◎「父」を殺して「大人」になる 「挫折」を乗り越える自己セラピー
水牛健太郎(評論家)
5月9日にアトリエヘリコプターで五反田団の「すてるたび」を見た。昨年11月に初演された作品だが、ベルギーのフェスティバルに持っていくということで、その準備の一環として、1日だけ東京でプレ公演をするということだった。昨年見たときもいい作品だと思ったが、決して見やすい作品ではなかったから、1回見ただけでは消化できなかったところもたくさんあった。再び見ることによって、過去と現在、夢と現実が境もなく入り混じるその作品世界をよく味わうことができた。1時間余りの上演時間中、ずっと心地よく集中して楽しんで見られた。
どれだけ「斬新な」ダンスか、どれだけ「秀逸な」作品か、などということより、それに立ち会うことが自分の日々の生活にどれだけ深刻な影響や衝撃をおよぼすか、ということを基準にして、作品なりダンスなりに立ち会いたい。いいかえれば、日々の瑣末事や社会の中の諸々の出来事とともに生きている自分の身体をきちんと携えたままで作品やダンスに行き当たりたい。そんな気持ちを目覚めさせてくれたという意味では、まるで湯水のように「作品」が大量消費される年度末の東京の不毛な公演ラッシュにも感謝せずにいられない気さえする。
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▽ジュリエット芝居-どんな上演だったか
劇団掘出者の舞台をみるのは、昨年春の『チカクニイテトオク』に始まって秋の『ハート』と続き、今回の『誰』で3本めになった。およそ半年ごとに次々と新作を発表しており、作・演出の田川啓介が劇作家として伸び盛りであること、劇団としてのフットワークの強さを感じる。しかし初日に観劇した直後は「困ったな」というのが正直な気持ちであった。それは「これはフィクションなのか、それとも同じようなことが現実の大学生にも起こっているのか」という極めて初歩的な困惑だった。舞台をみるとき、その世界が現実に則したものとして受け止めるのか虚構を楽しむものか、自然に感じ取れれば楽なのだが、『誰』は判断できなかった。千秋楽近くに足を運んだ知人も似たような感想を漏らしており、舞台に描かれている世界を受け止めるのがむずかしかったことがわかる。だんだん心配になってきた。こういう舞台を作る田川啓介さん、あなたの心は大丈夫なのでしょうかと。
間もなく取り壊されるベニサンピット。ここを主な活動の場にしてきたTPTにとっては、ベニサンでの最後の公演である。空間の高さと奥行きを活かした印象的な舞台となった。
大輪の花のようだった。
世田谷・シアタートラムで開かれた「友達」公演(2008年11月11日-24日)は、芝居好きの間で事前にかなり話題になりました。安部公房の代表的な戯曲を、チェルフィッチュ主宰の岡田利規が演出するうえ、小林十市、麿赤兒、若松武史、木野花、今井朋彦ら人気、実力、個性の際だった俳優が登場するからです。不条理劇と岡田演出と個性派俳優陣との組み合わせが注目されたのでしょう。その結果はどうだったのか、ワンダーランドの寄稿者3人が舞台をさまざまな角度から検証しました。(編集部)