COLLOL「きみをあらいながせ~宮澤賢治作「銀河鉄道の夜」より」

◎主題と変奏のシフトで複数化された物語
中村昇司(雑誌編集者)

COLLOL「きみをあらいながせ」公演チラシきみをあらいながせ。
そのタイトルを聞いて、おかしな言葉だな、と思った。主体と客体がねじれているような違和感がある。きみをあらいながす、のであれば丸く収まったのだが、ここには「きみ」をあらいながすべき「私」(あるいは「きみ」)以外に、もうひとり私にそれを促す私がいる。「きみ‐私1」の関係から「私1‐私2」に、途中で主客がシフトしている。独白か、対話かも知れない、ちょうど曇った鏡に言葉を掛けるような彼此の不確かさをもつ、あやうい言葉だ。

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舞台美術展2007が開催中 現状と課題を考える連続シンポも

舞台美術展2007チラシ舞台美術展2007が15日まで、東京・世田谷文化生活情報センターで開催中です。日本舞台美術家協会(JATDT)主催でほぼ4年ごとに開かれる企画展で、「舞台美術市場」コーナーには舞台装置、舞台衣装、基になったデザイン画、映像など約100点が展示されています。
今回は初の試みとして「舞台美術屋台村」と名付けた連続シンポジウムで、小劇場を中心に舞台美術の仕事の現状や課題を話し合います。
舞台美術市場は世田谷文化生活情報センター生活工房(キャロットタワー4F)で開かれます。入場無料。
舞台美術屋台村は同5Fで午後6時-8時(第7回のみ午後5時から)。一般入場料は各回500円。主な内容は次の通りです。詳しくは、「JATDT 舞台美術展2007」webサイトをご覧ください(http://homepage.mac.com/oshimas/id/)。

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「浮力」(作・演出 北川 徹)

◎今、欲しいのは浮く力。次に欲しいのは、
村井華代(西洋演劇理論研究)

「浮力」公演プログラム1999年以来、(財)地域創造と東京国際芸術祭(TIF)が続けてきたリージョナルシアター・シリーズ。「東京以外の地域を拠点に活躍し、地域の芸術文化活動に貢献している若手・実力派劇団を紹介する企画」(公演パンフより)である。これまでは複数の地方劇団の出張公演のような形だったが、今年度は企画を一新し、「リーディング部門」と「創作・育成プログラム部門」の二部門制となった。前者に参加した団体の中から特に選ばれた一名の作家もしくは演出家が、後者において翌年度TIFでの舞台上演のスカラシップを受けることができるという仕組みだ。俳優やスタッフは在京劇団の中から招集、しかもベテラン演出家がアドバイザーとして後方支援してくれるという。(財)地域創造とTIFは「より質の高い創造的な演劇と芸術文化環境づくりを地域で推進し、全国に発信していくために」(同上)方針を一新したとのこと、それにしても選ばれた当人にとっては夢のチャレンジだろう。

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「The Very Best of AZUMABASHI」と「奥州安達原」に写真追加

すでに掲載している吾妻橋ダンスクロッシング「The Very Best of AZUMABASHI」(木村覚)とク・ナウカ「奥州安達原」(田中綾乃)の公演評に写真を追加しました。いずれも舞台のようすがよく掴める出来映えだと思います。提供していただいた主催側のご協力に感謝します。念のためですが、これらの写真や画像の著作権は撮影者や主催団体にあります。転載など使用希望の際は必ず許諾を得てください。ほかの公演評に掲載した写真なども同様です。無断使用は禁物です。

悪い芝居 『イク直前ニ歌エル女(幽霊みたいな顔で)』

◎徹底したドライな視線 バカバカしい。なんともバカバカしい。観劇しながら常に思ったことである。それは、今年で三年目を迎える若い劇団にありがちで、挑発的でポップなチラシに充満するふざけ具合の通りの印象なのだが、その徹底的な … “悪い芝居 『イク直前ニ歌エル女(幽霊みたいな顔で)』” の続きを読む

◎徹底したドライな視線

バカバカしい。なんともバカバカしい。観劇しながら常に思ったことである。それは、今年で三年目を迎える若い劇団にありがちで、挑発的でポップなチラシに充満するふざけ具合の通りの印象なのだが、その徹底的なバカバカしさが最高でしかも意外にしたたかな手つきをしていることにちょっと驚かされたのだ。それがこの劇団のいつものスタイルで且つ実力によるものなのかは初見であるが故に判然としない。舞台をから感得したこととは、キャラ作りは達者でも演技のアンサンブルという面ではお世辞にも決して上手いとは言えない俳優、我々若い世代の虚構のノスタルジックを喚起させて止まない布施明や尾崎紀世彦といった昭和歌謡の劇中使用、演劇的約束事を平気で異化せんがためのパロディと映像を用いたギャグ(『となりのトトロ』の、雨の日にカンタがサツキに傘を貸すシーン映像にアテレコすることで生じるズレた笑い等)である。こういったくだらなさが全編とおして速射砲のように繰り広げられるダイナミズムさに私はとにかく底知れぬパワーを皮膚感覚で体験したのだ。俳優達と共に汗を流すほどに熱さが充満した要因は確かに気候だけによるものではなかった。

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イディオ・サヴァン「黒縁のアテ」

「黒縁のアテ」公演のチラシイディオ・サヴァン第2回公演「黒縁のアテ」は今年1月末に新宿タイニイアリス劇場で開かれました。だいぶ時間が経ってしまいましたが、小劇場レビュー新聞「Cut In」第58号に掲載された公演評を再掲します。
当日、劇場の前で主宰者がビデオ片手に呼び込みをしている姿を見かけてまずあれっと思いました。なにか仕掛けがあるらしいと思って地下の劇場にはいると、入り口の映像が正面のスクリーンいっぱいに映し出されているではありませんか。新宿2丁目の夜の街-。その漂流感は、手ぶれの激しい映像にぴったりです。外と内、地上と地下がデジタル回路でつながったまま芝居は始まります。中身は、演劇に関する演劇であり、しかも内と外が入れ子状になり、終わりがそのまままた始まりになるという複雑怪奇な円環構造になっていました。その環からはみ出したしっぽをめくってみたのが以下の文章です。

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吾妻橋ダンスクロッシング「The Very Best of AZUMABASHI」

◎アメーバ化したぞ「吾妻橋」
木村覚(ダンス批評)

「The Very Best of AZUMABASHI」公演チラシ3月の上旬に行われた「The Very Best of AZUMABASHI」の話をする前に、ひとつ寄り道をしておきたい。
もし吾妻橋ダンスクロッシングが存在していなかったら、日本のダンスシーンはどうなっていただろうか。
ちょっと現在と過去を振り返り、そんなこと考えてみたらどうだろう。「吾妻橋」以前すでにその兆候が如実にあらわれていたように、きっと、曖昧模糊とした「コンテンポラリー・ダンス」という言葉を曖昧なままに利用する有象無象の手によって、リアリティを欠いたまま何だか立派そうでアーティーな(芸術気取りの)存在として今日のダンスシーンは社会に位置づけられ(棚上げされ)、それによってわずかな例外を除いてどんどん時代から無視され取り残されていったことだろう。

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Port B「雲。家。」

◎他者、他者、どっちを向いても-現代日本へ、Port Bのメメント・モリ
村井華代(西洋演劇理論研究)

Port B「雲。家。」公演チラシ日本にも、このような舞台をつくる人々が現れたのか。
1969年生まれ、90年代後半ドイツで演出を学んだ高山明の率いるPort B は2002年旗揚げされた。今回初見である。東京国際演劇祭参加作品『雲。家。』は、エルフリーデ・イェリネクの1988年の戯曲Wolken. Heim.の日本初演。ノーベル文学賞受賞者イェリネクについては、ここで詳述する必要はないだろう。演劇作品からも現在まで3作が邦訳されているので、劇作家イェリネクについてもそちらを参照して頂きたい(末尾にリンクあり)。そもそも、Port B の今回の公演は、イェリネクに基づきながらもこれを意識的に逸脱しているので、イェリネク本人に拘泥している余裕がない。むしろPort-B が書き上げた、自分たちの、現代日本の新たな上演テクスト、その見事な演劇的「展開」こそ評されるべきだろう。

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NEVER LOSE 「四人の為の独白 ver.7.0」

◎辺縁を目指す孤独な精神
矢野靖人 (shelf主宰)

NEVER LOSEのメンバーNEVER LOSEは1998年、谷本進を中心に結成。旗揚げ後はこまばアゴラ劇場を中心に年二~三回のペースで公演を行ってきた劇団である。2002年には、旗揚げ四周年記念として青山円形劇場に進出。東京、岡山、名古屋での活動を軸に、劇場のみならず、ライブハウスやクラブでも公演を行っている。

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DULL-COLORED POP「ベツレヘム精神病院」

「ベツレヘム精神病院」公演チラシ以前の「新劇」で言えば開幕を告げるベル。オルタネイテイブ演劇でいえば携帯は~、場内の飲食は~などと開幕前に言うお決まりの諸注意。これぐらいキライなものはない。とくに「新劇」の芸術至上や教養主義に背を向けたはずの後者の場合、劇場への配慮かも知れないけど、そんなことぐちゃぐちゃ言ってないで、もし迷惑な人がいたら周りの客がシーッとその人を睨むぐらいの芝居すりゃいいのにと内心いつも思ってた。ところが谷賢一作・演出の「ベツレヘム精神病院」。まあいちおう、制作のひとが前に出て何かそんなことも言っていたようだけど、そんなことお構いなしに、同時進行で白衣の医者が舞台を横切り職員が出てきて芝居はどんどん始まっていく。お、すっごくいいセンス!と初っぱなから期待が膨らんだ。

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