◎演劇とダンスと人生−多田淳之介演出「RE/PLAY(DANCE Edit.)」をめぐって
木村覚

例えるなら、魚を水槽に放ったとして、その水槽と魚の関係がこの作品における演劇とダンス(ダンサー)の関係であった。多田淳之介の『RE/PLAY(DANCE Edit.)』は見終わった瞬間、いや見ている間も、非常に挑戦的な、ゆえに考察するに値する作品だとぼくの目に映った。演劇がダンスを取り込む。それは昔から行われてきたことではある。幕間で役者たちが踊るなんて使い方はかねてからありふれていたが、岡田利規が登場して、その独特な台詞回しのみならず役者たちの奇妙な身体運動に注目が集まり、果てはコンテンポラリー・ダンスの一大イベント、トヨタ・コレオグラフィーアワード(2005)に出場するなんてことが起きてからというもの、演劇とダンスは別物と考える思考は明らかに「古く」なった。
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最近の「エンタの神様」(日本テレビ系列のお笑い番組)はすごい。何がか、というとつまらなさにおいてすごいのである。「爆笑の60分!笑いが止まらない」と冒頭にキャプションがあらわれるのとは対照的に、圧倒的に笑えない60分。以前からそうだったともいえるが、このところ笑えない程度が極まっているように見える。お笑いブーム末期という現状を象徴的に映像化しようと目指しているのか?と勘ぐりたくなるほどに、次々と登場する芸人は、どこかでかつて見たような(そしてもはや誰もがすでに消費してしまった)ネタと形式をなぞってゆくばかりで、ネタの個性はキャラ設定以外ほぼない。笑いのマニエリスム(マンネリズム)。笑えない笑いを笑う。いや、視聴者はもう通常の意味では笑っていないだろう。それでも番組は堂々と続行している。それは大いなる謎だ。その謎において「エンタの神様」は、いま見るに値する番組である(少なくともぼくのなかで)。
ハイバイ(岩井秀人)が2005年に上演した同名作品のリミックスである本作は、単なる翻案とは言い難いし、ましてや岩井戯曲の単なる再演ではない。ハイバイ版の骨組み、どうしようもない男ヨシヒロとヨシヒロを愛するヒドミとヒドミを愛する幽霊(三郎)という3人の登場人物の力関係を、ほぼそれだけを活用して、それ以外のほとんどすべてを北川陽子が仕上げた、それ故に、限りなくオリジナルと言ってよい戯曲の舞台である。
まず、ロケーションのチョイスが素晴らしかった。目白の赤鳥庵は、駅から高級住宅街を五分ほど歩くと突如現れる目白庭園の一画にあり、都心にいることを忘れてしまう静かで美しい空間だった。夜の回もあったのだが、室内に差し込む午後の光とともに見られて、昼の回でよかった。畳敷きの一室が、舞台と客席を兼ねている。受付で渡されたお茶とお菓子の小箱に手を伸ばし、しばらく開演を待つ。座布団に座って、廊下を隔てた窓から外を見渡せば、池に錦鯉が遊んでいる。時折、和装のダンサー四人たちもあらわれて、本番前にもかかわらず、観客の相手をしたり談笑したりしている。
3月の上旬に行われた「The Very Best of AZUMABASHI」の話をする前に、ひとつ寄り道をしておきたい。