◎〈アジア〉をキーワードに東京を旅する
片山幹生
Port Bの「東京ヘテロトピア」は、まず東京芸術劇場の1階ロビーで、チケットと引き換えにガイドブックと携帯ラジオを受け取るところから始まる。ガイドブックには13箇所のスポットが、各箇所見開き2ページで紹介されている。参加者はこのガイドブックの記述を頼りに、ラジオを持って各スポットに向かう。立ち寄った現場でその場所に関わる「物語」をラジオを通して聞く。各地点でラジオから聞こえてくるのは、東京にやって来たアジアの異邦人に関わる物語である。
小劇場レビューマガジン
◎〈アジア〉をキーワードに東京を旅する
片山幹生
Port Bの「東京ヘテロトピア」は、まず東京芸術劇場の1階ロビーで、チケットと引き換えにガイドブックと携帯ラジオを受け取るところから始まる。ガイドブックには13箇所のスポットが、各箇所見開き2ページで紹介されている。参加者はこのガイドブックの記述を頼りに、ラジオを持って各スポットに向かう。立ち寄った現場でその場所に関わる「物語」をラジオを通して聞く。各地点でラジオから聞こえてくるのは、東京にやって来たアジアの異邦人に関わる物語である。
◎中学演劇の「あゆみ」─ 無名性がもたらすかがやき
片山幹生
さまざまな「あゆみ」
「あゆみ」はとりわけ思春期前半の少女を想起させないだろうか?
柴幸男の代表作「あゆみ」は、ひとりの女性のライフステージの各段階を、日常的なエピソードの再現によって提示する作品だ。乳児期から老年期まであらゆる年代のあゆみが登場するのだが、そのなかでも最も印象的なのが少女期のあゆみではないだろうか?
第64回東京都中学校連合演劇発表会(これは実質的に中学演劇の都大会に相当する)の第4日目にあたる2014年1月13日に、西東京市立田無第四中学校演劇部の「あゆみ」を見た。私はこれまで5つのバージョンの「あゆみ」を見ているが、田無第四中演劇部の「あゆみ」は、これまで私が見た「あゆみ」のなかで最も素朴で、そしてその素朴さゆえに最も美しく、感動的な「あゆみ」だった。
“西東京市立田無第四中学校演劇部「あゆみ」” の続きを読む
◎6編の小品から浮かび上がる韓国の今
片山 幹生
◎落語と劇と一人の女優
小泉うめ
「一世一代」というような言葉はいささか古めかしいが、今時この言葉を使うとしたら、このような時なのだと思う。万博設計「鮟鱇婦人」、それは女優・千田訓子の一世一代の一人芝居だった。観た者の心に刻まれて、これから長く語り続けられていくであろう。
舞台装置は和室の一室を想わせるシンプルなもので、そこにセミの鳴く声が聞こえてきて真夏の様相を醸し出していた。風鈴がぶら下っているが開演時には風はないので音はしていない。照明は裸電球が一つだけ、寂しげに灯っていた。 “万博設計「鮟鱇婦人」” の続きを読む
◎嫌な男たち、抗わない女たち
チンツィア・コデン × 北嶋孝(対談)
「この世の楽園」ではない
北嶋 公演の率直な印象はいかがでしたか。
コデン タイトルが気になりました。「この世の楽園」でしょう。文字通りの「楽園」はどこにもないし、登場人物の会話にも楽園のような雰囲気は出てこない。見終わってどういう関係があるのかと考えました。
北嶋 そうですね。楽園ではないことは間違いありません。あんな緊張関係に満ちた「楽園」には暮らしたくない(笑)。地獄だとは思いませんが、登場する3人の男女はともに薄ら寒い関係だったので、むしろ皮肉っぽいし、反語的な意味が強いのではないでしょうか。高木さんの作品は案外意味のこもった強いタイトルを付けますね。鵺的の1回公演「暗黒地帯」も、文字通り「暗黒」が塗り込められているような世界が露出しました。その後は「不滅」「カップルズ」「荒野1/7」と続きます。小細工なしですね。
“鵺的「この世の楽園」” の続きを読む
◎京劇で演じるギリシア悲劇
北野雅弘
新国立劇場で、中国の浙江省の杭州を拠点とする浙江京劇団による『オイディプス王』を観た。毎年、北京・ソウル・東京の持ち回りで開催されるBeSeTo演劇祭の一環で、東京での公演は一日だけだ。京劇の上演はずいぶん昔に「孫悟空大鬧天宮」を観たくらいで予備知識がないのだけれど、『オイディプス』は自分の専門領域とも関係があるので、どんな風に料理するのかしら?という関心が大きい。
浙江京劇団は、1969年に結成された浙江省唯一の京劇団で、2005年には、中国の文化部によって初の「国家重点劇団」に選定されたまだ若い劇団だ。レパートリーは多岐に及び、新作や伝統的京劇など様々な作品を取り上げてきた。演出と主演を兼ねる翁国生は、まだ若手と言って良いのだろうけれど、劇団の芸術監督を務めている。
“浙江京劇団「オイディプス王」” の続きを読む
◎理想主義と保身と糾弾欲求
北野雅弘
劇団チョコレートケーキの「起て、飢えたる者よ」を観た。新宿御苑駅の近く、サンモールスタジオでの上演だ。
スタジオが三つの空間に分けられ、中央の舞台を挟んだ形で客席が作られている。舞台はあさま山荘の小さな居間。テーブルに椅子が四脚、片方に窓、もう一方に本棚。セットは柱を何本か残し、観客の視界をさえぎる。
冬になって利用者のいない軽井沢の山荘。管理人の妻で、一人山荘に残った西牟田が居間に入ってくると、突然五人の男たち(坂上・坂内・吉田・江藤兄弟)が乱入してくる。男たちは家具をひっくり返して窓際にバリケードを作り、自分たちは、「連合戦線」で、銃による殲滅戦を遂行する革命戦士だと名乗る。
“劇団チョコレートケーキ「起て、飢えたる者よ」” の続きを読む
◎含羞について
川光俊哉
「ぼくは(と一人称で述べる)、演劇に対して、急速に興味を失いつつある」と、青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクト「アンドロイド版『三人姉妹』」の劇評『カレー礼讃』に、ぼくは書いている。いまも、その思いはほとんど変わらない。舞台芸術は「いまここ」で起こるライブである以上、「急速に興味を失いつつある」「演劇」はもちろん「現在の演劇」を意味するのであって、たぶん過去には興味を持てる・おもしろい演劇があったにちがいないし、明日以降の未来の演劇は、ぜったいに現在のままではいけない。「実験的」「前衛的」と称し、実際には、もっとも「実験的」「前衛的」ならざるもの、「実験的」「前衛的」というジャンルをつくり、そこに安住している演劇人を、ぼくは嫌悪する。
“AnK「SUMMER PARADE」” の続きを読む
◎児童演劇の祭典で出会ったおとなげないおとなたちの記憶と記録
中村直樹・小泉うめ
2013年7月29日(月)~8月11日(日)TACT/FEST(大阪国際児童青少年フェスティバル)が大阪・阿倍野で開催されました。
TACTとは、ラテン語で「触覚」のこと。「機転が利く」、「配慮する」という意味があるそうです。それを冠するTACT/FESTは、こども達が世界の多彩多様な表現に触れることで「機転が利く」柔軟な思考を、そしてこども達が演劇を観賞することで、周囲に「配慮する」社会性を獲得することを目的としているそうです。
ワンダーランド・東京芸術劇場共催の劇評セミナーに参加中の中村直樹と小泉うめの二人は、なんと8月3日(土)のTACT/FESTの会場でばったりと出くわしてしまいました。2人とも参加したのはこの1日だけなのに。逆に言えば、「TACT/FESTのレビューを書け」という演劇の神の思し召しかもしれません。
果たして、それはどんなイベントだったのか。東京で再び2人で語り合いました。
“TACT / FEST 2013” の続きを読む