◎自己犠牲の死は美しいのだろうか?
今井克佳
静岡に向かう間に、念のためどこかで目を通すかもしれないと、バッグにいれた携帯電子書籍端末には無料で「購入」した原作のテキストをダウンロードした。昔何度か読んだはずの作品だ。すでに著作権フリーになっている宮沢賢治のテキストはネットで手軽に手に入れることができる。
現在、「国民作家」的人物をあえて一人あげるとすればそれは宮沢賢治であり、誰もが各自のイメージを持っている、と演出の宮城總は言う。しかし、演劇でもしばしばとりあげられる「銀河鉄道の夜」に比較して、それに匹敵する長編童話である「グスコーブドリの伝記」はなぜほとんどとりあげられないのか。その疑問が舞台化の発想の一端となっているようである(SPACウェブサイト公開の宮城のインタビュービデオより)。
“SPAC「グスコーブドリの伝記」” の続きを読む



4月というのにひどく寒く、雪の散らついた晩に、劇団印象「匂衣(におい)」の初日を観にいった。
1月下旬、三軒茶屋のシアタートラムにて、「シアタートラム ネクストジェネレーションvol.2」として、三つのカンパニーによる公演が行われた。幸いにも、三作をすべて見ることができた。それぞれに興味深かったのだが、今回は最初に見た、快快の「インコは黒猫を探す」について語りたいと思う。他の二作については機会があれば補遺として書き継ぎたい。
ロンドンのSoho Theatreの客席は、上下の段差が大きいせいか、暗い穴蔵のような印象だった。一年少し前、そこでキャサリン・ハンターと野田が出演して、ロンドン版The Diverが約一ヶ月上演された。当時ロンドンに滞在していた私は何度も劇場に通いつめ、野田秀樹がロンドンではいまだに「アウェイ」の風にさらされていることを思い知らされた。
「春琴」には二度、足を運んだ。一度目はプレビュー2日目。初日は開演時間が一時間遅れたと後に聞いたが、この日は10分程度の遅れで始まった。