請される物事があるはずである。その、書かざるを得ない、は書く内容についてもあるだろうし、どのように書くかということもある。関西人にあてはめれば、ボケとツッコミの会話にせざるをえない、オチのある話でなければならない、というところだろうか。