「春琴」(サイモン・マクバーニー/演出・構成)

◎近代が生み出す光と闇の構図
水牛健太郎(評論家)

「春琴」公演チラシ近代とは光であり、近代化とは明るくなることだ。近代へと人々を導く「啓蒙」を意味する英語(enlightenment)は直訳すると「明るくすること」という意味だが、それは単に比喩ではない。地球を人工衛星から撮影すると、北米、欧州、日本は、夜でも人工の照明でまぶしいほどに輝く一方、サハラ砂漠やアマゾン川流域は、深い闇の中に沈んでいる。韓国は明るいが、38度線の北は暗い。経済発展が続く中国の沿岸部やインドにはうっすらと光の網が広がり、徐々に輝きを増している。

“「春琴」(サイモン・マクバーニー/演出・構成)” の続きを読む

青年団若手公演「革命日記」

◎「見える顔」と「顔のない声」 「ソファー」が示す権力の在処
水牛健太郎(評論家)

「革命日記」公演チラシ デザイン:京言葉の力は、暴力と対極にあるものだと思われている。ペンは剣より強し、という格言もある。五・一五事件で海軍将校のピストルに向かい合った犬養毅首相は「話せばわかる」と言葉を遺した。暴力に立ち向かう言論の雄雄しい姿。
しかし、そのような構図では忘れられていることがある。暴力の背後にあるのもまた、言葉の力、言論だということだ。言葉のない暴力はせいぜい街のちんぴらレベル。組織だった強力な暴力はいつも、言葉の力に支えられている。

“青年団若手公演「革命日記」” の続きを読む

バットシェバ舞踊団「テロファーザ」

◎「ローカル」な文脈へ 日常的で親密な行為としてのダンス
武藤大祐(美学/ダンス批評)

「テロファーザ」公演チラシここのところ仕事で大量のダンスのヴィデオに目を通さなくてはならず、いくら好きとはいえ流石にもう沢山という気分で、意識も朦朧としたまま出かけてみると、実に三十数人ものダンサーが舞台上に分散して居並び、さあ踊るぞといわんばかりにこちらを向いている。まるで堂々と開き直ったような彼ら彼女らの佇まいが、穏やかだがどこか毅然とした意志のようなものも漂わせていた。

“バットシェバ舞踊団「テロファーザ」” の続きを読む

劇団フライングステージ「Tea for two~二人でお茶を」

◎みる人の心を和らげ、温かく包む優しさ
因幡屋きよ子(因幡屋通信発行人)

「Tea for two~二人でお茶を」公演チラシ劇団フライングステージの舞台を初めてみたのは、2005年夏の『Four seasons~四季~』であった。大家はじめゲイばかりが暮らすアパートの住人たちの悲喜こもごもを描いたもので、温かさと安定感のある楽しい舞台だった。以来ほぼ毎回足を運んでいるが、では自分はこのカンパニーのファン、あるいは支援者になったのかというと、実はそこまできっぱり言い切れない。

“劇団フライングステージ「Tea for two~二人でお茶を」” の続きを読む

ナイロン100℃「わが闇」

◎「闇」はどこにあるか 描かれない「親との関係」
水牛健太郎(評論家)

「わが闇」公演昨年12月30日、ナイロン100℃の「わが闇」を見に行った。下北沢の本多劇場の前に出来た長い列に並び、千秋楽の当日券を求めた。階段に座布団を敷き、一段に一人ずつ、ジグザグに座る。一段上の人の脚が自分の隣に来る。ほとんど身動きも出来ない状態で、三時間も大丈夫かと心配だったが、芝居が始まるや、ぐっと引き込まれ、心配は忘れてしまった。

“ナイロン100℃「わが闇」” の続きを読む

Port B「東京/オリンピック」

◎「東京」の向かう先はどこ? 「東京」と「オリンピック」を「走る」
松井周(サンプル主宰)

「東京/オリンピック」チラシPort Bツアー・パフォーマンス第2弾『東京/オリンピック』を観た。というより、体験した。はとバスに乗って東京を廻るわけだから、観劇というよりは観光である。街頭劇と呼ばれるものともやや趣が違うように思った。街頭劇というものを観たことがないので自信はないが、街頭劇が街中にパフォーマーがいたり仕掛けがあるものだとしたら、今回の場合はそれとは異なり観客である私たちがパフォーマーであることを意識させられる催しだったように思う。「ツアー・パフォーマンス」という名前は、だからとてもしっくり来た。

“Port B「東京/オリンピック」” の続きを読む

期間限定劇団「おおむね、」公演「ユダの食卓」

◎題名の背景から解放される-裏切らなかったユダの話  因幡屋きよ子(因幡屋通信発行人)  題名を聞いた瞬間、必要以上に内容を想像してしまう作品がある。『ユダの食卓』は、まさにそうであろう。「ユダ」「食卓」とくれば、新約聖 … “期間限定劇団「おおむね、」公演「ユダの食卓」” の続きを読む

◎題名の背景から解放される-裏切らなかったユダの話
 因幡屋きよ子(因幡屋通信発行人)

 題名を聞いた瞬間、必要以上に内容を想像してしまう作品がある。『ユダの食卓』は、まさにそうであろう。「ユダ」「食卓」とくれば、新約聖書のキリストの十二使徒のひとりであるユダと、キリストを囲んだ最後の晩餐がモチーフになっていることはすぐに察しがつく。

“期間限定劇団「おおむね、」公演「ユダの食卓」” の続きを読む

ONEOR8「ゼブラ」

◎柿とシマウマのあるトワイライトゾーン
村井華代(西洋演劇理論研究)

「ゼブラ」公演チラシ素直に気持ちのよい舞台。
舞台芸術学院演劇部本科の同期卒業生8名による劇団ONEOR8(ワンオアエイト)。脚本・演出を手がける田村孝裕によれば、創設10年目を迎えて劇団の代表作がないのに気づき、この『ゼブラ』を代表作にするべく再演したのだとか。ついでに特に決めてなかった劇団代表も、「唯一2tトラックを運転できる」という理由で俳優の恩田隆一になったとのこと。キャラクターのいい劇団である。開演前にスタッフが「途中でご気分等悪くなったお客様は、お近くにいらっしゃる係の者に」と訳のわからないことを叫んでいたのも、それらしくて味わい深いと言えなくもない。

“ONEOR8「ゼブラ」” の続きを読む

マレビトの会「Cryptograph」(クリプトグラフ)

◎まとめようとすると落ちこぼれる 「報告する演劇」の生成現場
松井周(サンプル主宰)

公演のポストカードから京都のアトリエ劇研でマレビトの会『Cryptograph(クリプトグラフ)』を観た。
どうもうまくまとまらない気がするが、まとめようとすることでこぼれおちるものがあると考えれば、その言い訳で乗り切れるだろうか。この作品の終演後に作者の松田正隆氏とポスト・パフォーマンストークをしたのだが、その時はもちろんのこと、まだ落ち着かない。とにかく今でも作品のイメージが乱反射していて、とても手に負えない気がする。それほどインパクトの強いものであったのだ。

“マレビトの会「Cryptograph」(クリプトグラフ)” の続きを読む

流山児★事務所「オッペケペ」

◎日本「近代」新演劇、新劇に非ずや
村井華代(西洋演劇理論研究)

「オッペケペ」公演チラシ流山児★事務所を特に追いかけているわけではない。が、批評を求められても何も出てこない再生産性ゼロの舞台も少なくない中、流山児★事務所の作品は企画自体が興味深く、こういう次第の作品を流山児がやる、と聞くと「見たい」と思うことが多い。「流山児★ザ新劇」と銘打たれた今回の作品もそんな調子で見に行った。

“流山児★事務所「オッペケペ」” の続きを読む