◎人間存在の表裏を可視的にする鮮やかな手法
藤原央登(「現在形の批評 」主宰)
我々が自明のごとく見聞きしたり用いる言説は多く、こと舞台芸術に関してはパフォーマンスがその一つに挙げることができるが、改めて吟味すると何とも曖昧模糊としている。演じ手が居てそれを見る者が同席することで共に生成するその時、その場の唯一無二の親和的宇宙を開示する見せ物が演劇の原初的な在り処である。ならばパフォーマンスもそういった演劇の枠内に収まるものであるはずであるがそうならずに別の印象を自動的に誘発されてしまう。すなわち身体言語を上位概念と捕えてなされる演劇の解体であり、そこから容易く前衛的なるものの匂いを嗅ぎ取ってしまうのだ。今作が所見のdots『MONU/MENT(s) for Living』もパフォーマンス・グループと自らを位置付けているようにしっかりパフォーマンスを展開していた。
ク・ナウカはやはり面白い!! 2007年2月27日、『奥州安達原』の千秋楽。ク・ナウカ俳優たちの漲る身体を前に、私は喝采の拍手を送りながら、そう確信していた。千秋楽ということもあって、4回のカーテンコール。舞台も客席も一体となって祝福の拍手に包まれた。
「アジア現代演劇プロジェクト/コラボレーションとネットワークの未来」がシンポジウムと公演「モバイル」として3月16日から6日間の日程で、東京・世田谷パブリックシアターで開かれます。18日まで開かれる公演「モバイル」は、シンガポールの劇団ネセサリー・ステージの呼びかけに応えてフィリピン、タイ、日本の演劇人が1年以上に渡り、各国でリサーチやワークショップを実施して作り上げた4カ国共同作品です。国や地域を越えて働く人々の移動と移住を巡る多くの物語が、現代の複層的なアジアを表象するエピソードで構成されています。昨2006年6月にシンガポール・アーツフェスティバルで初演、マレーシア公演も開かれました。日本からは作・演出の一員として鐘下辰男さん(演劇企画集団THE・ガジラ)が参加しています。
舞台にあふれるオリーブオイルの中を、全裸の女性ダンサーがヘリコプターの轟音とともにばたばたと暴れ狂う、『主役の男が女である時』。昨年、同じさいたま芸術劇場でそれをみたときは、過激さやエロティシズムということよりも、何か突き抜けた潔さというか、清々しさを感じたヤン・ファーブルの舞台。今度はどんなものをみせてくれるのか。期待と不安を抱き、会場に向かった。
今回の公演は純粋な乞局の公演ではないが、乞局で上演した作品『耽餌』の再演でもあるので、やはり、世界は乞局であった。「キラリ☆ふじみで創る芝居」と冠されたこの舞台は、13人の登場人物の内、10人近いメンバーをオーディションにより選出したらしい。その甲斐あってかどうかは私にはわからないが、乞局の世界を、その世界が持つポテンシャルを目の当たりにすることが出来たと思う。俳優の演技の質は高く、癖のある下西氏の文体を見事に消化していて、乞局の世界に流れる独特のトーンを途切れることなく体現していた。つまり、面白かった。しかし、これはその世界に入っていきたくなったとか、登場人物に感情移入できたとかいうことを意味しない。あくまで乞局の世界は乞局の世界で屹立していた。その屹立ぶりを改めて確認することが出来たのが、今回の収穫だった。
運がいいと年に数回、ええッ、こんな○○○芝居あり!?と驚くことがあるが、タッタタ探検組合の「ハイパーおじいちゃん3-おじいちゃん月へ行く」(牧島敦作/牧島・谷口有演出)はまさにその一つだった。○○○にはヘンなと入れてもいいし、楽しいとか素敵なでもいいし、要するに、私にとって新しい発見があり、演劇の可能性をまた一つ開いてくれた、という意味である。
「若手演出家コンクール2006」(日本演出者協会主催)の最終審査会が5日、東京・下北沢の「劇」小劇場で開かれ、最優秀賞にトリコ・Aプロデュース主宰の山口茜さん(京都)が選ばれました。賞金50万円。観客賞はピチチ5の福原充則さん(東京都)が受賞。今回は97人が応募。第1次、第2次審査で選ばれた5人の優秀賞受賞者が1時間の作品を上演し、約3時間かけて公開審査されました。
久しぶりにワクワクする作品に出逢った。青年団の松井周が、自身のユニット「サンプル」を立ち上げた、その旗揚げ公演「シフト」。そこで私が目の当たりにしたのは、「静かな演劇」のヴァリエーションのなかに留まっていたように思えた前作『地下室』から異なるステージに移行して、松井が自身の演出手法を見つけつつあること、そしてここに日本の小劇場演劇にとっての新しい声が生まれつつあるところだった。