#0. 劇評と劇(場)の概念について

未来社のPR誌『未来』の2005年9月号が、舞台芸術関連の記事を二本載せている。そこから、このあいだの『ユリイカ』「小劇場」特集、についても触れつつ、劇と劇場、の概念についてちょっと考えてみたい。

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仏団観音びらき「女殺駄目男地獄」

相変わらずスゴい公演タイトルです。
大阪出身の劇団、仏団観音びらき第5回公演が
アリスフェスティバル2005に参加しました。

歌あり、ダンスあり、笑いあり。ド派手な舞台で扱われるのは、
見て見ぬフリが出来ない女性の醜態の数々。

前回公演の「女囚さちこ」のときも書きましたが、
その開き直った潔い姿勢にあっぱれ!であります。

以下、「女子大生カンゲキノススメ」をご覧ください。


蜻蛉玉「ニセS高原から」

いま、話題の(?)「ニセS高原から」。私は現在のところ「蜻蛉玉」組と「三条会」組に足を運びました。あとの二つはスケジュールの関係でかなり後になる予定。まずは「蜻蛉玉」バージョンについてまとめてみました。

蜻蛉玉「ニセS高原から」


猥雑な『天保十二年のシェイクスピア』

舞台の途中で拍手が起こり、休憩前にも拍手があって、と観客席が沸(わ)いた『天保十二年のシェイクスピア』。文字通り、シェイクスピアの作品を江戸期のバクチ打ちの日常に移し換え、ことば遊びも巧妙に盛り込んだ井上ひさしの妙味と、華美な演出から一転して今回は猥雑(わいざつ)さを前面に打ち出した蜷川の手腕が、エンターテイメント性の高い喜劇を生んだ。もしもシェイクスピアがいなかったら、で始まる歌を聴きながら、『ロミオとジュリエット』で商業演劇に転身することになった蜷川は、もし歌詞通りだったら今ごろどうなっていただろうか、という想像も働いて、奇縁を不思議がり、偶然の「産物」を享受した。

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世田谷パブリックシアター「敦 ー山月記・名人伝ー」

はじめまして。このたび執筆陣に加えていただきました、今井克佳と申します。若々しい才能に混じって稚拙なレビューをご紹介するのに忸怩たる思いもありますが、せっかくのお誘いを光栄に思い、参加させていただきました。私が足を運んでいる演劇は、いわゆる「小劇場」とは若干ずれており、公共劇場の演目などが多くなると思いますが、もちろん「小劇場」にも時には足を運んでおります。基本的にレビュー掲載は自前のブログ「Somethig So Right 東京舞台巡礼記」の記事へのリンクとしたいと思います。私の作法として、リードの後に観劇日と上演時間を大まかに記し、そこから後はいわゆる「ネタバレ」の記述となっております。その点、ご了解のうえ、ご覧いただければと思います。

まずは、世田谷パブリックシアター「敦 ー山月記・名人伝ー」 について書きましたので、お読みいただければ幸いです。


ポツドール「ニセS高原から」

こちらにアップするのが遅くなってしまいました。
今回初めて見たポツドールの芝居、三条会とは対照的に
「平田オリザの『S高原から』を見てから見たかった」
と思わせる舞台でした。
評判通りのセンスを感じましたが、あまりに評判どおり過ぎてありがちな評になってしまったのが個人的には悔やまれます。見た人には伝わるだろうけど、それだけじゃなんだか。

 おはしょり稽古より「世界はせまい 世界は同じ」


tpt「道成寺一幕」

 「没後35年、世界につながる三島」-。こんなキャッチコピーでtpt が三島由紀夫の「道成寺」を取り上げました。Webサイトには「ヨーロッパの都市で挑発的な演劇活動を続けている気鋭のドイツ人演出家が、三島由紀夫没後35年の2005年東京で“末世の意識をひそめた”この戯曲の変幻自在性を探る」と書かれています。その「気鋭のドイツ人」はトーマス・オリヴァー・ニ-ハウス。2003年、ボート・シュトラウスの「時間ト部屋」でtpt に初登場した演出家です。

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再見 『戯曲 赤い月』

『赤い月』にこだわっているわけではない。観劇したのが初日であったのと、座席が舞台から離れていたのが、しばらく気になっていた。主演の平淑恵の演技を評価しなかった、というのも頭から離れず、もう一度、観劇することにした。自らの観劇姿勢を問う、という試みでもある。

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蜻蛉玉「ニセS高原から」

わたしの『ニセS高原から』観劇一発目は蜻蛉玉。
本家の「S高原から」をみていない私にとっては、この作品をベースとして
他の作品をみていくことになるわけだが、実はフルで男女キャストを
書き換えていたことに終演まで気付かなかった。

違和感を感じないままに、恋人たちの会話のやりとりに見入っていた、
これは演出家の方にとっては 「してやったり!」という感じだろうか。
蜻蛉玉の演出の島林さんは、わたしとそんなに歳のかわらない女性の方だ。

瞬時に「これは!」と目が冴えるような演出ではないけれど、
じわじわと歪みが空気ににじんで広がるような舞台に翻弄された1時間50分。

以下「女子大生カンゲキノススメ」をご覧ください。