◎劇の厳密なる作動(後編)
清末浩平
5-散文性の優位
山口猛は『同時代人としての唐十郎』(三一書房、1980年)の中で、70年代の唐十郎戯曲に共通する構成を「一幕においての登場人物の紹介、及び事件の発端、二幕における展開(この場合、ほとんどヒロイン、あるいはヒーローが傷つく)、そして三幕におけるヒロインの再生と後日譚」というふうに明快に整理し、唐がこの戯曲構造を「崩すことなく守っている」ことを批判的に重要視している。扇田昭彦もまた、唐十郎全作品集第4巻(冬樹社、1979年)の解題において「唐十郎の戯曲は、一編一編が独立しながらも、しかし結局のところ、同心円状に渦まくいつも共通のドラマを読んでいるのではないかという印象を私たちに与える。[……]唐十郎のドラマの原型を探ることは、つねに唐十郎読解の基本作業であろう」と述べる。
唐十郎の劇について今日何事かが語られるとき、かつて唐の提示した「特権的肉体」を初めとする術語群が用いられることほど、陳腐で心そがれる光景はない。唐の『特権的肉体論』が仰々しいマニュフェストとして読まれざるをえない時代のあったことを否認する必要もあるまいが、しかし、同書の中に並ぶ文章がすべてエッセイにすぎぬことは明白であり、ある状況下に置かれたある書き手の瞬発的な反応以上のものを『特権的肉体論』から読み取ろうとする試みは、すべて否応なく誤読となる。実際、書き手であるところの劇作家も、40年も前に書き捨てた例のエッセイを、もはや一顧だにしていないではないか。
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8月6日放映の『謝罪の罪』は、ペンギンプルペイルパイルズの結成10周年記念公演として、3月~4月に本多劇場で上演されました。13日の「エンジェルアイズ」は、関西を中心に活動する劇団M.O.Pの舞台。かつてOK牧場の決闘が行われ、今は寂れた街アリゾナ州トゥームストンに、マーク・トゥエインが現れ、カラミティ・ジェーン、ワーアット・アープなど西部劇のキャラクターも登場する、マキノノゾミの作品です。
徳永 いきなり余談なんですけど、昔、ある演劇の本の帯に載っていた著者の顔写真にがっかりしたことがあって。もしそれが、表が三浦大輔で裏が多田淳之介だったら…(笑)。「演劇、いいかも?」って思った人は確実に増えるのにとその時は思いました。
■今回取り上げる劇団・作品
ホンモノに出会う旅は、必ずニセモノから始まってしまう。それは、ホンモノであるがゆえに、数多のニセモノが登場してしまうためだが、そのニセモノの中には時として単なる偽物として切って捨てることができない存在になってしまうものがある。『寝台特急“君のいるところ”号』がそうしたニセモノのひとつであるかどうかは、こまばアゴラの席に着いた時は知る由もなかった。不幸にして、中野成樹+フランケンズという名前も、ソーントン・ワイルダーという名前も、全く知らなかったのだから。