『赤い月』にこだわっているわけではない。観劇したのが初日であったのと、座席が舞台から離れていたのが、しばらく気になっていた。主演の平淑恵の演技を評価しなかった、というのも頭から離れず、もう一度、観劇することにした。自らの観劇姿勢を問う、という試みでもある。
今回は前から3列目の座席だった。俳優の演技が間近で観られて、全体的に水準の高さを実感させられた。ロシア人、中国人、朝鮮人と演じ分けたのにはリアルさが充分にあって、迫真の演技を想わせた。
圧巻だったのは、関東軍参謀の大杉寛治を演じた大滝寛と、森田酒造の従業員・池田を演じた塾一久(じゅく・いっきゅう)である。大滝はアクセントの効いた声調と、鷹揚(おうよう)に構えた立ち居振る舞いによって、品格が生まれ、魅力的な人物として造形されていた。一方、塾は番頭格を想わせる風格で、円熟味のある演技が観ていて心地よかった。ともに、役に乗り移ったかのようであったが、朗々とした発声が身体に響くようで、圧倒され、魅了された。
さて、ここからが書きあぐねた。主人公の波子を演じた平をどう評価するか、である。
率直に云って、初見と同様、演技にそつはないけれども、その迫力に欠けた。なぜ、迫力に欠けたのか。その点を突き詰めて考えていくと、小説との違いに思い当たった。4年前に小説『赤い月』を読んだが、その中で描かれている波子と、今回演じられた波子では、大きな違いが感じられた。思いもよらない人物、というのが小説の波子に対する記憶だった。
自らの観劇姿勢を問う、という試みはまだ終わらない。
【観劇日:1日、座席:D列2番】
(山関英人 記者)