岩渕貞太×清家悠圭「yawn」

◎瑞々しくて強くてカラッとした運動
木村覚(ダンス批評)

「yawn」公演チラシ
撮影=ニーハオ・のんのん

からだをおもちゃにして踊る。ぼくの夢にみる光景。よく聞く表現ではあるが、実際のところ、まず舞台上でお目にかかれない幻。
いや、優れたパントマイマーや教育番組での森山開次やロボコップのコロッケとか、いるでしょ? 巧みなコントロールで色んなものに変身しからだをおもちゃにするテクニシャンが、というひともいるかも知れない。うん、それはそう、彼らのテクニックについうなる自分がいるのは事実。それはそれで嫌いじゃない。

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観客参加型のC.T.T.活動が根付く

 C.T.T.(Contemporary Theater Training)という現代演劇の試演企画が10年あまり前から京都で実績を重ね、今年から名古屋でも地元演劇関係者の手で始まりました。いきなり本公演を開く前に、演劇 … “観客参加型のC.T.T.活動が根付く” の続きを読む

 C.T.T.(Contemporary Theater Training)という現代演劇の試演企画が10年あまり前から京都で実績を重ね、今年から名古屋でも地元演劇関係者の手で始まりました。いきなり本公演を開く前に、演劇愛好者の前で開く試演会+合評会という形態のようです。小劇場の各団体が集団で組織する観客参加型ワーク・イン・プログレスという点に特色があるかもしれません。名古屋のほか、広島にも活動の輪が広がっているようです。
 ハンドルネーム「しおこんぶ」名で演劇ブログ「観劇の日々」を運営している柿内幹さんに、名古屋で始まったこの新しい活動に関して寄稿していただきました。

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スパンドレル/レンジ番外公演「花会」

◎想像力への尋常ならざる触手
北嶋孝(マガジン・ワンダーランド)

番外公演「花会」チラシ子供のころ、桜の季節が過ぎると心底ホッとした。ぼくの生家は幸か不幸か公園に隣接し、いつも花見客のどんちゃん騒ぎに巻き込まれたのだ。深夜まで喧嘩騒ぎが続き、一升瓶で殴られた血だらけの酔客がよく救急車で運ばれた。残された反吐やゴミの山を翌朝かたずけるのがぼくらの仕事になる。桜の季節はうんざりする厄災、憂鬱の季節だった。

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ハイバイ「お願い、放課後」

◎自意識は果てしなくシッポを追いかける
木俣冬(フリーライター)

ハイバイ「お願い、放課後」公演チラシ「好き?好き?大好き?」(世界が、演劇が)という問いが頭の中をグルグルと駆けめぐった。
劇場に入ると、横長の舞台を観客が2方向から見る対面式になっている。入り口から見ると下手側に、シェイクスピアの肖像画。中央にごく普通のテーブルと椅子。上手側には布団と棚とCDラジカセがある。上手の入り口はドアはなくノブだけがついている。

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机上風景「幻戯」

◎二人の娼婦が示唆する女性の在り方
葛西李奈(フリーライター)

机上風景「幻戯」公演チラシカーテンコールで頭を下げた黒服の二人を見て、永久に抜け出せない暗闇に迷い込んだような気持ちになった。物語の中盤で静かに提示された謎を追っているうちに、果てしない孤独に近づいている自分に気づいた。それは公演内の台詞を借りれば、湿り気を帯びた気配に追われるように、私の心身を侵食するものだった。終演後、すぐには舞台上で起きた事象に意味付けをすることができず、私は劇場を出てから、悶々としつつ思考をめぐらせた。

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青年団「別れの唄」(日仏合同公演)

◎異文化摩擦の齟齬をコミカルに、そしてリアルに
片山幹生(早稲田大学非常勤講師)

青年団「別れの唄」(日仏合同公演)チラシ平田オリザの新作だが、フランスの地方都市にある国立演劇センターから委嘱された作品であり、当初からフランスの劇場、フランス人観客のために構想された作品であることは強調しておく意味はあるだろう。言語芸術である演劇ジャンルにおいて、使用言語の異なる国・地域の人間に新作を委嘱することはかなり異例であるように思われるからだ。今回の委嘱は、平田の劇作家としての資質が言語を超えた普遍的なものであることをフランスの演劇人が認めたことを示している。

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スロウライダー「Adam:ski」

◎「気配」をホラーに変える演劇 観客も不安や怯えとシンクロ
木俣冬(フリーライター)

「Adam:ski」公演チラシ気配の演劇だなと思った。
Jホラーというジャンルがブームになって久しいが、その代表格の『女優霊』を“気配の恐怖”だと中田秀夫監督は当時解説していたと記憶する。そもそも、日本人は日本家屋の突き当たりの薄暗い納戸や階段の上など、そこに何かが潜んでいるようなコワサ、どこかからのぞかれているかもしれないコワサに敏感だ。日本人特有の民俗感をくすぐることでJホラーは巨大なムーブメントとなった。

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ドルイド・シアター・カンパニー「西の国のプレイボーイ」(J.M.シング作)

◎分厚い下塗りの上に描かれる牧歌的笑劇
片山幹生(早稲田大学非常勤講師)

「西の国のプレイボーイ」公演チラシアイルランドの西北部の寂れた漁村を舞台とする牧歌的笑劇。『西の国のプレイボーイ』を見た印象を一言で表現すればこうなる。ダブリンでの初演時(1907年)にそのスキャンダラスな内容ゆえに暴動騒ぎになったことが不思議に思えるほど他愛ない話なのだ。観客の視覚に強く訴えるような斬新なスペクタクルもあるわけでもないし、意外性のある仕掛けが演出で用意されているわけでもない。しかしその古典的様相の穏やかさにも関わらず、この作品は私を大きな演劇的感興で満たすものだった。この芝居に私が感じた面白さと充実感は何に由来するのだろうか? 上演を企画した東京国際芸術祭(TIF)のウェブページ上の資料、芸術祭事務局から提供していただいた字幕原稿、および戯曲の原作および翻訳などを読んで上演舞台をじっくり反芻し、その魅力の源泉について考察してみたい。

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仏団観音びらき「宗教演劇」

ご無沙汰しております。 かなり久しぶりの登場です。 公演から半年も経過していて恐縮ですが ずっと心に残っていた仏団観音びらきの 第6回公演「宗教演劇」の劇評を執筆しました。 初めて仏団を観たときの エピソードも含めて書き … “仏団観音びらき「宗教演劇」” の続きを読む

ご無沙汰しております。
かなり久しぶりの登場です。
公演から半年も経過していて恐縮ですが
ずっと心に残っていた仏団観音びらきの
第6回公演「宗教演劇」の劇評を執筆しました。

初めて仏団を観たときの
エピソードも含めて書き出してみました。
読んでいただけたら嬉しいです。

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イディオ・サヴァン「黒縁のアテ」

「黒縁のアテ」公演のチラシイディオ・サヴァン第2回公演「黒縁のアテ」は今年1月末に新宿タイニイアリス劇場で開かれました。だいぶ時間が経ってしまいましたが、小劇場レビュー新聞「Cut In」第58号に掲載された公演評を再掲します。
当日、劇場の前で主宰者がビデオ片手に呼び込みをしている姿を見かけてまずあれっと思いました。なにか仕掛けがあるらしいと思って地下の劇場にはいると、入り口の映像が正面のスクリーンいっぱいに映し出されているではありませんか。新宿2丁目の夜の街-。その漂流感は、手ぶれの激しい映像にぴったりです。外と内、地上と地下がデジタル回路でつながったまま芝居は始まります。中身は、演劇に関する演劇であり、しかも内と外が入れ子状になり、終わりがそのまままた始まりになるという複雑怪奇な円環構造になっていました。その環からはみ出したしっぽをめくってみたのが以下の文章です。

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