三条会「綾の鼓」

◎団塊ジュニア世代の「ニヤリズム演劇」  鳩羽風子(新聞記者、演劇評論)  三島由紀夫が割腹自決を遂げたのが1970年。その2年後に、今回取り上げる『綾の鼓』を演出した関美能留は生まれた。私も同い年だ。「三島」が既に歴史 … “三条会「綾の鼓」” の続きを読む

◎団塊ジュニア世代の「ニヤリズム演劇」
 鳩羽風子(新聞記者、演劇評論)

 三島由紀夫が割腹自決を遂げたのが1970年。その2年後に、今回取り上げる『綾の鼓』を演出した関美能留は生まれた。私も同い年だ。「三島」が既に歴史となっていた同世代が、彼の作品をどう受け止め、今の時代にどう映すのか興味があった。

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Monochrome Circus「The Passing01-03 WASH」

◎内と外が激しく渦巻くイメージ 全体を貫くのは意味世界かダンスか  藤原央登 (劇評ブログ「現在形の批評 」主宰)  己が身体を拠り所に世界のある断面を切り取り、そこに全てを凝集し且つ抽象化を施して、舞台上に書き付ける。 … “Monochrome Circus「The Passing01-03 WASH」” の続きを読む

◎内と外が激しく渦巻くイメージ 全体を貫くのは意味世界かダンスか
 藤原央登 (劇評ブログ「現在形の批評 」主宰)

 己が身体を拠り所に世界のある断面を切り取り、そこに全てを凝集し且つ抽象化を施して、舞台上に書き付ける。パフォーマンスやコンテンポラリーダンスの担い手とはいわば身体を一つの焦点に、世界全体のバイアスを進んでまるごと引き受ける者のことを差す。時として文字(台詞)の意味内容から構成されるテクストが紡ぎ出す文脈以上の直截性を持ち得るのは、身一つで茫漠とした荒野にそれでも立ちつくそうとする意志を滲みだす身体の純化された姿があるからだ。その身体が書き記す様々な手つきが批評となるからこそ、「同時代」と冠されたことの価値へと接続されるのだろう。京都を拠点に海外でも活動するモノクロームサーカスの公演を、この点から即してみると、いまひとつ納得し難いように思われた。

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ハポン劇場「人喰★サーカス」

◎高架下の万華鏡空間 生命の継承、芸の継承
鳩羽風子(新聞記者、演劇評論)

「鶴舞高架下に、サーカス小屋現る!!」。そんなコピーが踊る公演チラシを目にした。寺山修司が好きで演劇にはまった私は、すぐに「観に行ってみよう」と思った。チラシからして、誘い込む不思議な引力があった。

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急な坂スタジオプロデュース「Zoo Zoo Scene(ずうずうしい)」

◎虚実がバランスよく混在 動物園で「動物園物語」
藤田一樹(ウェブログ「The review of Kazuki Fujita」主宰)

「Zoo Zoo Scene」公演チラシ「動物園で動物園物語」-。そんな夢のような企画に多くの人が期待を抱いたのではないだろうか。舞台芸術の創作活動の場として使用される急な坂スタジオと、その目の前に位置する野毛山動物園とのタイアップとして発案された今回の公演。創作者として白羽の矢がたったのは、「誤意訳」というスタイルで翻訳劇の新たな可能性を広げている中野成樹氏。急な坂スタジオのレジデンシャル・アーティストを務めながら、「中野成樹+フランケンズ」という翻訳劇専門のカンパニーを主宰している注目の演出家だ。彼が上演戯曲に選んだのは、エドワード・オールビーの代表的な不条理劇「動物園物語」。今回は企画の話題性だけでなく、この戯曲の新しい方向性を明確に示したという意味で、非常に意義深い上演だった。

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鹿目由紀「不惑と窓枠の行方」

◎女性の心理を重層的にあぶり出す 「不惑」と「窓枠」を使って
鳩羽風子(新聞記者、演劇評論)

「劇王」チラシ1、上演時間20分の制約の下で

劇作家に与えられた上演時間はたったの20分。その制約の下で一体、どこまで表現できるのか? そんな興味を持って足を運んだのが、愛知県の長久手町文化の家で開かれた「劇王Ⅴ」というイベント。日本劇作家協会東海支部が毎年、プロデュースしており、今回で5回目を数える。

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悪い芝居「なんじ」

◎相互理解への疑義と不信 観客の挑発から次なるステージを
藤原央登(「 現在形の批評 」主宰)

「なんじ」公演チラシ開演前の劇場で流れていた尾崎紀世彦の『また会う日まで』。客入れ音楽のみならず、随所に挿入歌として使用される歌謡曲が未経験のノスタルジーを喚起し、それと共に原色鮮やかな照明と有り余る身体の力をバカバカしい笑いとギャグへ接続して駆け抜けてゆく悪い芝居の劇世界は、そのセンスの良さに反し、演劇を志向する自己と刹那の享楽を求めて観客席に座る我々への冷めた視線によって早くも一つの文体を獲得している。この根底に流れる基本テーゼこそ、この集団が他の若い集団と峻別した意識の高さの発露となっているのだが、舞台を観ながらではなぜ彼らは演劇というジャンルで表現活動をしているのか、なぜ演劇でなければならなかったのかということを考えさせられた。

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「ヤン・リーピンのシャングリラ」

◎滅びゆくものは美しく、喪われたものだから懐かしい
文月菖蒲(古書・骨董研究家)

「ヤン・リーピンのシャングリラ」公演チラシ東京渋谷のBunkamuraで『ヤン・リーピンのシャングリラ』は喝采をもって迎えられた。同時期、チベットでは2008年3月10日から始まったデブン寺の僧によるデモを発端として大規模な暴動が発生し、中国政府への抗議活動と中国政府による鎮圧行動が続いている。華やかな祭典、北京オリンピックを目前に控え、中国における少数民族のあり方が改めて注目されている。それは中国が大国だからこそ人道的であるべきだという理論よりも、アメリカを中心とした近代感覚が無意識に抱いている、文化・歴史への強い憧憬に近い。

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ジェットラグプロデュース「投げられやす~い石」

◎お前の頭の中にある俺は、俺ではない 才能をめぐる残酷な物語
文月菖蒲(古書・骨董研究家)

「投げられやす~い石」公演チラシこれは「才能を傍でみているもの」の物語だ。
かつて天才ともてはやされ、美大生「山田」の憧れだった級友「佐藤」は失踪から2年、変わり果てた姿を見せる。「佐藤」の元カノで今は「山田」と結婚している「美紀」をまじえ、才能を失ったもの、才能が元からなかったもの、才能を愛したものという三様の人間を描き、岩井秀人(作・演出・主演/ハイバイ)は残酷な物語を作り上げた。

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地点「話セバ解カル」

◎痛ましい精神風景としての身体 過剰さを自覚的に受け続ける  藤原央登(『現在形の批評』主宰)  「話セバ解カル」の惹句は、5.15事件で海軍将校に暗殺された宰相・犬養毅最後の言葉であったことは広く知られている。夢想する … “地点「話セバ解カル」” の続きを読む

◎痛ましい精神風景としての身体 過剰さを自覚的に受け続ける
 藤原央登(『現在形の批評』主宰)

 「話セバ解カル」の惹句は、5.15事件で海軍将校に暗殺された宰相・犬養毅最後の言葉であったことは広く知られている。夢想するイデオロギーを胸に秘め盲目的に駆られた者にとっては、対話による第三の道を導き出そうとする知的営為など存在しない。我が命を救うことが大命題だったはずだが、犬養はこの一瞬間後に射殺さるやもしれぬ状況においても泰然たる構えで、言論による真正面からの説得を試みようと懐柔策に打って出たという。この時の逼迫した緊張状態とは、離反する互いの思惑が支えとなったまさに命を賭した対立のドラマである。だが結局、何を「話シテモ解カラナイ」結果を生み出した。とりわけ今の時代に演劇を志向しようとすれば、この困難な認識からしか何も生まれなく、また始められないのではないかと思わされる点でこの題目はとりわけ重要な意味を持っていると私は思う。

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悪い芝居「ベビーブームベイビー」

◎社会=他者関係を結ぶ鍵を模索 演劇と自分を思想する志の高さ  藤原央登(「現在形の批評 」主宰)  山崎彬が率いる悪い芝居の紡ぎ出す劇世界は極めてリアリスティックであるという一点においてこの集団は重要である。

◎社会=他者関係を結ぶ鍵を模索 演劇と自分を思想する志の高さ
 藤原央登(「現在形の批評 」主宰)

 山崎彬が率いる悪い芝居の紡ぎ出す劇世界は極めてリアリスティックであるという一点においてこの集団は重要である。

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