世田谷パブリックシアター「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」

◎現代能楽集シリーズの転換点か?
 今井克佳
 
「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」公演チラシ 到着が開演ギリギリになってしまった。世田谷パブリックシアターの三階に駆け上がり、やっと座席に着くと、舞台は既に明るく、いかにも「能楽集」らしく、シンプルな木製に見える大きな台座がステージ上に広がり、また台座の後方に、舞台奥に向かってかなり深く、尻つぼみに空間が続いている。もちろん、橋懸かりらしきものもなく、実際の能楽堂形式とはずいぶん異なってはいる。また台座や後方の細くなっていく空間(これが橋懸かりの代わりなのかもしれない)のそこここに長方形の穴があくようになっており、上演中はそこから俳優が現れることもしばしばだった。遠い席から見たこともあり、まずはこの舞台美術(堀尾幸男)に目がいった。
 世田谷パブリックシアター「現代能楽集シリーズ」は、従来、小劇場であるシアタートラムで上演されてきた。舞台空間のプランは様々だったが、トラム程度の小空間が、「現代能楽集」にはふさわしいように思えていたので、この大空間に少し戸惑いを覚えた。だが、古典能に現代風の演出を加えた「能楽現在形シリーズ」などもここで上演されていることを考えれば、それほど違和感のある設定ではない、と思い直した。
 
 もうひとつ従来と異なるのは、従来の現代能楽集シリーズは、たとえば「葵上」「俊寛」など、具体的な能の作品の設定や物語をヒントにしつつ、戯曲に現代性を持たせようとしてきたのであるが、シリーズ6作目のこの「奇ッ怪 其ノ弐」にはいわゆる「元作品」(能の用語で言えば「本説」であろうか)がない。むしろ、2009年に同劇場で上演され、小泉八雲の怪談より想をとった「奇ッ怪」の続編としての題名を持ち、メインの出演者も同じであることからわかるように、前川知大作・演出の「奇ッ怪」シリーズとの融合という位置づけなのである。パンフレットの野村萬斎芸術監督の言葉(「ご挨拶」)によれば、「能が根源に持つ『鎮魂』に焦点をあて」「新しいスタイルに挑戦」した、ということになる。
 「現代能楽集」シリーズには、他にも例えば、野田秀樹が英国の俳優と作った「The Diver」など異質な経緯でシリーズに組み込まれたものもあった。しかし、上記の2点―大空間を使用したことと、具体的な能の物語から離れたということで、確かに「新しいスタイル」というべき、従来のシリーズとはかなり印象を異にしたものとなっていたと思う。
 
 物語はこうだ。数年前の地震による硫化水素の噴出で、廃墟となった山間の村が舞台である。都会から来た矢口(山内圭哉)という男が、死んだ父親が宮司だったこの村の神社を訪れると、そこに山田(仲村トオル)という男が住みついていた。そこに、村の調査と再開発を計画する学者曽我(小松和重)と業者橋本(池田成志)が現れる。この4人が会話を交わしながら、次第にこの村の災害前の様子が明らかになっていくことになる。この点では、旅の僧が訪れた場所で、過去に死んだ者の霊に出会い、その苦しみや思いを伝えられる、という夢幻能の形式をおおまかにだが、踏襲していることがわかる。
 また村の至る所には、他人に無関心、無言で不思議な動作を続ける人々が出没し、この4人のいる神社にも無頓着に入り込み、出て行く。これらの存在(白い仮面をつけている場合もある)は終始謎のままに終わるが、4人のセリフから、死んだことを意識できない死者たちではないかと規定されて行く。これらの存在は不気味でもあるが、4人によってちゃかされる場面もある。こうした現実にはありえない設定が、あたりまえのように物語の中にゴロリと放り出されているところが、いかにもイキウメの前川流の世界だと思わせる部分だ。

「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」公演の舞台写真1
【写真は、「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」公演から。撮影=石川純 提供=世田谷パブリックシアター
禁無断転載】

 
 夢幻能であれば、前半は旅の僧が地元の者に土地の縁起を聞き、後半では悲劇的に死んだ霊そのものが僧の夢の中に現れるということになるが、そこまで厳密ではないものの、話はほぼ前半後半に分かれていたと思う。前半では、死にまつわるいくつかの都市伝説的、とでもいうべき怪談話が、この4人によってそれぞれ語られる。例えば、交通事故で死んだ息子から移植された内臓の持ち主を捜し続ける母親の話、通りがかりに乱暴されているところを目撃し見捨ててしまった男が死んだと思い込み、その男の幻に取り付かれてしまう話、など。最後はちょっとぞくっとしたオチが待っている。俳優が、自分の語りはじめた話の中の役に自然に切り替わり、加えて、脇役(イキウメ所属の俳優や内田慈など、小劇場で見かける顔が多く自分はそれも楽しめた)が現れて、場面が変化して行く面白さは演劇ならではの想像力をかき立ててくれた。しかしながら、これらの小話は後半展開する村の災害前のエピソードと有機的に結びついているとは思えず、お互いの繋がりも感じられなかったため、物語全体の統一性にはあまり寄与していないように思われた。
 
 後半、災害前の村の様子が語られるようになると、一種の謎解きの気分で、俄然面白く感じられた。神社に住みついた浮浪者山田(実は彼は、この神社の神そのものであるようだ)が、矢口の父である生前の宮司となり、以前の村の活気ある様子が現出する。それは村祭りの前の準備の場だ。村に戻って農業をやるという若いカップルに子供ができることや、野菜のネット販売で村の知名度を上げるという計画やらで、盛り上がっている。一人その情景を見ているはずの矢口もいつのまにかその場に溶け込んでいる。この楽しげな場が「この後、すぐにあの災害が起こった」という趣旨のセリフで暗転。時空は現在に戻ってくる。
 その後は、実は学者や温泉開発の業者も含めて、登場人物のほとんどが実は死者であったという結末につながっていく。この後半から終末部分にはセリフや俳優のしぐさなどにより、いくつもの謎がしかけられており、それを解釈しようとして引き込まれて行く面白さもある。そしてこれら前衛的にもなりかねない演出を、支えているのがメインの4人の実力派俳優であろう。上記のように戯曲には若干の弱さがあると思うが、やはりいい役者で見れば面白く見られるなという気持ちにもさせてくれた。実際、アドリブの応酬のように思われるところもあったし、彼らにとっては余力があり、もっと遊びたい、といった感触だったのかもしれない。

「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」公演の舞台写真
【写真は、「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』」公演から。撮影=石川純 提供:世田谷パブリックシアター
禁無断転載】

 さて、この作品は「夢幻能」としては成功したのであろうか? 複式夢幻能であれば後半部は、悲劇の主人公の霊が夢に降臨し、その心情を吐露するのである。しかしながら、この作品では悲劇の直前の様子は現出するものの、悲劇そのものは現れないし語られもしない。これでは古典夢幻能の持っている深みには到達できないのではないか。悲劇を経験した死者の無念や怨念が言語化されてこその「鎮魂」なのではないか。その意味で、イキウメの芝居であれば、面白く見られるが、現代「能楽」集としてはシリーズの他のものと比べても、少し軽くなっているのではないかと感じた。人間のささやかな営みが、一瞬にして消えてしまうあっけなさは強く伝わったが、「鎮魂」という意味では果たして十分であったか疑問に感じる。
 ただ、これには訳があろう。この寒村を襲った地震による火山性ガスの災害は、当然ながら東日本大震災と福島第一原発の事故を想起させる。災害から半年しか経過していない段階の上演時では、災害そのものの様子を描いてしまうには設定を変えたとしてもあまりに事実に結びつきすぎる嫌いがあり、それを避けたのではないか。このあたりに時事的な大事件を演劇に取り入れる場合の難しさがある。先頃、座・高円寺で開催された、劇作家協会主催のイベントでの別役実と野田秀樹の対談では、このたびの震災を書くには今後十年はかかる、との言葉もあったそうだが(筆者は不参加)、確かに「鎮魂」の劇を上演するには、このたびの災害はまだ生々しすぎるのである。
 
 いずれにしろ、この作品によって世田谷パブリックシアターの「現代能楽集」シリーズは、かなり幅を広げることとなった。古典能に典拠を取らず、構造だけを引き継いだように見えるからだ。こうして今後の「現代能楽集」シリーズが内容を拡大発展させていくとすれば、何をもって「能」を謳うのか、は不断に問い直され続けなければならないだろう。
(観劇日:2011年8月29日 午後7時開演の回)

【筆者略歴】
 今井克佳(いまい・かつよし)
 1961年生まれ、埼玉県出身。東洋学園大学教授。専攻は日本近代文学。ブログ「ロンドン演劇日和&帰国後の日々」。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/archives/12636/#more-12636

【上演記録】
 世田谷パブリックシアター「現代能楽集VI『奇ッ怪 其ノ弐』
 世田谷パブリックシアター(2011年08月19日-09月01日.)
 
[作・演出]前川知大
[出演] 仲村トオル/池田成志/小松和重/山内圭哉/内田 慈/浜田信也/岩本幸子/金子岳憲
[企画・監修]野村萬斎
[美術]堀尾幸男
[照明]原田保
[音楽]寺田英一
[音響]青木タクヘイ
[衣裳]伊藤早苗
[振付]平原慎太郎
[ヘアメイク]宮内宏明
[演出助手]谷澤拓巳
[主催] 公益財団法人せたがや文化財団
[企画制作] 世田谷パブリックシアター
[企画協力] イキウメ エッチビイ
[協賛] トヨタ自動車株式会社/Bloomberg
[協力] 東京急行電鉄/東急ホテルズ/渋谷エクセルホテル東急
[後援] 世田谷区 .
一般 S席6,500円/A席4,500円


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください