鵺的「不滅」

◎罪と罰と、ゆるし
中尾祐子

「不滅」公演チラシ
デザイン・詩森ろば(風琴工房)

登場人物は6人。とある山中に建つホテルに偶然集まった。ただし、そのうち5人が罪に触れる経歴を持っている。どれも近年実際に起き、マスコミに取り上げられた事件ばかりだ。この偶然をありえない設定とは笑えないところに、現代社会の歪みがある。

17歳のときにバスジャック事件を起こし、無差別に6人も殺した男、向井(平山寛人)が登場する。妻がその事件で訳もなく被害者となってしまった仲西(実近順次)は、加害者の向井を17年もストーカーまがいに追い回し恨み続けている。17歳の少女、美川京(板倉美穂)は自分の生きている意味が分からなくなって猫を殺し、次はインターネットで知り合った女を殺したいと望んでいる。その父、美川勝(荒井靖雄)はパチンコをしている最中、車内に置き去りにした娘を熱中症で殺害してしまった過去がある。世の中を震え上がらせるような凶悪事件を起こしたいという密かな欲求を隠しもつ男、里見(浜野隆之)もいる。美川親子も現在の恋人、美紀(菊地未来)を伴った向井も、休養のつもりでたまたまこの地を訪れたに過ぎない。
脚本と演出を手がけた劇団主宰の高木登によれば、この作品の発端は「かつて自作のなかで殺人を犯したキャラクターの『その後』を追ってみたくなった」(公演リーフレットより)ことと言う。この作品は社会派をうたう戯曲ではなく、殺人に対する自分の内面をさかのぼる旅の物語化であるとも注記する。ただ、主に描かれているのは殺人犯の何年か後の生活、心境の変化というよりも、殺人を正当化する理由の諸相という印象だ。『罪と罰』という小説に、非凡人は罪を犯しても・・・というくだりがある。この芝居は筆者に、殺人を犯すこの青年の物語を思い起こさせた。現代社会なりの殺人事件とその理由が巧みな構成を組まれて取り上げられている。
京は無差別殺人を決行した向井に対し、好意を示してその犯罪を評価する。一方、父には「あんたの娘になんかなりたくなかった。避妊してくれればよかったのに」と戸惑いもなく吐き捨てるほど嫌っている。父を否定するのは、双子の姉が誤って殺されてしまったからではない。過失の殺人なんて「つまらない」からだ。向井のように意味のない殺意をもち、内的な理由で事件を起こせるような人間には憧れを抱く。無差別殺人のような「意味もなく殺す」「ムカついたから殺す」という動機に共感する。それが社会を震撼させたなら尚のこと。
向井を脅迫まがいに追い詰める仲西は、京にとって「死んでもいい」の対象となった。少女は一晩のうちに仲西を殺害する。仲西のように正当な理由があって感情的に恨むのは「普通の人」や「凡人」と区別し、人に迷惑をかける必要のない人だから殺したとあっさり言ってのける。
ホテルでの殺人事件後、里見が隠していた本性を現す。同年代である自分は鬱憤していた頃だから、向井のバスジャック事件に憧れたと興奮気味に告白し、「つまらない世の中を楽しくしましょう」「僕を仲間にしてください」と向井に迫る。向井が「あなたを殺したいです」とだけぼそっと返したとき、里見は得たりといった顔でうなずいた。「ムカついたから殺す」という動機をいまだ持っている向井に対し、殺人鬼の望みを見出したからだ。
京や向井、里見のような人間が現れることで、仲西の精神的に追い詰める執拗さを異常のように思えたのが一転して、正常のように錯覚してしまう。仲西の言動は妻を訳もなく殺されたゆえのものであって他人を同情させうる。仲西の感情的な脅迫には言い返す余地のある美紀も、里見には見通しの悪い不気味さを抱くだろう。このように殺人を正当化する理由を対照的に布置することで、さらなる闇の中へ観客を誘い込んでいく。

不滅
不滅

不滅
【写真は「不滅」公演から。撮影=安藤和明(C&Cファクトリー) 提供=鵺的 禁無断転載】

京は仲西の殺人によって「人間なんてもろい」ことに確信を得る。明日東京に戻り、インターネットで知り合った「バカ女」をムカついたから殺すと語る。賛成してくれると思った向井は「君を止めるには殺すしかない」とナイフを京に差し向ける。
そこに里見が割って入り、向井の京に対する「殺したい」を否定する。向井
は京を殺して仲西も自分が殺したと自首するつもりだと嘆く。それでは「つまらない」と。大義のある殺人は面白くない。里見は向井に見切りをつけ、京に新たな殺人鬼の可能性を見出す。向井は京や里見の誘導にかんしゃく起こして怒りをあらわにする。すると京は父と同じで「カッコ悪い」と口にし、昨夜から一転、感情的になった向井に対し幻滅した様子をみせる。
京の殺害に失敗し1人残された向井は、ナイフを握り締めた手を強く振るわせる。目をつぶる。風が強くなる。やがてライトが消え、舞台上には風の音ばかり強く響き渡る。

舞台は1年後。勝と美紀は行方不明となった京と向井のその後の様子を教える、という里見の手紙に呼び出される。
里見は殺人事件を扱った新聞記事のコピーや殺害現場で加害者が一緒に写っている写真などをまとめたファイル片手に、誇らしげに快楽殺人のスターや世界を震撼させる事件をプロデュースしていることを語り始める。京は仲間の一人で、たとえば京の母親、つまり勝の別れた妻のケースを指し示し、この殺害は「あんな男と結婚したんだから死んでもいい」と京から提案されたものだと明かす。
次に里見は向井の話に切り替える。同じように殺人事件の新聞記事を見せるが、被害者は里見の仲間ばかりで迷惑していると訴える。「正義の味方のつもりですかね?」とうんざりした口調。
対し、美紀は無差別殺人犯を殺しているのなら、人の感情があるということだと向井の行動を評価する。勝も母親を殺して見せつけるということは親だから意味が生まれると解し、とそこに家族の絆をすくい出す。人間らしい気持ちが残っているという2人の解釈を、もちろん里見は気に食わない。
向井や京の殺人を人間的な行動としては理解しがたいとみなしてきた2人が、今回の殺人を人間性の表れとして認めているのだ。人を殺して人間と容認する発言に切り替えたこの構成もまた、対照性を浮き彫りにして妙である。
激昂した里見と勝はもみ合いに。勝の腕を容易に振り払えない里見は「俺には俺らしい死に方がある」などと反発。美紀も加わった格闘シーンは長い。猫や仲西をあっさりと殺した京は命のもろさを主張したが、この場面を見ている限り、人間の肉体はもろくない。殺人までのプロセスを長く激しく、里見のもがく様を強調することで殺すことの重さを実感させているようだった。
格闘は舞台裏まで飛び、やがて空間を切り裂くような物音が1回、2回と鳴り響く。しばしの沈黙後、息を切らせながら舞台に戻ってきたのは勝と美紀。勝は京の捜索の手がかりになる里見の携帯電話を握りしめ、「教えてやらないとな。人間もろくないって」と呟く。最後に「これで少しは尊敬してもらえるかな」と放心状態で一言発し、その言葉を聞いた美紀は気を失い倒れてしまう。

筆者は罪の意識という問題にひかれた。犯罪者らは罪の意識を抱いているのだろうか。罪の意識を抱くとすれば、そこに罰、そしてゆるしの存在も浮かび上がる。この作品にゆるしの存在はあったのか。
向井は恋人の美紀に「僕が悪い」や「ごめん」とつぶやくが、それは迷惑をかけて済まないといった心情からであって、犯した過去に対する償いの気持ちは持ち合わせていない。京の殺人を警察に通報しようとした美紀に、向井は警察に捕まっても本質は変わらないと伝える。あなたも変わっていないのかという問いに、「僕は変わっていない。何も無い。感情もない。愛情もない。付き合っているのは欲望だけ」と返すだけだった。
里見の仲間を殺し続ける向井の心は知れない。自分の意に沿わない人間をバスジャックの時のようにただ殺しているだけなのか。京と里見がホテルから姿を消した時も、彼らの仲間を殺している時も、向井の思考は示されない。結果だけが提示される。ただ重要なのは向井ではなく、美紀の反応にあると筆者は考える。
一方、京の父、勝は過失の殺人に対し罪の意識はあったのだろうか。なぜ娘に心を開いてほしいと願ったのか。勝も感情を表にあまり出さない人物として描かれていたが、熱中症で死なせてしまった娘に対し済まないと謝罪しているのだろうか。父は里見を殺した後、京の手がかりが残されていると思われる里見の携帯電話を握りしめ、「これで尊敬してもらえるかな」と呟く。娘と過去の罪についてわだかまりを解いたり、娘の行為を理解しようとするのではなく、もう一度わたしに目を向けてほしいという極めて父親らしい感情でいっぱいだった。父は娘を救わず、ゆるしも与えなかった。

登場人物のなかでただ1人、後ろ暗い過去をもたないのは美紀だ。向井とは殺人事件前からの知り合いではなく、その後に知り合い、事件のことも知った上で付き合っていると言う。そのうえで、向井を「人間らしく」更生させようと関わりを保ち続ける。仲西の脅迫じみた嫌がらせに1人勇敢に立ち向かい、里見の誘いに向井が引き込まれないよう食い止めもした。向井が自分は何も変わっていないと告白しても、別れないと決意している。
そもそも美紀はバスジャック事件自体に対し、肯定や否定する発言をしていない。向井のその後を「人間らしく」生きさせようと一途に見守り続けているのだ。そして、里見の仲間を殺し続ける向井の行動を人間性が残っていると容認した。だから筆者は、舞台上に向井の本心が見通せなくても構わないと考える。ゆるしを与える他者の存在が描き出されたからだ。
殺したくなったから殺す。嫌なことは嫌。自分の信念だけを貫く京や里見は「社会」から切れている。人とつながろうとしていない。彼らは他人からどう思われようとも構わない。罪の意識はなく、ゆるしも求めていない。なぜ人を殺す行為がダメなのか、明確な答えを出せずにいるこの社会もまた、ゆるしを与えられない。互いに関係は切れたままだ。
なぜ美紀は向井と付き合い続け、信じていられるのだろうか。劇中で里見は、美紀も仲西に対し殺意を抱いたことがあるだろうと指摘し、狂気があるから向井と付き合っていられると判断した(それを里見自身の身をもって証明することとなるとは!)。里見の見解は筆者にはまだ納得しがたい。美紀の心情を、「ゆるし」にたどりつく道筋を知りたかった。そして、殺人を犯した美紀の「その後」も探ってほしいものである。
(初出:マガジン・ワンダーランド第199号、2010年7月14日発行。購読は登録ページから)

【筆者略歴】
中尾祐子(なかお・ゆうこ)
1981年千葉県生まれ、立教大学大学院文学研究科修了。フリーライター。文化人類学専攻。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/category/na/nakao-yuko/

【上演記録】
鵺的(ぬえてき)第二回公演「不滅
下北沢「劇」小劇場(2010年6月23日-27日)
*上演時間は約1時間40分

作・演出=高木 登
出演=荒井靖雄、板倉美穂、菊地未来、実近順次、浜野隆之(下井草演劇研究舎)、平山寛人(鵺的)

舞台監督=福田寛
照明=千田 実(CHIDA OFFICE)
音響=佐々木華音(BASH / Solid State Kanon)
舞台美術=袴田長武+鴉屋演出助手=金 弘哲(妄想の劇団)・武田浩介
宣伝美術=詩森ろば(風琴工房)
写真・ビデオ撮影=安藤和明(C&Cファクトリー)
制作=鵺的制作部・J-Stage Navi
制作協力=加瀬修一・武田俊彦
協力=アイビィーカンパニー・にしすがも創造舎
企画・製作=鵺的

全席指定・日時指定 一般3000円 24日昼のみ2500円 学生(高校生以下)2500円 グループ割引(3名以上)1人2500円


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください