マレビトの会「声紋都市―父への手紙」

◎棲みついた〈坂〉と言葉 〈ノスタルジック〉な身体をめぐって
森山直人(京都造形芸術大准教授)

「声紋都市―父への手紙」公演チラシ
坂道をよく夢に見る。二十年近く前に引っ越して以来一度も訪れたことのない、生まれ育った場所の坂道が、いまだに時々夢の中に、はっきりそれと分かるように出現する。道添いに立っている家々の風景はでたらめで、ほとんど毎回違うのに(ようするにウロオボエなのだが)、子供の足にはかなりの急勾配と感じられ、途中から二股に分かれる坂がつくる地形だけは、私の身体に、すでに深く棲みついてしまっている。-これはたんなる私の個人的な夢にすぎない。けれども、たとえばこんなふうに、誰もが〈坂〉というものについて、なにがしかの記憶をもってはいないだろうか?

〈坂〉が身体に棲みついてしまうのは、おそらく歩きにくいからだ。平らでまっすぐな道と違い、〈坂〉は歩こうとする身体に対して、たえずダイレクトに抵抗してくる。一歩一歩の足の裏に伝わってくる突き上げが、次に歩を進めた瞬間、どのようなものであるかは予想がつきがたい。そのくらいに、〈坂〉の勾配は、たえず歩行者の予測を裏切り、思いがけない角度から思いがけない重みを伝えてくる。坂道で歩行者は、たえず少しずつよろめいており、そのよろめきをたえず補正しながら、なんとか歩行を前へと進めていく。日々の体調によっても年齢によっても、よろめく地点に誤差が生じる。だから、歩行者は、けっして坂道を歩行することに完全に習熟することはできないのだ。予想不可能な衝撃をその都度受け容れること。そのことなしに、私たちが〈坂〉を歩くことは不可能である。

松田正隆における「言葉」と「身体」の関係性は、ひょっとすると、〈坂〉における「地面」と「足の裏」の関係性に似ているのかもしれない、と思うことがある。たとえば、松田作品のなかに頻繁に出てくるカクレキリシタンの「オラショ」という祈祷文。その昔、宣教師によってラテン語で伝えられた文言が、口から口へと伝承されているうちに、いまではすっかり謎めいた暗号文のような、何語ともつかない奇妙な音声言語と化してしまったオラショは、いわば坂道をのぼるように、一音一音、よろめきながら記憶され、伝承されてきた言葉の象徴的な存在だといえるかもしれない。何度も何度も同じ坂道をのぼり、いよいよマスターしたと思ったら、気がつけば坂も身体も変形してしまっていた、とでもいうような、不思議な記憶の塊が、おそらくオラショというものの実体である。そして、そうした「言葉」と「身体」の関係性に惹きよせられているからこそ、松田は、舞台上で俳優が器用に台詞を操作することを徹底的に回避しつづけてきたのである。そのことは、最近松田自身が書き記した、次のような文章にもあらわれている。

マレビトの会「声紋都市-父への手紙」から
【写真はマレビトの会「声紋都市-父への手紙」公演から 撮影=青木司 提供=フェスティバル/トーキョー 禁無断転載】

車窓に広がる殺伐とした風景を前にしたときの、身体の置き場のなさ。どうして「この身体」であって、「あの」身体ではないのか、「私の舌」は「あの人の舌」のようにうまく機能しないで、鈍感なのか。そんなときの「この」身体の重さが、沈黙の中に「私の主体性」を埋めるのである。だが、語ろうにも語れないでいるときの「黙示」の中にこそ、世界共通の純粋言語のようなものがあり、この『ななし』という作品は、この黙示の側から書かれたテクストではないかとも思ったのだ。異国の風景の中に親密な自分の記憶を貼り付けたいのに容易な発話が許されない。けれど、言葉は口の内側にあふれかえっている。なぜなら、「この私」はあの人たちではないし、あの人たちのようにうまく振る舞いようがないし、何より「私自身」の深い記憶を消すことができない。そんな口の手前に留まっている言葉を慎重に口にするときの発話までの距離と時間のことが『ななし』では劇になっているように思えたのだった。(『OMS戯曲賞vol.15』選評より)

つい最近のOMS戯曲賞で佳作を受賞した作品(棚瀬美幸『ななし』)をめぐって書かれたこの文章には、直接彼自身の創作について語ったものではないからこそ、彼が何を重視しているのかが、ある意味では一層明確に見えてくる。彼の作品における「言葉」と「身体」の関係性を一言で要約することは不可能だが、メタファーとしての〈坂〉が、とりわけ気になるものとして浮上したのは、ついこのあいだ、伊丹と東京で上演が終わったばかりの最新作『声紋都市-父への手紙』に、印象的な〈坂〉のイメージがちりばめられていたからにほかならない。


『声紋都市-父への手紙』は、作者自身の父を題材にしたドキュメンタリー演劇風の作品である。だが、そういう枠組の問題にもまして、私は、この作品に登場する「〈坂〉の変奏」とでもいうべきイメージの連鎖に強く引きこまれるものを感じた。実際、いまでも舞台を思い出そうとすると、脳裡に次々に浮かんでくるのは〈坂〉また〈坂〉の連続である。なんといっても、舞台中央にある巨大な〈坂〉-分厚い板状の装置が斜めにたてかけられているだけのシンプルなもので、その上には大きなスクリーンが設置されている-は、この作品全体の印象を決定づけるほどインパクトがあり、その〈坂〉を、劇中で俳優たちが寝そべったまま何度もゆっくりと滑り降りてくるときの、まさしく時間が突然そこだけ引き延ばされたような、なんともいいようのない緩慢な速度感覚は、観客と作品世界を結びつける一種の官能的な絆をつくりあげていたように思う。その速度感覚は、スクリーンに投影された映像のなかで、長崎市内を走るロープウェイや路面電車の車窓から見える町の風景のゆっくりとした移ろいへとうけわたされていく。スクリーンに投影されるフェイク・ドキュメンタリー映像の次元と、スクリーンの手前で展開される生身の俳優たちの次元。『声紋都市』は、その二つの層によって成立しているとひとまずは言えるのだが、その二つの異なる次元が、〈坂〉の速度感覚(もちろん路面電車は平地を走っているのだが、あえてそう呼んでおきたい)によって結びつけられ、対話を始めていくのである。

長崎に住む松田自身の父親との関係を主題としたこの作品において、この速度感覚の発見は、作品が作品として物質的に立ち上がっていく上で、きわめて重要なことに思われる。というのも、この速度感覚はまた、「私」が「父」へ、肝心なことを聞き出そうと願うときに生じる幾重もの躊躇の感情と、はるかに反響しあうことで、作品の物質的な基調を決定しているからである。「父のことを、映画に撮ろうとしているのだが、うまく撮ることができない…」。作品の冒頭近くで、歪んでしまうほどのクローズアップでスクリーンに映し出された大きな中年の男の顔(それが松田正隆本人であることを観客が知っているかどうかはたいした問題ではない)が発するこの言葉は、先に引用した部分でも言及されていたような、〈何かがうまくいかない〉ことのあからさまな宣言なのだが、前作『クリプトグラフ』や、前々作『アウトダフェ』と異なっているのは、そこで断片性や断絶性が際立ってくるのではなく、そのかわりに、断絶の向こう岸へ、作品がゆっくりと近づこうとしているところだろう。

どうやって、息子=私は父へと接近できるのか? フランツ・カフカが「父への手紙」を結局父親に出さなかったように、「手紙」はおそらく役にはたたない。かつて大日本帝国軍人だった父に向かって、息子=私は詰問したいという欲望を抑えがたく感じている。「お父さん、あなたはなぜ、あの戦争に従軍したのですか」、「お父さん、あなたはなぜ天皇のことがいまでもそんなに大事なのですか」。けれども、こうした決定的な問いを直接対面して問いつめる勇気を、息子=私は持てずにいる。「手紙」を出すという行為もまた、結局は同じことだ。結論にまっすぐ到達しようとする性急な速度感覚は放棄せざるをえず、別の接近の仕方が求められる。かくして、スクリーンには、「手紙」のかわりに、「原稿用紙」の桝目が何度も投影され、その上には『ハムレット』の亡霊の場面を引用した、台本らしきもの(実は『声紋都市』の台本そのものである)が、万年筆によって、一文字、一文字書き連ねられていく。すると、スクリーン手前のアクティングエリアでは、生身の俳優たちが、その場面を「舞台化」してみせる。あたかも、どうして「演劇」では、父(=亡霊)と息子(=ハムレット)の対話が、こんなにもスムーズに成立してしまうのか、といった、ためいきまじりの問いかけが-ここでは「父」というポジションに、いつのまにか「演劇」が代入されているのだが-、茶番仕立ての「芝居」の向こうから聞こえてくる。


「なぜなら、「この私」はあの人たちではないし、あの人たちのようにうまく振る舞いようがないし、何より「私自身」の深い記憶を消すことができない」。-先に引用した松田自身のこの文章は、『声紋都市』では、そのまま「父」と「息子=私」の関係にあてはまる。もちろん、そこにはフランツ・カフカが、彼自身の父に対して同様の思いを抱いていたことが重ねあわされてもいる。ハムレットの父子と、カフカの父子のあいだに引き裂かれたまま、スクリーンの中の「息子=私」は、突然台本を書くことを放棄する。おそらく台本を書き、それをスクリーン手前の俳優が演じるという構造そのものの父権性に、はたと気づいたからだろう。「息子=私」は死を選ぶ。…こうしたプロット自体は、ごくありふれたものなのだが、感動的なのは、スクリーンの中の「息子=私」が選んだ死が、まさしく〈坂〉を利用した死であったということだ。ロベール・ブレッソンの『少女ムシェット』のヒロインが、坂道を何度も転がり落ちて池に落ちる有名な場面を、「息子=私」は模倣し、女装までして、-女装というか、ほとんど少女ムシェットのコスプレであるが、女装した松田自身がカメラに向かってまことしやかに手招きしている顔つきは本当に可笑しい-、本物の池(京都の宝ヶ池だそうだ)に坂から転がり落ちて死ぬ。いま、この場面を思い出しながら、私の中では、この劇の終盤近くに登場するもうひとつの〈坂〉の場面が重なってくるのを感じる。それは、車窓からはるか向こうに輝く夜景を見ながら、急な斜面をゆっくりロープウェイが下りてくる場面である。まさしく〈坂〉の速度感覚で、夜景がとてもゆっくりと移ろっていく。そこに、松田本人と父母のごく日常的な会話を録音した声がかぶさってくる。父をめぐる物語の死(=ムシェットのパロディ)と、現実にかわされた(母もまじえた)父と息子の会話のあいだに、沈黙の無数の層が、言葉として響くことのついになかった言葉の層が、ぼうっと浮かび上がってくるように、私には思えてくる。どちらが「現実」で、どちらが「虚構」か、はもはやどうでもよい。どちらも、とりあえず発せられた言葉であることにかわりはないからである。けれども、そのようにして発せられてしまった言葉を目にしたり、耳にしたりしている私たちの想像力は、むしろここに存在することのなかった(できなかった)言葉たちのほうへと、ゆっくりと吸い寄せられていく。

「言葉は口の内側にあふれかえっている」と、松田は書く。父に向かって叫んでみたい決定的な問いは、ついに口にされることはない。「あふれかえった内側の言葉」が、ついに口をついて発せられるまでの距離と時間こそが、松田にとっての「純粋言語」のようなものだとするならば、その距離と時間とをためらいながら、何度もいったりきたりする運動は、もしかすると、よろめきながら〈坂〉をゆっくりのぼったり降りたりするときの速度に、その体感に近いものなのかもしれない。

おそらく、長い時間をかけて〈坂〉が身体に棲みついてしまうように、長い時間をかけて、ついに発せられることのなかった言葉の層も塊となって人の身体の中に棲みついてしまうのだろう。実のところ、おそらく「父」という存在もまた、「息子=私」のなかにそのようにして棲みついているはずである。歪むほどクローズアップされた「息子=私」の顔のどこかには、確実に父の面影が棲みついているはずであり、そうしたものの一切が、「消すことのできない「私自身」の深い記憶」を形成しているのである。「父が危篤になったという知らせを聞いたとき、子供の頃に父に連れて行ってもらった原爆資料館に展示されていた無脳児の写真を思い出した」。奇妙に結びあわされた「父」と「無脳児」という二つのイメージは、無脳児が「深い記憶」を一切欠いているという点で、対極的な内容を含んでいる。無脳児のイメージは、〈坂〉のプロセスのなかで転落し、永遠に日の目を見ないまま死んでいった無数の言葉たちのメタファーでもあり、同時にまた、「深い記憶」から解放されたユートピアのメタファーでもある。だが、もちろん「父」から、「深い記憶」から、完全に解放されることのできる人間など、ふつうは存在するわけがない。作者自身が、折に触れて言及する「ノスタルジー」のことが思い出される。たんなる懐古趣味としての「ノスタルジー」ではなく、人間の存在と記憶の本質的な関係性を言い表す概念としての「ノスタルジー」。思い出すことのできる記憶もそうでない記憶も、一切を抱えたまま身の置き場なくたたずんでいるとき、身体はいやおうなくノスタルジックでしかありえない、という意味での「ノスタルジー」。

もちろんこうした主題は、マレビトの会がこれまでとりあげてきた「母語」と「外国語」といった主題と重なってくる。この問題を学術的にとりあげる人は、今日では少なくない。けれども、「母語」を人が必然的に背負う「深い記憶」として、「この」身体と切り離せない問題として提示することのできる人は、それほど多いとはいえない。「この」身体という存在のあり方がノスタルジックなものでしかありえないとするならば、「演劇」は、そうしたノスタルジーを前にして、どのような言葉をつぶやくことができるのだろうか? 『声紋都市』がとりあえず見つけ出した答えは、「この」身体の「この」というあり方は、実は生身の俳優をそのまま提示するだけでは示すことができないということであり、それゆえに、映像によるフェイク・ドキュメンタリーを利用することで、両者の対話のあいだに、沈黙の層をひきだしてみせることができるのではないか、ということだったように思う。
(初出:マガジン・ワンダーランド第134号、2009年4月8日発行。購読無料。手続きは登録ページから)

【筆者略歴】
森山直人(もりやま・なおと)
1968年東京生まれ。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科准教授。専門は演劇批評、現代演劇論。現在同大学舞台芸術研究センター発行の演劇批評誌『舞台芸術』の編集委員。
『ユリイカ』(青土社)、『PT』(世田谷パブリックシアター)などに寄稿。主な論考に、「過渡期としての舞台空間 小劇場演劇における昭和30年代」(「舞台芸術」連載)ほか。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/ma/moriyama-naoto/

【上演記録】
マレビトの会声紋都市-父への手紙
作・演出:松田正隆
出演:牛尾千聖 ごまのはえ 武田暁 西山真来 枡谷雄一郎 宮本統史 山口春美

伊丹公演
アイホール(伊丹市立演劇ホール)(2009年3月6日-8日)
ポストパフォーマンストーク(ゲスト:細見和之[ドイツ思想・比較文学]、内野儀[演劇批評])
主催:マレビトの会
共催:アイホール
助成:芸術文化振興基金 アサヒビール芸術文化財団

東京公演(フェスティバル/トーキョー共同製作作品
東京芸術劇場 小ホール1(2009年3月19日-22日)
ポストパフォーマンストーク(ゲスト:是枝裕和[ 映画監督]、高山明 [演出家] )
主催:フェスティバル/トーキョー実行委員会 製作:マレビトの会

・松田正隆(『声紋都市 ー父への手紙』作・演出)インタビュー

美術:池田ともゆき
照明:藤原康弘
音響:宮田充規
荒木優光
映像:遠藤幹大
衣裳:堂本教子
舞台監督:夏目雅也
衣裳助手:権田真弓
演出助手:米谷有理子
制作:森真理子 橋本裕介
協力:魚灯 ニットキャップシアター シバイエンジン
助成:セゾン文化財団 京都芸術センター制作支援事業


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください