青年団「別れの唄」(日仏合同公演)

◎異文化摩擦の齟齬をコミカルに、そしてリアルに
片山幹生(早稲田大学非常勤講師)

青年団「別れの唄」(日仏合同公演)チラシ平田オリザの新作だが、フランスの地方都市にある国立演劇センターから委嘱された作品であり、当初からフランスの劇場、フランス人観客のために構想された作品であることは強調しておく意味はあるだろう。言語芸術である演劇ジャンルにおいて、使用言語の異なる国・地域の人間に新作を委嘱することはかなり異例であるように思われるからだ。今回の委嘱は、平田の劇作家としての資質が言語を超えた普遍的なものであることをフランスの演劇人が認めたことを示している。

東京での公演以前に、作品はフランス国内で30ステージ近く上演されており、東京公演のあとは、パリの劇場で公演される。フランスでの上演は好評を博し、既に来シーズン(今秋以降)のパリでの上演が決まっているそうだ。私はシアタートラムで行われた6回の上演のうち、終演後にアフタートークのあった4月5日(木)のソワレの回を観劇した。

脚本は、平田が日本語で書いたものを、翻訳者がフランス語に翻訳。長期間にわたる打ち合わせや稽古の過程で不自然に聞こえる個所は徹底的にチェックし、修正を加えたとのこと。そのおかげで、フランス語の台詞も、平田が伝える現地の評によれば、外国人が書いたとは思えないほど自然な会話になっているそうだ。登場人物は日本人が三名とフランス人が五名。劇中の台詞の対話のほとんどがフランス語でなされるが、日本人三名のうち、葬儀業者一名はフランス語を全く話すことができない。演出家はフランス人のロラン・グットマン。彼は平田作品は『S高原から』を2003年にフランスの劇場で演出した経験がある。

日仏共同で制作されたこの芝居の内容は、その制作の過程でも日仏スタッフ自身もさんざん直面したに違いない、異文化交流の難しさを軽やかなコメディ・タッチで描いたものだった。必然的に作品制作自体に対して作品は批評的なメッセージを有することになる。長期間にわたって練り上げられてきた脚本は、日仏のステレオタイプを巧みに利用した上質のコントのような場面が続き、客席からは笑い声が頻繁にわき上がっていた。もともと平田が日本語で書いたテキストがオリジナルであるため、字幕の日本語は必然的に非常にこなれたものだった。劇の中盤から徐々に日本語のみのやりとりが増えていくのだが、フランスでの上演ではこの部分にフランス語字幕をつけず、フランス人観客は舞台上のフランス人登場人物と同じように不可解な日本語のやりとりの中で戸惑うことを強いられたと言う。アフタートークで演出家が語ったところによれば、笑いの箇所およびその反応は、観客の文化的背景の違いにもかかわらず、日仏でほとんど変わらなかったということだ。

フランス人の演出と美術は、饒舌すぎるようにも思える平田脚本が提示する世界に、果敢に抵抗を示そうとしているようだった。壁面をすべて鏡張りにして奥行きを強調した舞台美術の視覚的インパクトは強烈で、作品に脚本には存在しない別の次元の視点を導入することに成功していた。ト書きに従い、舞台美術は伝統的な日本家屋を再現している。しかしその再現は写実的なものではない。八畳敷きの畳の部屋が三つシンメトリックにならび、壁面はすべて鏡である。漆塗りの柱と梁で部屋の幾何学的配置と天井の低さが強調されている。象徴化された伝統的日本家屋の再現だが、いい加減な外国映画で出てくるようなでたらめな東洋の諸様式の混交はない。半具象半抽象のスタイルで再現されたこの田舎家屋は、我々になじみのある和風の家具調度で再現されているにもかかわらず,概念的で抽象的な奇妙な和風空間と化していた。アフタートークで演出家が語ったところによれば、もともとは鏡張りのふすまもいれて、鏡の迷宮みたいなものを作りたかったそうだ。鏡のふすまは実際には入れてみるとごちゃごちゃしすぎて思ったほど効果的ではなかったので取り払い、壁の部分の総鏡張りだけにとどめたそうだ。家屋に入ると位置関係が混乱してしまうような視覚的状況を作り出すのが鏡を使った意図だと言う。日本を知らないまま日本にやってきたフランス人が感じるだろう異文化への違和感、不安感、居心地の悪さ、とまどいが、あの独創的な美術によって、デフォルメされたかたちで視覚化されていた。

日本でフランス語教師として暮らし、日本人男性と結婚したフランス人女性が急逝する。その女性の通夜の夜更けが芝居の場として設定されている。夫はフランスから妻の家族を通夜と葬儀のために呼び寄せる。死んだフランス人女性の父母、弟、そして死んだフランス人女性の前夫が日本にやって来る。異文化摩擦の場として、文化の違いが顕在化しやすい死にまつわる儀式、通夜を選んだことは作者の慧眼である。通夜、葬式といった儀式は、日本人の間でも宗派、宗教、世代による慣習あるいは感覚の違いに戸惑いを感じがちな場所である。いわんや異国での葬送儀式となるとその違和感の大きさは想像にあまりある。しかし事柄が人の「死」という厳粛でデリケートな事態ゆえに、違和感や好奇心をあからさまに示すことは憚られる。戸惑いの蓄積は内向しやすい上に、極度の緊張状態が続く非日常的時間でもある。通夜や葬式では、抑圧された感情が、緊張のなかで、不意に思いもよらぬ形で噴き出てしまうことがある。この作品は、こうした通夜特有の状況を利用して、異文化摩擦が生じさせる齟齬をコミカルに、そしてリアルに描き出していく。

我々は見知らぬ異国に降り立ち、大きな不安を感じているとき、自分が見聞きしたごく少数の知見から一般的な類型を作り出そうとする傾向が強くなるが、この作品のダイアローグでは、この単純な類型化によって他者を理解しようとする無意識の働きが丁寧に表現されていた。例えば、日本人の登場人物は日仏の民族的特性の違いを強調した説明をすることで異国に戸惑うフランス人の期待に応えようとするし、フランス人の側も不信感や葛藤を文化の違いとして納得しようとする。時に互いの気遣いゆえに、言動に過剰な文化的意味づけをしてしまう事態が、ギャグとして効果的に提示されている。

登場人物の中で唯一フランス語を話すことのできない葬儀業者と死んだフランス人女性の前夫のフランス人男性の介入は、文化齟齬のありさまの滑稽さをいっそう戯画化し、拡大する。通夜という状況、はじめての日本、滅多に会うことのない異国の親戚との対面、こうした特殊な状況がもたらす緊張と疲労は、互いの文化の違いを必要以上に意識させるのだ。距離感を探り合うようなぎくしゃくとしたやりとりが続く。話題は本筋からすぐに逸れてしまい、脱線ばかりが延々と続く。そして本来話題の中心であるべき死んだフランス人女性についての言及は忌避するかのように慎重に避けられているように見える。おそらくこの無意識の回避は、かみ合わないやりとりの中で、故人への哀悼の思いが傷つけられてしまうことを、夫の側も、妻の両親も恐れていたからなされたのではないだろうか。

互いの認識の微妙なずれが生み出すコントのような場面は終盤まで続く。感情の齟齬は時間がたつにつれかえって拡大しているようにさえ見える。しかしかみ合わないやりとりが解決しないまま芝居が終わってしまうのかと思えば,夫が最後に発する短い台詞によって、肉親の死を哀悼する両者の思いは、それまでのぎこちなさが嘘のようにすっと一つにまとまっていく。そして暗転。この最後の一瞬の美しさが実に鮮やかで感動的な余韻をもたらす。

『別れの唄』のフランス語のタイトルは《Chants d’Adieu》である。《adieu》は別れの中でも長期にわたる別れ、とりわけ永遠の別れを意味する。「唄」を意味する《chant》はフランス語タイトルでは複数形になっている。タイトルが示すように、滑稽な文化摩擦のやりとりの続く中でも、それぞれの心の中で故人への永訣の唄は通奏低音のように流れている。ずっと協和しないまま歌われていたそれぞれの歌声は、夫がもらした魔法の言葉によって、最後の最後になってようやく、故人への深い哀悼を表現する美しいハーモニーを奏でるのだ。

完全にはわかりあえないもどかしさと、不完全ではあるけれども本質的部分ではわかりあえているのではないかと感じたときに感じる喜び、『別れの唄』では、異文化接触で人が感じる感情の機微が、平田の卓越した劇作術によって丁寧に示されている。
(初出:週刊「マガジン・ワンダーランド」第39号、2007年4月25日発行。購読は登録ページから)

【筆者紹介】
片山幹生(かたやま・みきお)
1967年生まれ。兵庫県出身。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。研究分野は中世フランスの演劇および叙情詩。現在、早稲田大学ほかで非常勤講師。ブログ「楽観的に絶望する」で演劇・映画等のレビューを公開している。
・これまでの掲載劇評一覧(wonderland

【上演記録】
青年団国際演劇交流プロジェクト2007 日仏合同公演『別れの唄
作:平田オリザ
翻訳:ユタカ・マキノ
演出・美術:ロラン・グットマン

東京公演 シアタートラム(2007年4月5日-8日)
フランス語上演/日本語字幕付き

出演:
中本武雄(マリーの夫)… 太田 宏(Hiroshi Ota)
中本由希子(武雄の妹)… 角舘玲奈(Reina Kakudate)
柴田(葬儀屋)… 山内健司(Kenji Yamauchi)
…以上青年団

ジュリアン(マリーの父)…イヴ・ピニョー(Yves Pignot)
イリス(マリーの母)…アニー・メルシエ(Annie Mercier)
アンヌ(マリーの友人)…カトリーヌ・ヴィナティエ(Catherine Vinatier)
ミッシェル(マリーの弟)…アドリアン・コシュティエ(Adrien Cauchetier)
フランソワ(マリーの前夫)…ブルーノ・フォルジェ(Bruno Forget)

スタッフ:
舞台監督 熊谷祐子
舞台美術 播間愛子
装置 鈴木健介
照明 ジル・ジャントネー 西本 彩
音響 マダム・ミニアチュール 薮公美子
衣裳 アクセル・アウスト カミーユ・ポナジェ
字幕操作 岩城保
通訳 原真理子 浅井宏美
宣伝美術 京
宣伝写真 山本尚明
制作 西山葉子 ヴァンサン・アドゥリュス
主催 (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
企画制作 青年団/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
共同制作 ティヨンヴィル=ロレーヌ国立演劇センター
助成 国際交流基金
後援 東京日仏学院

全席指定/前売・予約・当日共
一般:3,500円/学生・シニア:2,500円/高校生以下:1,500円
世田谷区民:3,300円/SePT倶楽部:3,200円

フランス国内巡演日程:
【ティヨンヴィル公演】
Centre Dramatique de Thionville-Lorraine
2007年1月22日(月)~26日(金)

【ブザンソン公演】
Centre Dramatique National de Besancon
2007年1月30日(火)~2月2日(金)

【ストラスブール公演】
Theatre National de Strasbourg
2007年2月7日(水)~22日(木)

【パリ公演】
Theatre de l’Est Parisien
2007年5月23日(木)~6月17日(日)

※公演の詳細は各劇場サイトをご覧ください。


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