OM-2「ハムレットマシーン」

◎ぎりぎりのところで成立している<極限の演劇>
 芦沢みどり(戯曲翻訳者)

 1月の中旬に帯状疱疹になってしまった。特に疲れがたまっていたわけでもないから、たぶん加齢とストレスが原因だろう。帯状疱疹というのは、ほぼ24時間、とても痛い。筆者はひと月間、デスクワークはあきらめてワープロから自分を解放し、「ことばと身体」がせめぎ合う舞台芸術を求めて、劇場通いの日々を過ごした。幸いにもこのテーマに絞って演劇、ダンス、パフォーマンスを観ようと思えば、選択肢はいくらでもあった。この傾向は、3月に入ってますます勢いづいているように思う。劇場入り口で配布されるチラシの分厚い束―最近は座席に置かれていることが多いが―それを開演前に眺めていると、「国際」とか「アジア」が付いた芸術祭や演劇祭が目白押しで、領域横断的な演目も数多い。これでは病気が癒えてもなかなかデスクワークに戻れないわけだ。

 さて。「ことばと身体」がせめぎ合うという表現は、少し説明が要るだろう。
 まず「ことばと身体」だが、筆者はこれをあえて二項対立的に使っている。そもそも人はことばを通してしか思考できないわけだから、舞台上のパフォーマーは発語しないことが前提であるダンスやパフォーマンスの背後にも、それを発想した人のことばはある。その反対に、最近増えつつある戯曲のリーディングを、身体表現の最も少ない(省エネの)演劇上演形態と考えた場合、そこにも声という身体の一部は現れている。さらにポストモダンの知見まで取り込むと(「声は意識である」デリダ)、ことばと身体の境界線などどこにもない、ということになるだろう。そこをあえて分けて考えるのは、逆説的だが、境界線など結局はないことを確認するためである。

 次に、ことばと身体がせめぎ合うとはどういうことか。これも簡単に言ってしまえば、台詞と身体表現の緊張関係を実感に即して言っているに過ぎない。要はそのせめぎ合いに「演劇」の成立する最低条件がある(と今のところ思っている)。だから、台詞に整合性(意味)を求めるあまりに身体表現をなおざりにしている舞台は、退屈以外の何ものでもない(と思っている)。そんなものはラジオでやればいい(と思っている)。
 と、いろいろ思いながら観た数々の舞台の中で、この方向での思考を刺激されたのは、OM-2の「ハムレットマシーン」だった。

 まずチラシのビジュアルが目を惹いた。肥満体の主演俳優・佐々木敦が、ドレス様の服を身につけて白い泥状の液体にまみれて激しく動いている-その一瞬を切り取った写真。次に惹句に目をやると、「言葉による解釈や分析を拒否し、ひたすら自己と闘い続ける演劇」と謳っている。何だか面白そう。そう思って西日暮里へと出かけて行った。

 会場は劇場ではなくシティーホテルの宴会場。その中央が演技空間で、そこにスクリーンが下がっている。客席は中央の演技空間をぐるっと360度囲む椅子席と、スクリーンに対面する高所に組まれた2つのキャットウォーク状の長い座席の列。筆者が観劇した夜は客入れで30分押した。そしてやっとスクリーン前の床に置かれた白いドレスに照明が入り(スクリーンの向こう側の観客に何が見えていたかは不明)、やれやれと思ったとたんに照明は消えて、「本日の公演はこれで終了します」のアナウンスがあった。客電に戻ったあと、観客はかなり長い間そのまま放って置かれる。この人を食ったようなオープニングに、席を立って会場を出て行く人が数人いた。なるほど。挑発的だ。

 短気な客が去ったあとに始まった舞台は、ハイナー・ミュラーの「ハムレットマシーン」を「いま、ここで」上演することの意味と格闘した跡がくっきり見えるものだった。スクリーンに写し出されるのはローレンス・オリヴィエ主演の映画「ハムレット」の断片だ。やがて若い女が現れて、小型カメラで自分を撮影し始めると、スクリーンにその映像が写し出される―顔、手、脚、口の中、食道の入り口(これはあまり美しい眺めではない)。映画「ハムレット」のシーンと、若い女の身体の映像が無作為的に交互に切り替えられているうちに、スクリーンの向こう側にいる若い男から女の携帯に電話が入る。二人は親しげにタメ口で会話しているのだが、俳優の演技としてではない超ナチュラルな会話なので、何を言っているのかほとんど聞き取れない。かろうじて聞こえて来たのは、「すると、わたしがオフィーリアってわけ?」という繰り返しのフレーズだけだった。このハムレットとオフィーリアのシークエンスは後半、巨漢・佐々木敦の悪夢のようなパフォーマンスにとって代わられる。

 後半。スナック菓子を食べながらテレビを観ている肥満児が、やがてテレビにも飽き、床に落ちた菓子の食べこぼしに掃除機をかけ始める。(きれい好きなニートか?)。それが終わると今度はカセットデッキのスイッチを入れ、軽快なポップスに合わせてハミングしながらバットの素振りを始める。最初はとても楽しげに。ところが突然、彼はバットを振り上げて、テレビ、デッキ、机を叩き壊し始める。巨漢の一撃はすさまじく、テレビもデッキもほとんど一発で壊れてしまう。その衝撃力は直接的で、あれで頭をやられたら即死だな、と一瞬背筋が寒くなった。破壊のパフォーマンスが収まった頃、先ほどの掃除機の排気で膨らませた2メートル四方ほどのビニールの小部屋が舞台上に出現している。彼はその中へ入り、赤いドレスを身にまとうと、消火器を股に挟んで壮絶な(壮大な、かな?)「射精」を始める。消化器の白い飛沫が透明ビニールの壁に飛び散り、壁は白く煙ってきて中にいる男も見えなくなる。しばらくして出て来た男が、自ら破壊した世界の中に佇むと、天からおびただしい量の男の肖像写真が降って来る。以上が後半の大筋だ。

 あっけにとられるほど挑発的で刺激的な舞台だった。日本の若者層に、はけ口のない負のエネルギーが渦巻いていることを可視化させていて、見たくないもの見せられた一種の痛快感(!)があった。『論座』の2007年1月号(注1)に31歳のフリーターが、戦争でもない限り自分は今の貧困から脱出できないだろうと書いて物議をかもしたけれど、それを読んだ時の感じと似ていた。彼はナショナリストではないが、貧困スパイラルから脱出するには戦争でも起きて、今の社会秩序が壊れるしかないという絶望を語っている。こういう気分はおそらく、世界中の底辺に蠢いている若者の気分と通底しているのだろう。それを衝撃的に表現したこの舞台が、海外で受け入れられているのも頷ける。

 ところで筆者の関心事である「ことばと身体」のせめぎ合いはどうだろう。じつはこの舞台は、台詞として発語されることばが周到に排除されている。声として聞こえてきたのは、映画「ハムレット」の英語の台詞(字幕があったかどうか、失念)、よく聞き取れない携帯電話での会話、ハミング、射精時のうめき声くらいのものだった。ではこれは演劇ではなくパフォーマンスかというと、やはりそうではない。前半はテクスト再現ではないが明らかに、ハイナー・ミュラーのテクストに依拠しており、後半のパフォーマンスが文字通り体当たりでハイナー・ミュラーにぶつかって行っていたからだ。おそらく後半だけでパフォーマンスとしては成立するのだろうが、その後半も含めて、全体を演劇たらしめているのは、あらゆる上演形態に開かれているミュラーのテクストだったと思う。
 ぎりぎりのところで演劇として成立している「極限の演劇」を観た。

(注1)『論座』2007年1月号、赤木智弘「丸山眞男をひっぱたきたい」。『論座』4月号にこの論文への応答が多数掲載されている。

【筆者紹介】
芦沢みどり(あしざわ・みどり)
1945年9月中国・天津市生まれ。早稲田大学文学部卒。1982年から主としてイギリス現代劇の戯曲翻訳を始める。主な舞台「リタの教育」(ウィリー・ラッセル)、「マイシスター・イン・ディス・ハウス」(ウェンディー・ケッセルマン)、「ビューティークイーン・オブ・リーナン」および「ロンサム・ウェスト」(マーティン・マクドナー)ほか。2006年から演劇集団・円所属。

【上演記録】
OM-2「ハムレットマシーン」Hamletmachine
日暮里サニーホール(2007年2月8日-10日)

テキスト:ハイナー・ミュラー
構成・演出:真壁茂夫

出演者:
佐々木敦
中井尋央
柴崎直子
丹生谷真由子
村岡尚子
江島嘉政
大根田真人
三村順
宮本享平
佐藤一茂
高橋幸平
森川浩恵、他

スタッフ:
舞台監督/長堀博士
舞台美術原案/若松久男
大道具/田中新一
映像/赤瀬靖治、藤野禎崇
照明/三枝淳
音響/齋藤瑠美子
作曲/佐々木敦、他
小道具/池田包子
宣伝美術/小田善久
写真/田中英世、青木司、Otto
記録映像/船橋貞信、高橋弥生、四方隆夫
制作/村岡尚子
協力:速水まりや、寺澤勇樹、五木田唯衣、佐々木治己(60億人の為の演劇/自動焦点)、林慶一、山辺千秋、赤羽三郎、笠松環、佐久間幸子、RAKUENOH Plus / 浅村信夫、内田久美子、坂口奈々、内藤暁、J・佐藤、田口博史

主催:OM-2
助成:芸術文化振興基金 東京都芸術文化発信事業助成
企画・製作:Workom、小田善久
協賛:die pratze

<チケット>
前売り Advance/¥2,800(学生¥2,300要学生証) 当日 Box office/¥3,300(学生¥2,800要学生証)


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