劇団フライングステージ「Tea for two~二人でお茶を」

◎みる人の心を和らげ、温かく包む優しさ
因幡屋きよ子(因幡屋通信発行人)

「Tea for two~二人でお茶を」公演チラシ劇団フライングステージの舞台を初めてみたのは、2005年夏の『Four seasons~四季~』であった。大家はじめゲイばかりが暮らすアパートの住人たちの悲喜こもごもを描いたもので、温かさと安定感のある楽しい舞台だった。以来ほぼ毎回足を運んでいるが、では自分はこのカンパニーのファン、あるいは支援者になったのかというと、実はそこまできっぱり言い切れない。

作・演出の関根信一氏はゲイであり、劇団員の多くもそうであると思われる。描かれる世界はゲイの主人公が家族や友人、ゲイ仲間と繰り広げる物語である。ゲイはマイノリティであり、しかもそれをカミングアウトし、生き方を貫ける人はもっと少ないだろう。フライングステージは俳優の自己表現の場であると同時に、同じセクシュアリティの仲間を励まし、支えるコミュニティでもある。「芝居がしたい」というだけでなく、強い社会性、政治性を感じさせる。

客席は男性の数が微妙に多く、上演最中に自分にはあまり理解できず実感が持てない箇所で、共感のリアクションを見せる男性客がいたり、折り込みやロビーにレズビアンの政治家の支援チラシや、ゲイのためのセーファーセックスなどのリーフレットがあるのをみると、やはり通常の公演とは空気の違いを感じて引いてしまう。
自分は何を見に来たのか、何が見たかったのか?

フライングステージの舞台はたくさん笑ってホロリとさせられ、常連の客演陣も充実していてとても楽しいのだが、毎回前述のような居心地の悪さや終わりのない自問自答を繰り返し、すっきりしない。演劇におけるゲイは逆に身近な題材であり、もっと言えば特に珍しい設定とは感じない。ただそれをストレートの俳優が演じるのと「ほんもののゲイ」である俳優が演じるのとでは、演技のよしあしとは別の違いが生じるのである。前者なら「オカマ」風の演技をいかに達者にこなすかを気楽に見ることができるが、後者はそうはいかない。客席にただ安穏と座っているのではなく、自分の舞台の見方、ひいては生き方を問われることになるのである。

今回の『Tea for two~二人でお茶を』は、2005年の初演、翌年の再演を経て、2006年春上演の『ミッシング・ハーフ』がサンモールスタジオの最優秀作品賞と主演女優賞(関根信一)をダブル受賞したことを記念しての公演となった。バーナード・スレイドの『セイムタイム・ネクストイヤー』がベースになっていて、ふとしたはずみで一夜を共にしてしまった亮平(成田独歩)と健人(関根信一)が、それから25年間、年に一度の逢瀬を続ける話である。5-6年の刻みで場面が変わり、家族との関係の変化、母親へのカミングアウト、エイズの問題やゲイをめぐる社会状況の変化などが丁寧に折り込まれている。

「Tea for two~二人でお茶を」

「Tea for two~二人でお茶を」
【「Tea for two」公演から。写真=サトウカオル 提供=劇団フライングステージ 禁無断転載】

25年間を2時間の舞台で描くのだから、演じる俳優の実年齢が若くてもそうでなくても、どちらかにどうしても無理が生じるのは致し方ないことだろう。たとえば幕明けの関根信一の学生服姿である。しかし関根も成田もことさら若さや加齢を意識、強調する演技ではなかった。本作にはホテルのおばちゃん(石関準)が場面転換のときだけ部屋に現れる。掃除をしたりベッドを整えたりして、次の場面の年が書かれた紙を客席に向かって示してから、袖に引っ込む。芝居が進むにつれておばちゃんは腰が曲がり、動作がゆっくりになっていく。主演の二人ではなく、「静かな進行役」とも言えるおばちゃんの無言の演技に年月の経過を滲ませるあたり、作劇の巧さが感じられる。

本家の『セイムタイム-』を、自分は加藤健一事務所の公演でこれまで3回みている。男女が結婚して子供をもつ生活がベースにあっての年に一度の逢瀬という形は想像の範囲内である。その安心感が、加藤健一と高畑淳子という不動の配役によって抜群の安定感と高い好感度につながっていったのだろう。

しかしそれがゲイのカップルとなると、単純に男女を男同士に置き換えたものとは言えないのではないか。常々疑問に思っていたのは、男性同士の場合にも、いわゆるストレートの男女のような役割というものがあるのだろうか? それは男性が産ませる性であり、女性が産む性であることと密接な関係がある。前者が主であり後者が従となる図式、世間一般の概念である。

ゲイだとこういう問題は起こらず、全く平等、同権なのだろうか。どちらかが男性的な役割を持ったなら、もう片方が女性的な役割を(この場合の男性的、女性的役割とは旧態依然の○○はこうあるべきという類いのものである)を受け持つのだろうか。こういったものから解放されて、互いに自立した人間同士で交われるのなら、社会的にはマイノリティであっても、男女の恋愛よりもっと自由で幸せなのではないだろうか。…と謎や疑問は深まるばかりなのだった。そしてこういう疑問にかられるということは、結婚は男女がするもので、結婚によって子供をもつのが義務という一種の社会規範の中に自分が組み込まれていることであり、さらに自分がその規範からいささかはみ出した生き方をしていることへの後ろめたさや劣等感が苦く自覚されてくるのである。

終演後、温かく優しい気持ちで劇場をあとにした。それでもいつもの居心地の悪さやすっきりしない気持ちは感じるし、おそらくこれからも続くと思われる。自分のセクシュアリティとフライングステージとのそれには大きな違いがある。それは越えなければならないものではないし、簡単に理解できるものでもないだろう。「愛は同じよ」とまとめるのは簡単だが、もう少し悩みたい。理解することが観劇や本稿執筆の目的ではないのだから、肩の力を抜いて柔軟に。自分がフライングステージの世界に心惹かれること。これが唯一はっきりした事実である。

もっと舞台そのものの世界に近づいてみよう。目の前で演じている人の生身の存在を意識しないわけにはいかないのだが、敢えてその人の背景や実人生に思いが囚われないように、登場人物の心を考えてみたい。その方法のひとつとして、今回の『Tea for two~二人でお茶を』をいろいろな俳優の共演で思い描いている。いささかミーハーな配役であるが、例えば堤真一と藤原竜也だったら。今井朋彦と武田真治だったら。北村有起哉なら、亮平と健人のどちらもできると思う。これまでフライングステージで体験した作品で、こういう自由な想像はなかなかできなかった。それくらい彼らの世界は非常に堅固であり、明るく開放的なエネルギーに満ちているが、他者の軽々しい介入が許されないような壁を感じていた。今回はその壁の「向き」が少し変ったようである。

さっきみたお芝居から、新しいイメージが次々にわいてくる。もっと多くの人にこのお芝居をみてほしいし、演じてほしい。セクシュアリティの壁を越えて、みる人の心を和らげ、温かく包む優しさが、この作品にはある。舞台のさまざまな場面を思い出しては、自分だけの「再会」を夢見る。またいつか亮平と健人に会いたい。
(初出:週刊マガジン・ワンダーランド 第80号、2008年2月6日発行。購読は登録ページから)

【著者略歴】
因幡屋きよ子(いなばや・きよこ)
1964年山口県生まれ。明治大学文学部演劇学専攻卒。1998年晩秋、劇評かわら版「因幡屋通信」を創刊。2005年初夏「因幡屋ぶろぐ」を開設。自他ともに認める安定志向の新劇系だったが、ここ数年で趣味が激変。その変化を驚きつつも楽しんでいる。

【上演記録】
劇団フライングステージTea for two~二人でお茶を」(サンモールスタジオ提携 ダブル受賞記念公演)
サンモールスタジオ(2008年1月4日-8日)

■作/演出
関根信一
■出演
成田独歩
関根信一
石関準
■スタッフ
照明:青木真紀子
音響:池田野歩
演出助手:石関 準
舞台監督:鳥養友美
イラスト:ヴェロニカ・ランベルティ
写真撮影:宝田 朝
制作:遠山ちあき
制作統括:樺澤良
企画・製作:劇団フライングステージ
協力    三枝黎 水月アキラ 早瀬知之
SPECIAL THANKS
鈴木敏夫
料金 全席自由3000円


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